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加茂さんと板書写し

「ふぅ……」


 帰りのSHR(ショートホームルーム)が終わり、俺は何事もなく一日が終わったことに対して一息吐く。

 そして、隣の席の彼女に目を向けてみた。


「…………(かきかき)」


 加茂さんは未だに黒板の板書を写している。

 きっと、授業時間内に板書を写し終えられなかったのだろう。先程の授業はいつもより板書が多く、俺も時間ギリギリだった。


 少し周りを見渡せば、他にもまだ何人かは板書を写している。

 これなら、前みたいに板書を消されることはなさそうだ。


「…………(むぅ)」

「……?」


 再び加茂さんに目を向けると、彼女は難しい顔で黒板の方向を見つめている。

 俺はその視線を追って――彼女が難しい顔になっている理由が分かった。加茂さんの何個か前の席で、何人かの男子が立って談笑していたのだ。恐らく、部活に行く前なのだろう。


 加茂さんは左右に体を傾けたり、その場で立ち上がったりして、どうにか板書を見ようと試みる。

 しかし、前の男子達が加茂さんに気づく様子もない。そして、加茂さんも板書を写すことができずにいた。


「加茂さん」

「…………(びくっ)」


 加茂さんに声をかけると、彼女は驚いたように肩を震わせこちらを見る。

 そんな彼女に、俺は先程の授業で使っていたノートを差し出した。


「これ貸すから、さっさと写せ」

「…………」

「加茂さん?」


 ノートを差し出しても、加茂さんは一向にそれを受け取ろうとしない。

 不思議に思って彼女の顔を見ると、彼女は何故かぼーっと俺を見つめていて、目が合った。


 ――瞬間、加茂さんの顔が真っ赤に染まった。


「…………(ばっ)」


 そして、勢いよく前に向き直ってしまう。まるで、俺から目を逸らすように。


 ……何故?


「か、加茂さん……?」

「…………(ぷるぷる)」


 俺が声をかけても、加茂さんはこちらを見てくれない。真っ赤な顔を俯かせて、体をぷるぷると震わせているだけだ。

 もしかして、俺、怒らせたのか? でも、怒らせるようなことをした覚えはない。


 ……あ、いや、一つだけ思い当たることがあった。


「朝のこと、気にしてるのか?」

「…………(びくっ)」


 文字で答えてくれることはなかったが、彼女の体は正直だった。どうやら図星らしい。

 ようやく確信を持てた俺は、加茂さんに誠心誠意謝ることにした。


「ごめん。朝、変な態度取って」

「…………(えっ)」


 加茂さんはようやく俺の方を見てくれた。

 ……彼女の表情はどこか困惑しているようにも見えたが、俺は構わず話を続ける。


「勝手に目逸らして、悪かった。朝、ちょっと考え事しててさ」

「…………(すとっぷ)」

「え?」


 加茂さんは慌てた様子で両手のひらをこちらに向けて、待ったのポーズをする。

 それから、ボードに文字を書き殴ってこちらに向けてきた。


『何の話?』

「……? 何の話って、朝、俺が勝手に目逸らして、加茂さんのこと無視しちゃっただろ。だから、謝りたくて」

「…………(????)」


 加茂さんは何の話か分からないといった様子で、首を傾げる。

 ……もしかして、俺は何か勘違いをしてるのだろうか。不安になって、彼女に確認を取ってみる。


「怒ってたんじゃないのか?」

「…………(ぶんぶんっ)」


 加茂さんは勢いよく首を横に振った。そして、ボードの文字を書き直し、勢いよくこちらに向けてくる。


『なんで!?』

「……いや、何でって、加茂さん、顔赤いし、俺から目逸らしたし……てっきり朝のこと根に持ってんのかと」

「…………(あー)」


 加茂さんは申し訳なさそうにしながら、文字を書いてこちらに向けた。


『ごめんね

 ちょっと

 考え事してて』

「悩み事か? 相談乗るぞ?」

『大丈夫』


 悩み事と聞いて、力になれないかと思って訊ねてみたのだが、やんわりと断られてしまった。

 ……顔が赤くなるような悩みというのも謎ではあるが、深く聞くのはやめておこう。今は、それよりも確認しておきたいことがあった。


「えっと、とりあえず、加茂さんは怒ってた訳じゃないんだな?」

「…………(こくこくこく)」

「よかった……」


 何度も頷く加茂さんを見て、俺は心から安堵する。本当によかった。

 勘違いだったことが判明したところで、俺は再び彼女にノートを差し出す。


「はい、これ」

「…………(きょとん)」

「ノート、写し終わってないんだろ」

「…………(あっ)」


 加茂さんはノートを受け取ると、一旦それを机の上に置く。

 そして、ボードに文字を書くと、柔らかい笑みを浮かべてこちらに向けてきた。


『ありがとう』

「どういたしまして」


 加茂さんはノートを開いて、板書の続きを写し始める。

 俺はそんな彼女を隣でぼんやりと眺めながら、書き終わるのを待つことにした。


「…………(かきかき)」

「…………」

「…………(かきかき)」

「…………」

「…………(かきかき)、…………(ぴたっ)」


 暫くすると、加茂さんの手が止まる。


 ノートにチラッと目を向けてみると、彼女は板書を写し終えてはいなかった。

 じゃあ、何故手を止めたのだろう。不思議に思っていると、彼女はこちらに視線を送ってくる。


「…………(うー)」

「どうした? 読めないところでもあったか?」


 読めない程の汚ない字で板書を写した覚えはない。

 しかし、加茂さんの表情がどこか文句ありげだったので、訊ねてみた。


 すると、彼女はボードに文字を書き、それで自分の口元を隠すようにしながら俺に向けてきた。


『ずっと見られてると

 落ち着かない!』

「……ごめん」


 そりゃそうだ。横からガン見されてたら俺だって落ち着かない。何してんだ俺は。

 心の中で反省していると、加茂さんのボードの文字が変わっていることに気づく。


『帰っていいよ

 時間かかるから』

「待つよ。俺、今日は何も予定ないし」


 俺がそう言うと、加茂さんは文字を素早く消してから勢いよくこちらに向けてきた。


『帰って』

「うん?」


 加茂さんの思いがけない言葉に、俺は一瞬、思考停止に陥った。


「……分かった」


 それから、少し考えた後、俺は一言返した。

 "帰って"と言われたことには驚いたが、先程、彼女は考え事をしていたと言っていた。きっと、それが関係しているのだろう。


 ……けれど、彼女の頰がほんのり赤みを帯びている理由は分からないままだった。

 まあ、顔色が悪いようには見えないから、心配も要らないとは思うが。


 ――その後、俺は加茂さんの言われるがまま、一足先に帰宅した。

 久々の一人帰宅だったせいか、この日の帰り道は一抹の寂しさを感じた。

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