加茂さんとデザート
「…………(ぐいぐい)」
「ん?」
廊下を歩いていると、加茂さんにTシャツの袖を引っ張られる。
何事かと思ってそちらを見れば、加茂さんがとある教室を指差していた。
「クレープか」
「…………(こくこく)」
「……クレープかぁ……」
目を輝かせながら加茂さんは頷いているが、俺はすぐに「寄るか?」とは言えなかった。
「いいじゃない、寄る?」
「…………(まって)」
「……?」
待ったをかける加茂さんに、神薙さんは不思議そうに首を傾げる。
加茂さんも、俺が煮え切らない返事をしている理由を理解しているらしい。小谷さんの注意を忘れていなかったようで少しホッとした。
「どうしたのよ」
「鈴香、俺の顔見て、いつもと違うこと言ってみ?」
「……あっ」
ピンときていなかった神薙さんだったが、秀人の言葉で彼女もようやく理由を理解したようだ。
「ってわけで、俺はやめとく」
「当たり前だ。食うなんて言ったら殴ってた」
「…………(さっ)」
「赤宮君?」
俺の言葉に反応したのか、加茂さんは神薙さんの後ろに隠れる。そして、神薙さんは笑顔で俺を見つめてくるが、目は笑っていなかった。
あらぬ誤解を生んでしまっていることに気づき、俺は慌てて弁明する。
「いや加茂さんは殴んねえよっ!」
「…………(ほっ)」
「ならいいけど」
「鈴香、俺は?」
「大人しく殴られなさい。ほら、歯を食いしばって」
「あれ? 俺、もしかして何もしてなくても殴られる?」
流れるような理不尽を垣間見た気がするが、話が脱線しているので一旦戻すことにした。
「それで、加茂さんはクレープ……食いたいんだよな」
「…………(こくこく)」
「俺の人権消失事件はスルー?」
「「スルーで」」
珍しく死んだ目になっている秀人は無視して、俺は考える。
クレープとなると、問題はその食べ方とクリームだろう。
クレープの食べ方といえば、直接齧り付くのがオーソドックスである。しかし、大抵はその食べ方だと口元が汚れてしまう。
綺麗に食べればいい話ではあるのだが、クリームがその難易度を上げてしまっているのだ。
カレーは俺が一応気にかけていたこともあって、加茂さんも秀人も特殊メイクを汚さずに食べれていた。
でも、あれがライスではなくナンだった場合、恐らくアウトだったと思う。
要は、齧り付く系を避けたいのである。
アメリカンドックなんて良い例だ。あれもケチャップが難易度を上げている。
逆にポップコーンやフライドポテトなんかは、よっぽど食べるのが下手でなければ口の周りが汚れることはない。
……というわけで、俺は加茂さんに結論を言った。
「クレープは諦めろ」
「…………(がーん)」
「でも、アイスならいい」
「…………(え?)」
俺はクレープを売る教室の隣の教室を指差し、加茂さんがその方向を目で追う。
その隣の教室では、有名なアイスクリームチェーン店、"サーティツー"のカップアイスが売られていた。
『いいの?』
「クレープよりはマシだろ、多分」
「…………(わーい!)」
加茂さんは両手を挙げて喜びを表現する。そんな彼女が微笑ましくて、俺の口元は自然と綻んだ。
「ってことで、二人ともいいか?」
「俺はいいぜ。デザート食いたかったし」
「そうね、私も食べたいかも」
秀人と神薙さんも異論はないようなので、俺達は早速その教室に向かった。
「いらっしゃいませー! 味はどうしますか?」
「俺は抹茶」
「私はバニラ」
「俺はチョコにしよっかなー」
『チョコレート!』
「はーい、少々お待ちをー!」
――そうしてアイスを買った後、俺達は丁度空いてる四人席を見つけてそこに座る。
「この店のアイス、食べるの久々」
「俺は夏休みの部活帰りに食ってたなー。光太は?」
「夏休みに一回食ったな」
「へー、珍しい」
『珍しいの?』
秀人の言葉が引っ掛かったのか、加茂さんがボードで訊ねる。
「光太って甘いもの進んで食わねえから」
『そうなの?』
加茂さんは、今度はこちらにボードを向けてきた。
「別に嫌いじゃないけど、まあ、そうだな。進んで食うことはない」
『だから前はブラックコーヒー味
食べてたんだ(´・ω・`)
赤宮君って苦いの好きなの?』
「物にもよるけど、コーヒーの苦味は好きだぞ」
加茂さんの質問に答えていると、横と斜め前から視線を感じる。
「……何だよ」
そちらに目を向ければ、秀人と神薙さんが少し驚いた表情で俺を見つめてきていた。何なんだ、一体。
