後輩は運動音痴
「私、実は運動音痴なんです」
俺と加茂さんと日向の三人で駅までの道を歩いていると、日向がそんなことを打ち明けてきた。
「逆にさっき言ってたタイムで得意とか言われても……ってぇ!?」
ぱこーんという軽快な音と同時に、後頭部に激痛が走る。
今日、ボード持ってきてたのかよという突っ込みは置いておく。
誰に、何で叩かれたのかは、今までの経験と状況から振り返らずとも判断できた。しかし、理由が分からない。だから、俺を叩いた張本人に問い詰めようとした。
「何で叩い……」
「…………(むすっ)」
しかし、振り返った時には既にスマホに文が送られてきており、加茂さんも珍しくお怒りのご様子。
そして、俺はそこに書かれていたお叱りの言葉と思われる単語を見て、理由も理解する。
[デリカシー]
今回は全面的に俺が悪かった。
「ごめん」
[私じゃなくて]
「……そうだな、ごめ「もういいですからっ! 真面目に反省されても私どうすればいいんですかっ!」……お、おう?」
日向に怒涛の勢いで突っ込まれ、俺は口をつぐむ。もう何を言うのが正解なんだ。誰か教えてくれ。
無言の訴えを加茂さんにしようかと考えていると、日向は続けて言った。
「それに、お二人は私を普通の目で見てくれるだけマシなので……」
「……?」
「…………(こてん)」
俺と加茂さんは揃って首を傾げる。言葉の意味か分からなかった。
「普通の目?」
「……その、私の運動音痴って、友達以外には大抵、異常に好意的に見られるかその真逆の目で見られるか……周りの反応が両極端なことが多くて」
「何だそりゃ」
聞いてもいまいちよく分からない。すると、日向はげんなりとしながらも、俺達に簡単に説明してくれた。
「全員が全員じゃないですけど、男子にはそういう欠点が逆に可愛いって言われて、女子にはあざといって言われるんですよ」
「……成る程な」
「…………(こてん)」
加茂さんはまるで理解していない様子だが、俺は日向の言っていることが分かった。
――学校を出る前、廊下で日向と話してる時、俺に向けられていたピリついた男子達の目。
気にするつもりはなかったのだが、その視線がどういったものなのか分からない程、俺は鈍感ではない。
日向はきっと、男子にモテるのだろう。それが理由で、一部の女子に嫉妬もされてしまうのだと思う。
何でもできる完璧超人より、何かしら欠点がある人の方が可愛く見えるという男子の気持ちは分からなくもない。嫉妬の方はいまいち分からないが。
一応、友達はちゃんと居るようなのでそこは安心している。でも、彼女は学校で面倒な立ち位置に居ることも分かってしまった。
どうにかしてやりたいとは思うが、それを解決できるような案もパッと出てこない。
頭を悩ませていると、加茂さんが不思議そうな表情のままライナーを送ってきた。
[確かに詩音ちゃん凄い可愛いけど、あざとい?]
「……えっと、この話はここで終わりましょうか」
加茂さんの裏表のない言葉に、日向は澄ました顔で話を打ち切ろうとする。しかし、本音は照れ臭いのか、彼女の頰は分かりやすく赤く染まっていた。
そんな彼女を見て、加茂さんはニンマリと笑いながら再度ライナーを送ってきた。
[可愛い!(๑╹ω╹๑ )]
「ちょっ」
「これ以上はやめて差し上げろ」
追い打ちをかける加茂さんに待ったをかけると、彼女は更にライナーを送った上で、不満げな表情をこちらに向けてくる。
[可愛い子にはちゃんと可愛いって言うべきだと思います!]
「あぅ……」
「加茂さん……本当そういうとこだからな?」
加茂さんは加減というものを知らないのだろうか。
……知らなかったな、そういえば。加茂さんは常日頃から勢いで発言・行動するタイプだった。
そして、日向は今のような純粋な褒めには弱いらしい。
まるで茹で蛸のように、すっかり顔を真っ赤に染め上げてしまっている。
とりあえず、話題変えるか。いつまでも加茂さんを放置してたら、日向の精神が保たなそうだ。
――でも、話題を変える前に一言、日向に言っておくことにした。
「何か困ったことあったらいつでも言えよ」
「……先輩……」
日向は俺を見る。
それから、ライナーの通知音が鳴り、視線をスマホの画面に一旦戻す。
[何でも相談乗るよ!]
