先輩とコーヒーカップ
私達は女の子を無事に迷子センター送り届けた後、昼食の時に話したコーヒーカップに乗ることになった。
時刻が昼を過ぎたからなのか、園内は午前中より活気が増している。それもあって、コーヒーカップにも待機列ができていた。
それでも、凄い行列でもなかったから、私達は迷うことなく最後尾に並んだ。
「…………(うずうず)」
加茂先輩は既に楽しみを抑えきれないらしい。コーヒーカップの方を見つめて、落ち着かない様子で体を左右に揺らしている。
そして、列の少し前の方には小学生らしき子供が並んでるけど、その小学生も加茂先輩と全く同じ行動をしていた。
――ふと浮かんだ"まるで大きな小学生ですね"という感想は、そっと心の中にしまっておいた。
……あ、そうだ。
「先に聞いておきたいんですけど、先輩達ってコーヒーカップ乗る時、いつもどれぐらい回してます?」
私が訊ねると、加茂先輩は真っ先に目を輝かせて反応する。
そして、大きな文字でボードに書いてこちらに向けてきた。
『全力』
「私もですっ」
「…………(ぐっ)」
加茂先輩はニッと笑って親指を立ててきたから、私も真似して親指を立てる。
やっぱり、コーヒーカップは思いっきり回すのが醍醐味だよね。加茂先輩はよく分かってる。
「ちょっと待て」
でも、赤宮先輩は違うようだった。
「まだ午後始まったばかりだぞ。ここで体力使ってどうする」
「じゃあ、私達と分かれて乗ります?」
「……考えさせてくれ」
私は引き攣った表情を見せる赤宮先輩に提案すると、先輩は本気で悩み始める。
一緒に乗れないのは残念だけど、先輩に無理はさせたくない。時間はまだあるし、コーヒーカップは諦めよう……そう思っていると、加茂先輩が何やらボードに文字を書いて赤宮先輩に向けた。
『怖いの?
(๑╹ω╹๑ )』
「は?」
それはド直球の煽り文だった。
文字の下には可愛い顔文字が描かれているけれど、文字が悪すぎて煽りに拍車がかかっている。
でも、まさか加茂先輩が煽る訳……そう思って先輩の顔を見れば、ニヤニヤしていた。明らかに自覚を持って煽っていた。
いや、何で煽ってるんですか加茂先輩。赤宮先輩も私が聞いたことない声出してるし、ここで喧嘩なんてしないでほしい。
そんな不安を抱いた矢先、赤宮先輩は「はっ」と鼻で笑って加茂先輩に言った。
「怖い訳ねえだろ。俺も本気で回してやる」
「え?」
『そうこなくちゃ』
「加減しねえぞ」
『上等!』
先輩達はバチバチと火花を散らし始める。
私はそんな二人のやり取り……というより、赤宮先輩が加茂先輩の煽りに乗っかったことに驚いていた。
先輩ってこんな子供っぽいところもあるんだ。ただのフラグに聞こえなくもないけど。
「って訳だから、一緒に乗ることになった。日向、いいか?」
「え? あ、はいっ」
赤宮先輩に訊ねられて、私は少し力の籠った返事をきてしまう。
赤宮先輩とも一緒に乗れるみたいで、正直な話、私は嬉しかった。
あと、赤宮先輩の新しい一面を知ることができたのも嬉しくて……でも、抱いた気持ちはそれだけじゃなかった。
胸の中に渦巻く、モヤモヤとした気持ち。
このモヤモヤが何なのか、この時の私はまだ分かっていなかった――。
* * * *
「……気持ち悪ぃ……」
「見事にフラグ回収しましたね……」
「…………(おろおろ)」
私と加茂先輩は、覚束無い足取りで歩く赤宮先輩のペースに合わせて歩く。
加茂先輩の口車に乗せられた赤宮先輩も、始めは一緒にハンドルを回していた。
けれど、やっぱり強くはなかったみたい。途中から酔ってしまったのか全然手が動いてなかったし。
加茂先輩も乗っている間は赤宮先輩の顔色お構いなし……というか、そもそも気づいてなくて、ずっと楽しそうにハンドルを回し続けていた。
私は途中から回すの遠慮しちゃったけど、多分、加茂先輩はそれすら気づいてなかったんだと思う。
だから、終わった後、赤宮先輩がハンドルに突っ伏した時の加茂先輩の慌てようは凄かった。
……サスペンスドラマで犯人が「殺す気はなかったんだ!」って言い訳するシーンが頭に浮かんだ私は悪くないと思う。
「トイレ行ってくる……」
「大丈夫ですか? 一緒に行きます?」
「……いい。一人で行ける、から、二人で遊んでてくれ……吐き気治まったら連絡する……」
そう言って、赤宮先輩はのろのろとした足取りで近くのトイレに向かっていった。
一応、真っ直ぐ歩けてはいるから大丈夫なのかな。でも、あの様子だと暫くトイレから出てこなさそう。
「加茂先輩、どうします?」
未だに赤宮先輩の背中を心配そうに見ている加茂先輩に声をかける。
けれど、加茂先輩は聞こえてないのか、私の声に反応しない。
「加茂先輩っ」
「…………(はっ)」
加茂先輩の前に立って声をかければ、加茂先輩はようやく私に気づいた。
「赤宮先輩が戻るまでどうします? どこか行きますか?」
「…………(すっ)」
私が訊ねると、加茂先輩はボードの上にペンを構える。
「…………(むむむ)」
でも、先輩は難しい顔で真っ白なボードを見つめるだけで、手は全く動いていない。
それどころか、顎にペンを当てて空を見ながら悩み始めてしまう。
そこまで真剣に悩むことでもないと思うけど、悩んでる加茂先輩はちょっと可愛かった。
「…………(うーん)」
うんうんと悩んでいる加茂先輩を眺めていると、私はあることに気づいた。
私、加茂先輩と二人きりになるのはこれが初めてだ。
……これも良い機会なのかもしれない。気になっていることもある。だから、私は加茂先輩に提案してみた。
「食後のデザートにはならないかもですけど、あれ食べません?」
「…………(きょとん)」
突然の提案に、加茂先輩はきょとんとした表情で私を見る。
私はそんな先輩に説明するように、ポップコーンを販売している売店を指差した――。