加茂さんと後輩と写真
「着いたっ……!」
「…………(ばっ)」
金曜日、電車を乗り継ぎ辿り着いた目的地を前に、加茂さんと日向は揃って万歳し始める。
そんな二人を後方からぼんやりと眺めつつ、俺は更に前方にある今日の目的地に目を向けた。
「遊園地とか久々に来た……」
観覧車やジェットコースター、城型の屋内アトラクションが遠目に見える。懐かしい。
ここは俺がまだ小学生だった頃、父さんによく連れて来られた場所でもある。
……嫌な思い出は、特にない。だから、加茂さんの提案したこの場所を俺は却下する理由もなかった。
『赤宮君も
やろう!』
突如、下からボードが生えるように現れ――そのボードは俺の顔の高さを追い越したところで止まった。
少し上を見ればボード、真っ直ぐ見ればピンと伸びた加茂さんの腕、少し下を見れば嬉々とした表情の加茂さん。
多分、"万歳を一緒にやろう"と俺を誘っているのだろう。
「嫌だ」
だから、俺は拒否した。
「…………(えー)」
「そんな顔してもやらねえぞ」
「…………(ぶー)」
加茂さんは不満げに口を尖らせる。
俺はそんな彼女をスルーして、未だに万歳し続けている日向に声をかける。
「目立つからその辺でやめとけ」
「赤宮先輩もやりません?」
日向は万歳したまま振り返り、加茂さん同様俺を誘ってきた。
「やらない。あと人の話聞け。いくらフード被ってても自分から目立ったら意味ないだろ」
「分かってますって。でも、まだ人もそんなに居ませんし平気ですよ」
そう言って、日向は深く被ったフードの下から笑みを見せる。
今日、日向は生地の薄いパーカーを羽織り、自分の顔を隠すようにフードを被っている。
本人曰く、普段外出する時には欠かせないアイテムらしい。でないと、6割の確率でナンパされるのだとか。
毎回と言わずに半分よりちょっと上の数字を出す辺り、妙にリアルな話に聞こえる。
……そういう対策が必須な時点で、やはり用心はしておくべきだと俺は思う。
「いいから下げろって」
「もー、心配性ですねー」
日向に腕を下ろさせた俺は、加茂さんにも言う。
「加茂さんも、そろそろやめとけ」
「…………(ぷるぷる)」
「腕疲れてんじゃねえか」
腕震えてるのに、何で下げない。何が加茂さんをそこまでさせるんだ。というか、遊園地に入る前に体力使ってどうする。
それに、一応、少ないけど人は居るんだぞ。
実際、今、小さい子を連れた夫婦に生温かい目で見られてるのだが、本人は気づいてなさそうである。どうしよう、これ。
……あ、そうだ。
「下ろさないなら脇くすぐるぞ」
「…………(さっ)」
加茂さんは俺の言葉に反応し、俺の目論見通り腕を下ろして自分の脇をガードした。
本気でそんなことするわけないのに、流石は加茂さん。安定の単純さである。
俺がほくそ笑んでいると、日向が信じられないものを見たかのような目で俺達を見ていることに気づく。
「どうした?」
「お二人って、普段そんなことしてるんですか……?」
とんでもない誤解を生んでいた。これは不味い。
「してる訳ねえだろ」
「…………(はっ)」
「あ」
誤解を解くと同時に、加茂さんに俺がハッタリをかましていたことがバレてしまう。
すると、彼女は再び万歳をして『赤宮君もやろう!』と書かれたボードを掲げてきた。期待するような目で俺をガン見しながら。
「日向……」
「赤宮先輩が変なこと言うからじゃないですかっ」
俺が日向に視線を送れば、彼女は納得いかないといった様子で反論してくる。
「別にいいじゃないですか、万歳ぐらい。折角遊園地来たんですから、先輩も童心に帰りましょうよ。ほらほら」
「敵が増えた……!?」
「人生、時には諦めも大事ですよー」
日向は俺の腕を掴んではぐいぐいと引っ張り、無理矢理万歳させようとしてくる。
彼女の後方に居る加茂さんは疲れたのか、既に腕を下ろしている。でも、期待の目は未だに俺に向けていた。
「……ったく」
もう抵抗するのも面倒臭い。俺は観念して、万歳まではいかずとも、軽く両腕を挙げることにした。
「ばんざーい」
「加茂先輩、今ですっ」
「は?」
直後、日向が素早く後退したかと思えば、シャッター音が鳴る。
「…………(よしっ)」
「今撮っただろ。撮ったよな?」
「…………(ぷいっ)」
加茂さんは知らんぷりをした。
「消せ」
「…………(ぎゅっ)」
俺が言うと、加茂さんは自分のスマホを自分の胸元で抱くように握る。
……くそっ、これじゃあスマホを奪い取ることもできない。加茂さん、考えたな。
「加茂先輩、私にも見せてくださいよ」
「…………(はい)」
「……無気力な万歳ですねぇ」
「…………(ふふっ)」
加茂さんと日向は撮った写真を眺めては、くすくすと笑っている。
――一応、二人は出会ってまだ一週間も経っていない筈である。それなのに、もう連携を取る程に仲良くなっていたらしい。
……そこまでしてやったのが"俺の万歳写真を撮る"って何だよ、とは思う。本当に何なんだよ。
「赤宮先輩も見ますー?」
「…………(みる?)」
「いい」
二人が謎の気遣いをしてきたので、俺は迷いなく断った。
それから、遊園地の入場ゲートの方を親指で指差しながら言った。
「満足したならそろそろ行くぞ」
ここはまだ遊園地の外である。チケットだって買わなきゃいけないのだ。だから、いつまでもここで道草食ってるわけにもいかない。
「あ、待ってください。入る前に一枚撮りましょうよ」
「まだ撮るのかよ」
「今度は三人一緒にですっ。すみませーん!」
日向は丁度通りかかった夫婦と思われる男女に声をかけに行く。
――それから、たった20秒足らずで俺達の元へ戻ってきた。
「撮ってもらえるそうです!」
「早っ」
『早いね!?』
「こういうのは慣れてますから!」
日向は得意げに言った後、彼女は夫婦に向き直って大きく手を振る。
「じゃあ、お願いしまーす!」
そして、遊園地を背にするように俺の右隣に立つと――腕にしがみついてきた。
「お、おい」
「ほら、加茂先輩も早くっ」
「…………(え、え?)」
俺の声を無視して、日向は加茂さんに手招きする。
しかし、彼女もいきなり俺の腕にしがみついた日向を見て、戸惑っている様子だった。
「…………(ら、らじゃー!)」
それでも、加茂さんは敬礼のポーズをした後、俺の左隣に立ち――日向同様、俺の腕にしがみついてきた。
「何でだよ!?」
「…………(ぎゅー)」
加茂さんを見れば、顔が真っ赤だった。そして、多分俺も。
しがみつく必要なんてなかったのに、律儀にも彼女は日向の真似をしたのだろう。
それに、日向も日向だ。どうして俺の腕にしがみついてきた。そのせいで加茂さんが真似しちゃっただろうが。
俺は文句の一つでも言ってやろうと、彼女を見る。
「……え?」
日向は既に前を向いていて顔は見えなかった。
しかし、耳が真っ赤に染まっていることだけは、はっきりと分かった――。





