加茂さんは友達
加茂さんがそこまで思い詰めていたことに気づけなかった。
俺は彼女のことを何も知らなかったんだと、思い知らされた気がした。
「俺も同じだ」
俺も加茂さんのことで頭が一杯になっていた。
彼女が俺を避けていることには気づかなかったけれど、俺だってあの練習を最後に話せなくなるのは嫌だった。
……それ以上に、俺は加茂さんを傷つけたくなかった。
だから、臆病になって、まともに顔を合わせられなかった。今までも、ただのクラスメイトという距離を保っていた。
しかし、その様子見が彼女を傷つけた。彼女を泣かせてしまった。
「なあ、加茂さん」
そんな俺に、加茂さんはここまで歩み寄ってくれたのだ。
もし彼女が俺と同じ気持ちだと言うのなら、それがどれほど勇気を要したか、俺には分かる。
だからこそ、俺もようやく自分の気持ちに正直になろうと思えた。加茂さんの文は、俺の気持ちの答えでもあった。
もう、様子見なんて要らない。加茂さんと壁を作ってしまうぐらいなら、ここで一歩踏み出して思いっきり気まずくなるべきだ。
……気まずくなりたくはないけど、まずは向き合うべきだった。逃げなければ、彼女に泣かれてしまうこともなかったのだろう。
深呼吸してから、俺は言う。
「俺と友達になってくれるか」
「…………(こくっ、こくっ)」
加茂さんは頷いてくれた。涙は止まっていないが、何度も、何度も、頷いてくれた。
そして、ボードに書いたあの長文を全て消して、文字を書く。
『ありがとう』
加茂さんは泣き笑う。
たった五文字の言葉で、こんなに心が温まったのは初めてのことだった。
加茂さんがようやく泣き止んだところで、加茂さんは再び文字を書く。
『赤宮君、前にお母さんに
私はただのクラスメイトって言ったよね。
あれ、ショックだったんだよ。
私はその時から友達だって思ってたから。』
「……そうだったのか」
その頃から、加茂さんは俺のことを友達と思ってくれていたのか。
……今までだって、女友達が居なかった訳じゃない。
しかし、加茂さんには特別意識を持ってしまっていた。"喋らない"というだけで、いつの間にか壁を高く作ってしまっていたのかもしれない。
「色々ごめん」
「…………(ふるふる)」
加茂さんは首を横に振る。許してくれるということでいいのだろうか。
「…………(もじもじ)」
加茂さんは落ち着かなそうに体を揺らす。
そういえば、もう話は終わったのか。なら、俺がいつまでもここに居座る必要はないだろう。
「俺、そろそろ帰るよ」
「…………(がたっ)」
「落ち着け」
俺が立ち上がると、加茂さんも慌てて立ち上がる。
俺は引き止められたと判断して、もう一度その場に座り直した。そして、彼女に問いかける。
「まだ他に話あるのか?」
「…………(ふるふる)」
「ないのかよ」
どうして引き止めた……いや、引き止めた訳じゃないのか?
俺の早合点の可能性があったので、加茂さんに再び問いかけてみる。
「帰ってもいいか?」
『話がなかったら
居てくれないの
?(´・ω・`)』
「……居たとして何するんだよ」
「…………(びしっ)」
加茂さんが指差したのは、小さめのテレビの下。そこに置かれていたのは最新型ゲーム機"スウィーチ"だった。
「ゲームとかするんだな」
『赤宮君は?』
「まあ、それなりにやるけど」
すると、加茂さんはいそいそと準備を始める。まだやるとは言ってないのだが、まあいいか。
加茂さんが選んだソフトは"大暴走アルティメットシスターズ"という、小学生でも楽しめる簡単操作が売りの格闘ゲームだった。
……まさか、女子の部屋に来てゲームを、しかも格ゲーをやることになるとは。というか、加茂さん格ゲーやるんだ。
『やろ!』
「……おう」
目を輝かせている加茂さんの誘いを断る気も起きず、俺は渡されたコントローラを両手で握った。このゲームは俺も持っていたが、触れるのは久しぶりだ。
テレビに向き直れば、そこには既にゲームのスタート画面が表示されていた。
――それから三十連戦した結果、俺は全勝した。
「…………(むすー)」
「なんかごめん」
凄い自信有り気にゲームの準備をしていたから、強いのかと思って心して挑んだら全勝してしまった。
加茂さんはジト目で俺を見つめてくる。俺はもう少し手を抜けば良かったと、ちょっと後悔した。
『もう一回!』
「お、おう」
負け続けてもめげずに挑む加茂さんの姿勢には感心する。普通は嫌になりそうなものなのに。
しかし、急に手を抜いたらバレるだろうし、どうしたものか。俺が考えている間に、ゲームは始まってしまう。
「あっ」
「…………(あわわわ)」
気がつけば、俺は本日二十回目のコンボを決めて、加茂さんの操作するキャラを場外に吹っ飛ばしていた。
コマンド入力が三つしかない超簡単なコンボなので、流石にそろそろ学習してほしい。しかし、彼女の慌てようを見る限りそれも難しそうである。
「…………(ぐぬぬ)」
テレビ画面を睨みつけて、加茂さんは本気で悔しがっている。でも、表情は活き活きとして楽しそうだ。
――ふと、窓の外を見ると、橙色が空を染めている。時計を見る。時刻は既に18時を過ぎていた。
「もうこんな時間か」
「…………(びしっ)」
俺が呟くと、加茂さんは人差し指を立てて、縋るような視線を送ってくる。あと一回、と言いたいのだろう。
「分かったよ」
「…………(ぱあっ)」
嬉しそうに顔を明るくさせる加茂さんを見ていると、なんだかこちらも嬉しくなる。
それにしても、誰かとゲームをするのはいつ以来だろうか。やってみると結構楽しいものだ。
「…………(カチャカチャ)」
「うおっ」
俺の操作するキャラが場外に吹っ飛ばされる。
そして、勝負を終えた画面には、加茂さんの操作するキャラクターが大きく一位と表示される。
最後の勝負は、加茂さんが本日初勝利を飾る結果で幕引きとなった。
「…………(ぐっ)」
両手でガッツポーズをする加茂さんは本当に嬉しそうだ。
「参りました」
「…………(むふー)」
俺は降参を表現するように両手を上げる。
加茂さんは誇らしそうに、腕を組んでドヤ顔してくる。まるで子供のように喜ぶ彼女は、なんだかとても可愛らしかった。
第一章、お隣さん編終了です。
第二章、友達編突入!(゜ω゜)