九杉の悩み
翌日の放課後、加茂さんは神薙さんに用があるらしい。SHRが終わった後、早々に教室を出て行ってしまった。
――それだけの用事なら待ってると俺は言ったのだが、時間が掛かるからと遠慮されてしまった。
だから、今日も一人で帰ることになり、少し寂しく思いながら下駄箱まで来たのだが……。
「あれ?」
そこで、神薙さんがいつものように待っていた。
彼女はこちらに気づくと、不思議そうな表情で俺を見る。
その後、辺りをキョロキョロしたり、俺の後ろに視線を向けたりと、いつも居る筈のもう一人を探し始めた。
……何で神薙さんが居るんだろう。加茂さんは?
俺の頭が今の状況に理解が追いつかないでいると、こちらに近づいてきた神薙さんに訊ねられる。
「ねえ、赤宮君、九杉は?」
「神薙さんに用があるとかで、そっちの教室行った筈だぞ?」
「私に用?」
神薙さんは小首を傾げる。
「加茂さんから連絡来てないのか?」
「ええ、来てな……あ、来てた」
神薙さんがスマホを見ると、連絡は入っていたらしい。単に彼女が気づかなかっただけのようだ。
「来る途中で入れ違っちゃったみたい。それじゃあ、九杉迎えに行きましょ」
「……それなんだけど、俺、今日は先に帰る」
「え?」
神薙さんは少し驚いた様子で俺に聞き返してくる。
「どうしたのよ、突然」
「……えっと、急ぎの用があって」
「……そう。分かった。じゃあ、また今度ね」
「ああ」
そうして、神薙さんは教室に戻っていき、俺は学校を出る。
咄嗟に嘘をついて誤魔化したが、嘘をつく必要がなかったことに気づいたのは駅に着いた後だった。
▼ ▼ ▼ ▼
教室に戻ると、教室の前で私を待っている九杉を見つけた。
「九杉」
「…………(ふりふり)」
声をかければ、九杉もこちらに気づいて手を振ってくる。
私は手を振り返しながら九杉に近づいて、謝った。
「ごめんなさい、ライナー気づかなくて」
「…………(ふるふる)」
九杉は首を横に振る。それから、ニコッと笑った。
可愛い……はいつものことだから置いといて、私は早速訊ねる。
「それで? 用って?」
「…………(え?)」
九杉は少し驚いたような反応を見せる。
それもそうだ。だって、九杉は私に用事があるとはまだ言ってない。ライナーで送られてきたのも[教室行くね]の文字だけだった。
「赤宮君に聞いたの。九杉、私に用事あるんでしょ?」
「…………(えーっと)」
九杉は頰を掻いて、少し考えるような仕草を見せる。
それから、ボードに文字を書き出した。
『忘れちゃった』
「……そう? なら、思い出したら言ってね」
「…………(こくり)」
「じゃ、帰りましょうか」
「…………(こくり)」
九杉は頷き、私と一緒に歩き出す。
――学校を出て、駅まで歩き始めて、私はそこでようやく気づいた。
「今日、赤宮君居ないからこの道じゃなくてもよかったわね」
「…………(あっ)」
九杉も思い出したかのように口を半開きにした後、苦笑する。
ここ最近、部活が休みの日の帰りはいつも一緒だったから、いつの間にかこのルートに慣れてしまっていた。思えば、赤宮君が居ない今日がかなり珍しく感じる。
……赤宮君の用事って何なのだろう。部活も入ってないし、委員会にも入ってなかった筈。だとすると、家の用事……?
