加茂さんとお揃いの
喫茶店を出た俺達が次に向かった場所は、手芸部がハンドメイド商品の販売をしている教室だった。
「手芸部って色々作ってるんだなー」
秀人は机の上に並べられたカラフルなテディベア達を見ながら、そんな感想を漏らす。
すると、それを見て何かを思い出したらしい神薙さんが口を開いた。
「あんた、花火大会の時にこれに似たもの射的で落としてたわね」
「…………(あっ)」
「あー、そういえばあったな、そんなこと」
あったな、そんなこと。
あと、そのぬいぐるみがどうなってしまったのか俺は知っているけれど、二人はまだ知らなかったっけ。
「九杉?」
加茂さんは気まずそうな表情で視線を逸らす。
それでも、罪悪感からか、加茂さんは不思議そうな表情の二人に視線を一度戻す。
それから、ボードにペンを走らせて、少しビクビクしながらこちらにボードを向けてきた。
『ごめんなさい
なくしちゃった』
「……気にしなくていいぜ? 実質0円みたいなもんだったし、あれ」
加茂さんの謝罪に対し、秀人は気にしてないといった様子だ。
けれど、加茂さんは暗い表情のまま、申し訳なさそうに顔を俯かせた。
そんな彼女に、秀人は困り果てた様子で、何故か俺を見た。
……どうにかしてほしいのだろうが、一体俺にどうしろと。一応、話の補足はしておくか?
「花火大会の時、加茂さんとはぐれかけた時あっただろ? 落としたのは多分その時」
「「ああ……」」
二人は納得の声をあげる。そして、また……今度は神薙さんも俺に視線を送ってくる。
いや、これ以上は何もねえよ? 逆に俺が何を言えばいいんだ。
加茂さんを見れば、未だに彼女は俯いたまま。
……雑だけど、ごり押しするか。それ以外に方法思いつかないし。
「ほら、加茂さん」
「…………(へ?)」
俺は加茂さんの前に立って、彼女の頰を両手で挟んで上に持ち上げた。
「……ぷっ」
加茂さんの柔らかい頰の引っ張られ方が思いの外面白くて、自分でやっておいて吹き出してしまう。
対して、加茂さんは俺の行動に戸惑っている様子だ。そんな彼女に、俺は笑いかけながら言った。
「秀人は気にしてないって言ってんだから、いつまでも引きずんな。笑え笑え」
「…………(ぱちくり)」
加茂さんは目を瞬かせる。それから手に触れてきたので、俺は彼女の頰からそっと手を離した。
彼女は身を傾け、俺の傍から顔を出して秀人を見る。
「そうそう、本当に気にしてないって。なんなら、機会があったらまた取ってやるよ」
「…………(ぺこっ)」
秀人がニカッと笑ってそう言うと、加茂さんは軽く頭を下げる。恐らく、ごめんなさいって意味だろう。
そして、顔を上げた彼女は、先程より少しだけ元気が戻ったように見えた。
「あ、九杉、あっちにトートバッグあるわよ。普段のボード入れるのに使えそうなやつあるかもしれないし、見ましょっ」
「…………(こくっ)」
そうして、加茂さんと神薙さんは俺達の前を歩いていく。
二人と少し距離が空いてから、秀人が小声で俺に言ってきた。
「光太、ありがとな」
「感謝しろよ」
「してるしてる」
そんなやり取りの後、秀人は「よし」と一人呟き、続けて言う。
「俺も探すとするか!」
「……お前ってこういうの興味あったのか?」
「ん? いや、よく分からねえけど、掘り出し物的な面白そうなのありそうじゃん?」
あるかどうかは知らないが、彼らしい理由だった。
「で、光太はもう買ったか?」
そして、突然、訊ねられる。しかし、俺には何の話か分からなかった。
「何を?」
「鈴香の誕プレ」
「……まだだった」
言われて思い出す。もう、神薙さんの誕生日まで既に一週間を切っていることに。
「忘れてたのかよ」
「……ここで探す」
「そうしとけ」
秀人に言われるのは少し癪ではあるが、今回は忘れていた俺が悪い。
とりあえず、神薙さんへのプレゼントを考慮しながら俺も見て回るとしよう。
まずはパジャマ。シンプルな無地のデザインのものから、チェック、水玉、可愛らしい動物が描かれたデザインのものまで、机の上に並べられている。
どれも売り物のため、当然といえばそうなのかもしれないが、縫い目が綺麗だった。
……でも、流石に部屋着プレゼントはハードルが高すぎる。やめよう。
次に小さながま口財布。色々なデザインのものが並べられている。
その中の一つを手に取って、口を開いて中を覗いてみると、やはり縫い目が綺麗だ。
……がま口財布なんて今時、なかなか使う機会もないか。だとすれば、プレゼントされても困るだろう。やめよう。
靴下……やめよう。誕生日に靴下なんてプレゼントして、喜ぶ姿が想像つかない。
マフラー……これからの季節で使えそうだな。保留。
手袋……これも保留。
枕カバー……一応、候補に入れておくか……?