「……加茂先輩、ありがとうございます」
顔を上げた日向は、笑みを浮かべながら加茂さんに礼を言う。
そのまま、再び俺の方に顔を向けてくる。
「先輩も、ありがとうございます」
「まあ、これも可愛い後輩のためだからな。」
「……へ!? か、かわっ……!?」
……ん? 何か変なこと言ったか、俺。
日向を見ると、また顔が茹で蛸色になっていた。理由は不明である。
首を傾げている間に、駅の改札付近に着いた。
[また明日!ヾ(๑╹ω╹๑ )]
「ああ、また明日。接骨院忘れずに行けよ」
[帰りに寄る!]
「なら大丈夫か」
「…………(ふりふり)」
加茂さんが手を振ってくるので、俺も振り返す。
そして、隣を見やれば、日向は未だに赤い顔のままぼーっとした表情で虚空を見つめていた。
「日向」
「なななななんでしょう!?」
「何って、加茂さん手振ってるぞ」
「あ、加茂先輩、さようならっ」
俺が声をかければ、日向は慌てた調子で加茂さんに頭を下げる。
加茂さんはきょとんとした表情で日向を見た後、柔らかい笑みを浮かべ、俺達に背中を向けた。
「俺達も帰るか」
「は、はい……あれ?」
改札に向かおうとした矢先、日向は突然、疑問の声をあげる。
「どうした? 定期失くしたか?」
「それはあるんですけど……気になることがあって」
先程の慌てようとは打って変わって落ち着きを見せる日向は、段々と離れていく加茂さんの背中を見つめて言った。
「加茂先輩、ボードもないのに接骨院行って、ちゃんと診察してもらえるんでしょうか……?」
「……? そりゃ、向こうはプロなんだし大丈夫だろ」
「会話、ジェスチャーだけじゃ限界ありそうな気もするんですが」
………………あっ。
「ごめん、日向、俺行ってくるから、先に帰っててくれ」
「……はい、分かりました」
「じゃあ、またな」
「……! はいっ、また!」
そうして、日向と別れた俺は、駆け足で加茂さんの背中を追いかけ始めた――。
▼ ▼ ▼ ▼
「やっぱり、行っちゃった……」
私は少し残念な気持ちで、赤宮先輩の背中を見送る。
できることなら、赤宮先輩と一緒に帰りたかった。
もっと、赤宮先輩と一緒に居たかった。
もしも私が言わなかったら、赤宮先輩は気づかなかったかな。
私と、一緒に帰ってくれたのかな。
「嫌な女だなぁ、私って」
自分勝手な、卑しい願望。そんなことを少しでも考えてしまった自分が嫌になって、思わず自嘲する。
それでも、私がそんな願望を押し殺して赤宮先輩に言った理由は、加茂先輩が困っている姿を想像してしまったから。
加茂先輩が喋らない理由は分からないけど、何かしらの原因があったんだろうってことは察しがついた。
だから、私とは全く違う種類だろうけど、今までそれなりに苦労はしてるんだと思う。
……同情なのかな。分からない。分からないけど、私は加茂先輩に親近感に近い何かを感じていた。
あとは、加茂先輩が私に普通に接してくれてるから、そのお礼みたいなもの。
"可愛い"っていう加茂先輩の言葉は、素直に嬉しかった。何回も言われた時はかなり照れ臭かったけど、悪い気はしなかった。
……赤宮先輩に"可愛い後輩"って言われたのも、嬉しかった。
でも、そういう意味の"可愛い"じゃないってことぐらい、少し冷静になった今なら分かる。分かるけど、それでも、嬉しいと思ってしまう自分が居る。
それに、最後に「またな」とも言ってくれた。"また"ってことは、次があるんだ。
だから、今はこれだけでいい。欲張ったらバチが当たっちゃう。
私は自分の心にそう言い聞かせながら、駅の改札を通り抜けた。





