後輩から見た加茂さん
「帰るか」
「…………(こくっ)」
帰りのSHRが終わり、加茂さんと教室を出る。
神薙さんは今日も部活があるみたいなので、二人での下校になる――そう思っていたら、後ろから声をかけられた。
「先輩」
廊下で、聞き覚えのある声に振り向くと、そこに居たのは文化祭で知り合った後輩の日向だった。
「あ、合ってた。よかったぁ」
日向は俺達の顔を見ると、少し安堵したように息を吐く。そんな彼女は鞄を一つ持っているだけだった。帰りなのだろうか。
――と、そんな時、ポケットに入っていたスマホが振動する。
[こんにちは]
画面を見れば、俺と日向と加茂さんの三人のトークグループが作られていた。
「……? 何で目の前に居るのに……あっ」
日向は加茂さんの手首に目を向けたところで、加茂さんがライナーを送ってきた理由が分かったらしい。
それから、日向は加茂さんに何も聞くことなく、柔らかい笑みを浮かべて言った。
「こんにちは、加茂先輩」
「…………(ほわぁ)」
改めて挨拶をする日向に対し、加茂さんは今日も変わらない反応を見せる。どれだけ"先輩"って呼ばれるのが嬉しいんだか。
感極まってる彼女のことはさておき、俺は日向に訊ねる。
「部活どうした?」
「今日は休みです。先輩方は?」
「俺達はそもそも部活入ってない」
「そうなんですか?」
珍しいものを見たかのように目をぱちくりさせる後輩に、俺は訊ねる。
「逆に入ってるように見えるか?」
「そう言われると、確かに先輩が部活してる姿が想像つかないです」
聞いたのは俺だけど、それもそれでどうなんだ……。
複雑な気持ちを抱いていると、再びスマホが震える。
[私は何の部活が
似合うと思う?]
「加茂先輩ですか? うーん……茶道とかですかね」
「ぶっ」
日向のあまりに現実とかけ離れた答えに、俺は思わず吹き出してしまった。
「え、そんなにおかしいですか?」
「あり得ないし、俺は逆に想像つかねえ」
「…………(むっ)」
俺の言葉に、加茂さんはむっとした表情になる。それから、文字を打ち込み始める。
[赤宮君酷い]
「……酷いも何も、加茂さんって正座とかできんの?」
[できるし!]
「何分」
俺の質問に、加茂さんの手が止まる。それから、少し悔しそうな表情でライナーを送ってきた。
[10分なら]
そして、大方予想通りの答えが返ってくる。俺は半目で日向の方に顔を向けて言った。
「ほらな」
「……ちょっと意外でした」
驚いた様子で目を瞬かせる日向に、俺は訊ねる。
「日向には加茂さんってどう見えてるんだ?」
「えっと……凄い物静かなイメージで、教室で本とか読んでそうだなーと」
「……合ってるっちゃ合ってるけどな」
寡黙だし、朝はよく本を読んでいるところを見かける。が、加茂さんは"物静か"とは少し違う。むしろ、じっとしていられないタイプだ。
けれど、彼女をよく知らない人から見ればそういう風に見えるのか。
……加茂さんのこと、もう少し教えてあげよう。
「加茂さん、多分だけど、運動神経ならこの学校でトップクラスだぞ」
「えっ」
[体育は得意!]
「えっ」
「50メートルのタイムなんて俺と同じだしな」
「な、何秒ですか?」
「今年は6秒70」
「速っ!? というか先輩も速っ!?」
うん、驚いてる驚いてる。反応が一々大きくて面白い。
[詩音ちゃんは何秒?]
「…………えっと……」
加茂さんからの質問に、日向は言葉を詰まらせた。
それから、余程言いにくいのか、口を開いては、閉じ、開いては、閉じる。更に、息を吸って、吐く。
「そんなに溜めることか……?」
50メートル走のタイムを言うだけなのに、何をそこまで躊躇うことがあるのか。
不思議に思って訊ねてみると、日向は何故か俺を睨みながら確認を取ってくる。
「笑わないでくださいね」
「何を笑うんだよ」
流石にここまでくると、日向が口に出すのを躊躇う理由に察しがついてしまう。多分、足が遅いのだと思う。
でも、少しぐらいタイムが遅いからって、俺は笑ったりするつもりはない。
「それで?」
「……ギリギリ12秒台です」
…………ん?
「黙らないでくださいよ!」
「100メートルのタイムか?」
「んなわけないでしょ!」
「……なんかごめんな」
「謝るくらいならいっそ笑って!?」