加茂さんと後輩と迷子
お化け屋敷を出た俺達は、近くのフードコートで昼食を済ませることになった。
「…………(もぐもぐ)」
「加茂先輩、家で飼ってるハムスターに似てます」
チーズバーガーを口いっぱいに頬張る加茂さんを見て、日向は苦笑しながら言う。
その言葉に反応して、加茂さんは片手でボードに文字を書いて日向に向けた。
『ハムスター
狩ってるの?』
「ハンティングはしてません」
「…………(ごくん)、…………(こてん)」
唐突にハンターに転職させられてしまった日向は、すかさず加茂さんに突っ込みを入れる。
しかし、突っ込まれた本人は小首を傾げるだけで、あまり理解していないようだった。
「加茂さん、漢字間違ってる」
「…………(あっ)」
俺がボードに書かれた『狩』の文字を指差すと、加茂さんは慌ててそれを消して書き直す。
『ハムスター
買ってるの?』
「惜しいっ」
「惜しいか?」
残念ながら、書き直した漢字も間違っていた。
「加茂先輩、ボードとペン貸してください」
「…………(どうぞ)」
日向は加茂さんからペンを借りて、漢字を書き直す。
『ハムスター
飼ってるの?』
「こうですよ」
「…………(ぱちぱち)」
ようやく正しい漢字に直され、加茂さんは小さく拍手する。
……感心してるところ悪いけど、これって小学校で習う漢字だったよな。
「先輩? 難しい顔してどうしました?」
「今度、加茂さんのために漢字テスト実施しようか迷ってる」
「…………(えっ)」
"テスト"という言葉に反応した加茂さんは、露骨に嫌そうな顔で俺を見る。
それから、彼女はボードの文字を全て消し、素早く文字を書いて俺と日向に向けてきた。
『そんなことより
次どこ行く?』
「話逸らしたろ」
「…………(さっ)」
俺の指摘に対し、加茂さんは分かりやすく目を逸らした。
「……まあいいや」
「…………(ほっ)」
この話はまた今度にしよう。遊園地で話す内容でもないしな。
「二人は他に行きたいところあるのか?」
「そりゃもう」
『いっぱい』
俺が訊ねれば、二人は息ピッタリの返答をしてくる。
日向、実は俺より加茂さんと通じ合えてるのではないだろうか。そう思うと少し寂しいような、そうでもないような。
「でも、次は赤宮先輩の行きたいところにしましょうよ」
『いいね!』
「俺?」
「はい。先輩は乗りたいものとかないんですか?」
何とも言えない気持ちを抱いていると、俺が逆に訊ねられてしまった。
乗りたいものって言ってもな……強いて挙げるなら、次はもう少し落ち着いたものがいい。身体的にも、精神的にも楽なものに乗りたい。
そう考えていると、ふと近くにあったアトラクションが目に入った。
「じゃあ、あれ」
俺が指差すと、二人は揃ってそちらに目を向ける。
「コーヒーカップですか?」
「ああ。嫌か?」
「いえ、好きですけど」
「けど?」
「チョイスが可愛いですね」
「じゃあジェットコースターもう一回乗るか」
「加茂先輩っ、赤宮先輩が虐めてきま……あれ?」
俺の冗談に対して、日向はすぐに加茂さんに助けを求めたが――加茂さんはそこに居なかった。
………………居ない?
「加茂さんどこ行った!?」
「え、わ、分かりません!」
俺達は慌てて立ち上がり、辺りを見回す。
「あ、いました!」
加茂さんは即座に発見された。風船を持った小学生ぐらいの女の子と共に。
「……何してるんでしょう?」
「分からん」
加茂さんは小学生ぐらいの小さな女の子と、何か話しているように見える。しかし、距離もあって話の内容までは分からない。
暫く待っていると、加茂さんがこちらに戻ってくる。
――何故かその女の子と一緒に。
『ただいま』
「おかえり。その子は?」
『迷子』
「迷子かぁ……」
俺が女の子に目を向けると、その子は加茂さんの後ろに隠れてしまう。
さっきから一言も喋らないが、人見知りなのだろうか。表情も硬い。
「確か、向こうに迷子センターありましたよ」
「なら、そこに連れてくか」
「…………(こくっ)」
「……でも、これどうするか」
「あっ」「…………(あっ)」
加茂さんと日向は、思い出したかのように揃って口を開けた。
俺達はまだ昼食の最中である。そのため、テーブルの上にはハンバーガーやらポテトやら、食べかけの昼飯が置かれている。
流石に、このまま放ったらかして迷子センターに行く訳にもいかない。
どうするべきか悩んでいると、日向が口を開く。
「でも、送り届けるのは三人じゃなくていいですよね? 誰かここに残ってればいいんじゃないですか?」
「……それもそうだな」
『私行くよ』
まあ、それは確定だろう。拾ってきたのは加茂さんだし、女の子も加茂さんのことは平気みたいだし。
でも、加茂さん一人に任せるのも不安が残る。ちゃんと迷子センターに辿り着けるのかという不安が。
……俺も行こう。加茂さんまで迷子になったら目も当てられない。
日向がここに一人で残ることになるが、フードを被ってれば変な輩に絡まれることもないだろう。
一応、少し不安は残るから、できるだけ早く帰ってくるつもりではあるけど。
「日向――」
ぐぅぅぅぅぅ。
日向に留守番を頼もうとした時、大きなお腹の音が鳴り響いた。
誰の腹の音だなんて思いながら、俺は加茂さんと日向を見る。しかし、二人はきょとんとした表情で俺を見たり、お互いに顔を見合わせたりしていた。
……二人とも違うとなると、消去法で彼女しか居ない。
俺達三人は、迷子センターに送り届けようとしていた女の子に目を向ける。
――その子は恥ずかしそうに顔を俯かせて、お腹を押さえていた。
「……食うか?」
「……! …………(こくっ)」
俺がまだ残っているポテトを袋ごと女の子に近づけると、彼女は目を輝かせて頷く。
そして、ポテトを一本だけ袋から取って口に入れると、美味しそうに目を細める。
「それ、全部食っていいから」
「…………(ぱちくり)」
女の子は驚いたように目を見開く。それから、何故か加茂さんの服の裾を引っ張り始めた。
「…………(くいくい)」
「…………(こくっ)」
加茂さんは頷くと、自分のボードとペンを女の子に手渡す。
すると、女の子はペンでボードに文字を書いてこちらに見せてきた。
『ありがとう』
「……どういたしまして」
「…………(にっ)」
俺が返答すると、女の子は年相応の無邪気な笑みを見せてくる。
ここでようやく、俺は女の子が今まで一言も言葉を発さない理由が分かった。
人見知りとか関係なく、単に喋れなかっただけなんだ。加茂さんと同じように。
また美味しそうにポテトを頬張り始めた女の子を横目に、俺は加茂さんと日向に提案する。
「食ってから皆で行くか」
「ですね」
「…………(こくっ)」
俺の提案に、二人も異論はないようだ。
それから、ゆっくりポテトを頬張る女の子をよそに、俺達三人は速やかに残りの昼飯を済ませるのだった――。