「九杉、赤宮君の用事のこと、何か聞いてる?」
「…………(こてん)」
気になって、私は九杉に訊ねてみたけど、首を傾げられてしまった。
――私は、その反応に違和感を覚えた。
「もしかして、聞いてないの?」
「…………(?)」
「赤宮君、今日、用事があるからって先に帰ったのよ?」
「…………(ぱちくり)」
九杉は目を瞬かせる。まるで、今初めて聞いたみたいな、そんな反応だ。
――けれど、その後の九杉の反応が少し変だった。
『それは知ってる』
「……?」
明らかに知らなかったような反応だったのに、何故か九杉は知ってると言い張った。
普通に考えると、赤宮君のことを庇っているようにも見えるけど……九杉が彼を庇う理由が分からない。
だから、私は九杉の返答に対して首を傾げてしまった。
「九杉、赤宮君と何かあった?」
「…………(ぎくぅっ!)」
「え? 本当に何かあったの?」
適当に言ってみたら、どうやら当たってしまったらしい。
私は気になって更に問いかけると、九杉はボードに文字を書いてこちらに勢いよく向けてくる。
『なに も
な いよ』
思いっきり動揺しているのか、ぐちゃぐちゃの文字だった。
「もう……嘘下手なんだからやめなさい」
「…………(うぐっ)」
「で、どうしたの? 赤宮君に何かされた?」
彼のことはそれなりに信用してるし、あり得ないとは思うけど。
一応、訊ねてみれば、九杉は首を横に振ってからボードに文字を書いた。
『どちらかというと
私がしちゃってると
いいますか』
「九杉が? 何したの?」
『顔 見れない』
「……え?」
私は驚いてボードから九杉の顔に目を向ければ、九杉の頬はほんのり赤く染まっていた。
『今日も赤宮君から
にげちゃった』
――流石に、その反応がどういうものなのかに気づけない程、私は疎くなかった。
「…………」
だから、私は余計に驚いて、言葉を失ってしまう。
固まる私に、九杉は恥ずかしそうにボードで口元を隠しながら、上目遣いで私を見つめてくる。
私はそんな九杉の可愛さに悩殺されかけたけれど、なんとか耐えて、一息だけ吐き出す
「はぁ」
「…………(びくっ)」
いつか、こんな日が来るとは思っていた。
九杉と赤宮君の二人がお互いを特別に思っていることは、雰囲気でなんとなく察していたから。
……察してたけど、いざ来てしまうと、やっぱり寂しく感じる。
例えるなら、立派に育った子供の巣立ちが決まった時の親の気持ちに近い……子供とか居たことないから知らないけど。
「それで? いつから?」
『昨日から』
随分と急な話ね。昨日、何かあったのかしら。それとも、その前の休みの日?
……気になることはいっぱいあるけど、今は置いておこう。いつか、ゆっくり聞けばいい。
そんなことよりも、まずはどうしよう。祝うべき? お赤飯? ……まだ早いわね。
九杉の相談に乗ってあげたいけど、"顔が見れない"ねぇ。気持ちの問題だとは思うけど、解決する方法というのもパッと出てこない。
私が頭を悩ませていると、九杉がボードの文字を新しく書き直して、こちらに向けてきていることに気づく。
そして、私はそのボードに書かれた文字を見て、顔を引き攣らせた。
『目合わせるのも
急にはずかしくなっちゃって
今までこんなことなかった
のに 何でだろう』
――危なかった……!
祝うとかの問題じゃない。そもそも、この子はまだ自覚してなかったんだ。この文字に気づかなかったら、私の口から変なこと言うところだった。
……まあ、言ってもいいとは思うけど。私は、こういうのは自分で気づくべきだと思ってる。見守るってそういうことでもあると思うから。
「…………(じー)」
「あ、ごめんね九杉、ちょっと考えてたの。そうね……」
九杉の質問そっちのけで別の思考をしてしまっていた私は、慌てて誤魔化し、本題の方を少し考える。
「…………(じー)」
九杉は、助けを求めるような目を私に向けてきている。きっと、余程悩んでいるんだと思う。
――けれど。
「……何でかしらね」
「…………(がくっ)」
「ごめんね、九杉。力になれなくて」
「…………(ふるふる)」
結局、私は九杉の質問を、当たり障りのない答えで躱すことしかできなかった。