「そんなに俺がアイス食うのがおかしいか」
「そこじゃねえよ」
「赤宮君、いつの間に九杉とアイス食べたりなんてしてたの?」
「……え、そこ?」
「「そこ」」
二人が驚いていたのは、俺が予想した点から少しズレていた。それならそれで、何故そこまで驚かれなければならないのかは分からないが。
"友達と一緒にアイスを食べるのは普通だろ"と、俺は思う。
「いつ?」
「いつって、加茂さんと買い物行った帰りだけど」
「買い物? あ、文化祭の買い出しか?」
……あ、そっか。これ、どう説明するべきだ? 話すタイミングもなかったから、二人は知らないんだよな。
とりあえず、一緒に水着を買いに行ったことは伏せておこう。言ったら色々面倒臭そうだし。
「まあ、そんなとこ――」
『赤宮君と水着
買いに行った時!』
「えっ」
「行ったの?」
「…………」
加茂さんは隠す気なんて更々なかったようで、即行で二人に暴露してしまった。
再び、二人は俺に視線を送ってくる。居た堪れなくなった俺は、無言で目を逸らした。
いや、いいんだけどさ。やましいことは何もないから。でも、加茂さんはもう少し体裁を考えるべきだと思うんだ。
異性の友人と一緒に水着を買いになんて、稀だから。俺、今でもその考えは変わってないぞ。
「じゃあ、あの水着ってお互いに選び合ったりしたの?」
「してない」
俺は自分で決めてしまったし、加茂さんもほぼ自分で選んだようなものだ。
「九杉、そうなの?」
神薙さんは何故か俺を無視して加茂さんにも訊ねた。
『私の水着はちょっと
見てくれた』
「へー」
「ふーん」
少し照れながらも、加茂さんはボードで神薙さんに答えてしまう。
そして、秀人はニヤニヤと、神薙さんは白い目で俺を見てくる。
俺は顔の熱を冷ますためにも、買ったアイスを口に含む。それから、二人にも言った。
「ほら、アイス溶けるぞ」
「話逸らしたな」
「逸らしたわね」
「うるせえ」
二人はジト目を無視して、俺はアイスを食べ進める。
すると、二人もこれ以上何か訊ねてくることなく、自分のアイスを食べ始めた。
『私のアイス
一口あげる!』
「あら、ありがと九杉。じゃあ、私のもあげるわね」
加茂さんと神薙さんが、一口ずつアイスを交換し始める。
微笑ましく思いながらそんな二人を見ていると、加茂さんが俺の視線に気づき、ボードに文字を書いてこちらに向けてきた。
『まっちゃ
おいしい?』
「……加茂さん、抹茶アイス食ったことないの?」
「…………(こくん)」
加茂さんは頷く。
「まあ、美味いぞ」
加茂さんの質問に答えると、加茂さんはじーっと俺の抹茶アイスを見つめてくる。
「……一口いるか?」
『食べたい!
\(๑╹ω╹๑ )/』
俺が訊ねた瞬間、加茂さんはボードをこちらに向ける。
文字を書く素振りは全くなかった。どうやら、その文は既に準備していたらしい。
「良心を予測すんじゃねえ」
『赤宮君なら
聞いてくれると
思ったから』
「はあ……」
変な方向に信頼されていて、少し複雑な思いを胸に抱きながらため息を吐く。
そして、俺は自分のアイスをスプーンで掬って加茂さんに差し出した。
「ほら」
「…………(えっ)」
「一口だけな。溶けるから早く食え」
俺は加茂さんに早く食べるように促した。しかし、彼女は固まったまま動かず、スプーンの上の抹茶アイスを見つめている。
「光太のそういうとこ、素直に尊敬するわ」
「九杉もだけど、赤宮君も大概天然よね……」
「は?」
秀人と神薙さんが呆れたような視線を向けてくるが、俺は理由が分からず首を傾げる。
それでも一応考えてみようと、俺もスプーンの上の抹茶アイスを見る。
――そこでようやく、加茂さんが固まっていた理由を理解した。これ、間接キスになるじゃねえか。
……あと、加茂さん、チュロスの時もやっぱり無理してたんだな。でなければ、今のも躊躇なく食べてただろうし。
ひとまず、俺は加茂さんに謝ってスプーンを引くことにした。
「ごめん加茂さ「…………(あむっ)」……ん?」
「えっ」
「そこでいくのかぁ」
しかし、俺は動くのが遅かったらしい。
加茂さん、俺が差し出していたスプーンを咥えてしまったのである。意を決した表情で。
「…………(うぐっ)」
しかし、加茂さんの覚悟虚しく、その数秒後、彼女は口に合わなかったとばかりに顔を歪ませたのだった。





