弁当
「ボード持ってない加茂さんって新鮮だなー」
昼休みになり、弁当箱の包みを解いていると、秀人がそんなことを言う。
「ねー。手首の話はちょっとびっくりしたけど」
「朝来た時には包帯ぐるぐる巻きだったもんな」
そう言って、桜井さんと山田は苦笑しながら加茂さんの包帯を見る。
――今日の昼食は修学旅行班の面々で取ることになった。
いつもは神薙さんと食べている筈の加茂さんだが、神薙さんは文化祭実行委員の仕事で忙しいらしい。だから、一緒に食べられないのだとか。
「…………(うぐぐ)」
そんな彼女は現在、お弁当箱の包みに苦しめられていたりする。
「加茂さん、解いてやるから貸せ」
「…………(ぱちくり)、…………(ぺこり)」
自分の弁当箱の包みを解き終わったところで加茂さんに言うと、彼女は軽く頭を下げてから俺に弁当箱を包みごと渡してくる。
……手首のこともあるし、明日からは結びを少し緩めるべきだろうか。
「そういえば、加茂ちゃんって箸持つのは平気なの? 手首、痛くなったりしない?」
「…………(こくこく)」
桜井さんが加茂さんに訊ねると、彼女は頷く。
昼食を取る分には支障はないらしい。それが分かって桜井さんは安堵するように息を吐く。俺も内心、ほっとした。
「よし、私があーんをしてしんぜよう!」
――のも束の間、西村さんがそんなことを言い出す。
「おーい西村ー? 話聞いてたかー?」
「聞いてたとも! ってことで、赤宮君弁当箱プリーズ!」
「お、おう」
秀人の突っ込みを華麗に受け流す西村さんの勢いに気圧され、俺は加茂さんの弁当箱を彼女に渡してしまう。
すると、そのタイミングで皆のスマホの通知音が一斉に鳴る。
[自分で食べれるよ!]
既に作っていた修学旅行用のライナーのグループに、加茂さんから送られてきた抗議文。
加茂さんを見ると、西村さんに両手のひらを上に向け、指をクイクイッと動かしている。恐らく、弁当を返してほしいのだろう。
そこで、見かねた桜井さんも口を開いた。
「詩穂、加茂ちゃん困らせないの」
「違うよー。少しでも加茂ちゃんの負担を減らす配慮だよー」
「本音は?」
「一回やってみたかった」
「普通逆だろ……」
「え?」
あっさり自白した西村さんに思わず突っ込む。
すると、西村さんは一瞬面食らった表情で俺を見た後、笑って言った。
「無理無理。やる側ならともかくやられる側とか恥ずかしいって」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ。桃もそう思うよね?」
「え? ……私はどっちも恥ずかしいけど……一回くらいやってみたいかも」
西村さんが桜井さんに話を振ると、彼女は山田の方をチラリと見る。
「いきなり惚気んな」
「痛っ……いや俺悪くなくね!?」
秀人の理不尽など突きが山田を襲うが、俺は敢えてそれをスルーして西村さんに言う。
「で、その恥ずかしいことを加茂さんにやらせようとしている、と」
「バレたか」
「バレるわ」
むしろ何故バレないと思った。
おどける西村さんに呆れていると、彼女は「まあ」の後に加茂さんに一度視線を送ってから言う。
「配慮っていうのも本当だよ。少しでも手を休ませてあげれば、少しでも早く治るかなって」
一応、加茂さんのことを思ってのことであるのは確からしい。
……まあ、決めるのは加茂さんだ。彼女が嫌がるのなら俺は止めるし、そうでなければ俺はどうもしない。
どうする、という意を込めた視線を加茂さんに送ると、丁度よく彼女と目が合った。
「…………(うー)」
少し悩んでいる様子の加茂さんは、少し間が空いた後にスマホに何やら打ち込み始める。
それから暫くして、再びライナーが送られてきた。
[いいよ]
「やたっ」
ガッツポーズをする西村さんを見て、加茂さんは苦笑している。
加茂さんって善意に弱いよな。悪いところではないけど、丸め込まれやすい気がする。
「加茂ちゃん何食べるー?」
「…………(それ)」
西村さんは弁当の蓋を開けて加茂さんに訊ねると、彼女は弁当のおかずの一つを指差す。
ずっと見てるのもあれなので、俺も自分の弁当の蓋を開けて食べ始めることにした。
「はい、加茂ちゃん」
「…………(あ、あーん)」
西村さんに差し出された玉子焼きに、加茂さんは少し恥ずかしそうに、控えめに口を開けて齧り付く。
……こうして見ると、なんだか微笑ましい。女子同士のやり取りだからなのだろうか。不思議だ。
「赤宮君って凄いよね」
一人で勝手に和んでいると、桜井さんに小声で話しかけられる。
「何が?」
「加茂ちゃんから前に聞いたんだけど、お弁当、自分で作ってるんでしょ? しかも加茂ちゃんの分も。大変って思うことない?」
桜井さんに訊ねられて、俺は一考してみる――が、特にこれといって大変と思うことはなかった。
「あんまり」
「……因みに、朝って何時起き?」
「6時過ぎ」
「朝練なしでその時間かぁ」
答えると、桜井さんは独り言のように呟く。俺は要領を得ない彼女の言葉に首を傾げる。
そして、彼女は更に質問してきた。
「もう一ついい?」
「ああ」
「お弁当作るのっていつもどれくらい時間かかってる?」
「……大体30分ぐらいだな」
基本的には前日の夕食の残りとか、卵焼きとか、切って焼くだけのウインナーとか、簡単なものが多い。だから、20分以内に作り終わる時だってある。
「あ、ごめんねっ、質問攻めしちゃって」
「別にいいけど……桜井さん、弁当作りたいのか?」
桜井さんに訊ねると、彼女は山田の方をチラリと目を向ける。見られた当人は話を聞いていなかったのか、何の話か分かっていない様子で目を瞬かせる。
……成る程。ようやく話が見えてきた。同時に、尽くすタイプなんだなと、驚き半分、感心半分な感想を口に出しかけ、寸でのところで踏み留まる。
それから、一つアドバイスしておくことにした。
「最初は前日の残り物とか、冷食詰めるだけでもいいと思う。それも歴とした弁当だから。んで、作るのに慣れてきたら何品か自分でも作ってみるとかな。卵焼きとか簡単でいいぞ」
「あ、ありがとっ。頑張ってみるっ」
桜井さんは意気込むように胸の前で拳を作る。
愛されてるなぁなんて思いながら、俺は水筒のお茶を飲んで一息吐く。
「…………」
「ちょ、痛い痛いっ、え、何っ、何!?」
秀人に無言でど突かれ続ける山田のことは、暫く放っておくことにした。