トートバッグ……神薙さんが使ってるところは見たことないけど、普段使いしやすそうだ。これも保留。
見て回りながら候補を絞っていると、あるものが目に入る。
「お、これいいな」
それは神薙さんもよく使うものだった。俺はワンポイントが入ったそれを一つ手に取ってみる。
……うん、しっかり作ってある。簡単には壊れなさそうだ。これにしよう。
そうして、神薙さんの誕生日プレゼントを決めた俺は、速やかに会計を済ませことにした。
会計中、ふと、会計する場所の前に並べられていたものが目に入る。
「すみません、これもください」
そして、衝動買い。リーズナブルなお値段だったので、つい買ってしまった。
「…………(とんとん)」
会計を終えて廊下に出ると、横から軽く叩かれ、そちらを見る。
そこに居たのは加茂さんだけで、俺は彼女が手に持っている二つの小袋が目に入った。
すると、彼女は袋の一つを俺に差し出してくる。
「もしかして、俺にか?」
「…………(こくこく)」
加茂さんは頷いた後、俺に小袋を一つ手渡してからボードにペンを走らせる。
『いつもお世話に
なってるお礼!』
「……じゃあ、俺からも、はいこれ」
「…………(きょとん)」
俺も買ったものの片方が入った小袋を加茂さんに差し出すと、彼女は少し驚いた様子ながらもそれを受け取ってくれた。
こうして物々交換のようになってしまったところで、加茂さんはボードをこちらに向けてくる。
『せーので
いっしょに
あけよう!』
「分かった」
加茂さんは袋の口元を開く直前で止めた。なので、俺も彼女の真似をして袋を開く直前で止め、彼女の合図を待つ。
しばらく待っても、加茂さんは動かなかった。
「加茂さん?」
「…………(じー)」
呼びかけると、加茂さんは俺に何かを訴えるように視線を送ってくる。
……そりゃそうか。加茂さんが「せーの」なんて合図を出せる筈がない。喋らないんだから。
「じゃあ、いくぞ」
「…………(こくこく)」
俺が加茂さんに確認を取ると彼女は頷き、自分の持つ小袋に視線を戻した。
「せーの」
ようやく小袋を開け、中身を手のひらの上に乗せる。
「……あれ?」
「…………(え?)」
袋から出てきたのは茶色のミサンガ。
まさか自分の買ったものを開けてしまったかと思ったが、加茂さんの手のひらの上にもしっかり茶色のミサンガが乗っている。
加茂さんと目が合った。
「…………(ぱちくり)」
そこでようやく、俺達は互いへのプレゼントに全く同じものを選んでいたことを理解する。
『おそろいだね』
「だな」
まさか加茂さんも同じものを選んでいるとは思わなかった。驚きの後、少し気まずい空気が流れる。
……笑えばよかったか、なんて気づいた時にはもう遅かった。
『ペアルックだね!』
加茂さんが絶妙にコメントしにくい感想を俺に伝えてくる。
多分、加茂さんなりの冗談なのだろう。
しかし、加茂さんの頬は仄かに赤く染まっており、それが彼女が羞恥心を押し殺して書いた言葉であることを物語っていた。
わざわざ笑い事にしなくてもよかったのだが、彼女が無理して振り絞ってくれた言葉を無駄にはできない。
「そう、だな」
――が、俺の口がそんな上手く回る筈もなく、結局、情けない一言しか返すことができなかったのだった。