夢
「加茂先輩の髪って地毛なんですか!?」
「…………(こくり)」
驚く日向に対して、加茂さんは笑みを浮かべながら頷く。
そこに補足説明をするように、神薙さんが口を開いた。
「九杉の髪って確かお母さんからの遺伝だったかしら?」
「…………(こくこく)」
「……ってことは、お母さんも加茂先輩と同じ髪色なんですか……!?」
「…………(こくり)」
日向の問いかけに、加茂さんは再び頷く。
……さて、そろそろ俺が口を挟んでもいい頃合いだろうか。
「俺からも一ついいか?」
「…………(こくり)」
「ああ、違う違う。加茂さんじゃなくて」
「…………(こてん)」
首を傾げる加茂さんを一旦放置して、俺は日向に問いかけた。
「何で居る……?」
そう、俺がずっと気になっていたのは日向のことだった。
学校を出た時は俺、加茂さん、神薙さんの三人だった筈だ。それなのに、いつの間にか日向が加わっていたのである。
「居ちゃ駄目でした?」
「駄目じゃないけど、部活はどうした」
「今日休みです。サボりじゃないですよ」
……まあ、サボりじゃないのなら構わないのだが。あと、神薙さんも神薙さんだ。
「神薙さんもいつまでも突っ込まないどころか普通に話し始めるし……もしかして、二人って初対面じゃないのか?」
「初対面だけど?」
「初対面ですね。でも、赤宮先輩と加茂先輩のお友達なら、私のこと変な目で見ないかなと思ったので」
日向の基準はそこらしい。対して、神薙さんの基準も少し似ていた。
「九杉が普通に接してる子だし、平気でしょ。九杉、人を見る目はある方だから」
「俺の時は何だったんだ」
神薙さんとの初対面は今でも鮮明に記憶に残っている。そこそこ苦い記憶として。
「赤宮君は男子だもの。女子だったらあそこまでしなかったわよ」
「ええ……」
「でも、あの時は本当にごめんなさい」
「……別にいいけどさ」
どうやら、あそこまでピリピリしていたのは、性別も理由の一つだったらしい。
あの時の神薙さんの行動は褒められたものじゃないが、花火大会のこともあって、今の俺はその理由で納得できてしまっていた。
『何の話?』
「大した話じゃねえよ」
「…………(きょとん)」
俺と神薙さんの間で起きた話を知らない加茂さんは、不思議そうに俺を見つめてくる。
でも、あの時のことは、俺と神薙さんだけの秘密だ。これだけは、加茂さんには話せない。
「そういや、髪の話に戻るけど、日向のそのピンクの髪ってやっぱり染めてるのか?」
だから、俺は加茂さんの質問を躱すためにも、話を戻すことにした。
「はい。まあ、このメッシュだけで黒髪の方は普通に地毛ですけど」
そう言って、日向は軽く自分の髪に触れる。
「うちの学校、髪の校則はないけど、その染め方って珍しいわよね。そういう染め方にしてるのって理由あるの?」
「憧れの人を真似てるんです」
神薙さんが訊ねれば、日向は迷いなくはっきりとした口調でそう答えて、続けて打ち明け始める。
「その人のライブはいつもキラキラしてて、カッコよくて……歌も凄い良いんですよ。私もいつかその人みたいなシンガーソングライターになりたくて、まずは形から入ってます」
「へぇ……」
「なれるといいな」
「はい」
返事の後、日向は顔を綻ばせた。
彼女が目指すものは、職業が職業なだけに一筋縄ではいかないものだと思う。
しかし、はっきりとした目標、夢を持つのは良いことだ。そんな真っ直ぐな彼女を、俺も応援したいと思った。
『そのあこがれの人って誰?
気になる!(๑╹ω╹๑ )』
加茂さんが日向に訊ねる。
確かに、誰なんだろう。俺は芸能人に関しては少し疎い方だ。
しかも、ピンク色のメッシュなんて特徴的な髪の人、一度見たら忘れないとは思うが……テレビで目にした記憶もない。
「そういえば、その人ってテレビに出てたりする人なの?」
どうやら、神薙さんも分からないらしい。尚更気になる。
どんな歌を歌っている人なんだろう。一度聞いてみたい気持ちもある。
「秘密です」
しかし、日向の口から、その人について語られることはなかった。
「すみません、お預けみたいな感じになっちゃって」
「…………(ふるふる)」
「気にしないで。誰だって言いたくないことはあるでしょうから」
「無理言ってまで聞きたいことでもないからな」
少し申し訳なさそうにする日向に、俺達は気にしてないという旨を伝える。
しかし、どうして秘密なのか。そこは謎のままだった。
「あのっ」
駅の改札がある屋根が正面に見えた頃、日向は改まった調子で話を切り出す。
「先輩方って明日、何か予定ありますか?」
明日は先週土曜日の文化祭の振替で学校が休みの日だ。
そして、俺は部活に入っていないため、当然の如く予定はない。
けれど、日向はどうして明日の予定なんて聞いてきたのだろう――その疑問は、俺が訊ねる前に解消された。
「私、部活休みなんですけど、その、予定が空いてたら、皆さんとどこか遊びに行きたいなーって……」
日向は俺達の様子を窺うように、控えめにそんな提案をしてくる。
「俺は空いてる」
『空いてるよ!』
俺と同じく部活に入っていない加茂さんは予定が空いてるらしい。
「ごめんなさい。私、明日、部活あるの。あと、夜に文化祭の打ち上げもあるのよ」
しかし、神薙さんの予定は既に埋まっていた。
「日付ずらすか?」
「日向さんに悪いし、三人で行ってきていいわよ」
「わ、私は別の日でも大丈夫ですっ」
「気遣わないでいいから。それに、明日って平日だからどこも空いてて遊びに行きやすいでしょ」
確かに、それは一理ある。明日は祝日でもないため、どこに遊びに行ってもそれなりに空いているだろう。
どうするべきか悩んでいると、加茂さんがボードを持って俺達の前に立った。
『じゃあ明日も行って
別の日にまた遊びに
行こ!\( ╹▽╹ )/』
ボードに書かれていたのはなんとも加茂さんらしい提案で――一番の良案だった。
「それもそうだな」
「そうね。じゃあ、また別の機会に誘ってくれる?」
「は、はいっ」
「で、そうなると次は……」
話もまとまったところで、俺は日向に訊ねる。
「日向はどこか行きたい場所とかあるのか?」
「……えーっと……」
「何も考えてなかったのかよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、今考えますからっ」
そう言って、日向はうんうんと一人悩み始める。
仕方がないので俺も考えるかと思った矢先、加茂さんがボードに文字を書いていることに気づく。
程なくして、彼女はボードをこちらに向けてきた――。