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加茂さんは背伸びがしたい

 俺達はようやく神薙さんのクラスに着き、二人と合流することができた。


「おー」

「…………(ほえー)」

「……そんなに変?」


 執事服に身を包んだ神薙さんを見た俺と加茂さんは、しばらく呆けるように彼女を眺めてから言った。


「いや、凄い似合ってるなーと」

『カッコいい!』

「……ありがと」


 俺達が正直な感想を述べると、神薙さんは少し素っ気ないお礼を返してくる。

 彼女は元々スレンダーで普段から姿勢も良い。ここまで似合っているのは、恐らくそれが関係しているのだと思う。


「神薙さん、今日は眼鏡じゃないんだな」


 加えて、今日の彼女は眼鏡を着けていなかった。


「クラスの人に頼まれて、文化祭の間だけコンタクトに変えてるの。変?」

「いや、全く」


 裸眼姿の彼女を見たのは初めてだったが、神薙さん、眼鏡を外すとお世辞抜きでいつもより美人に見えた。

 それがカッコよさに拍車をかけており、彼女のキレ目も執事服と上手くマッチしている。


「こんなこと言うのも失礼かもしれないんだけど、むしろコンタクトの方が似合ってるぞ?」

『だよねだよね!

 鈴香ちゃんって

 顔キレイだし!』


 キリッとした印象は変わらないが、見るからに委員長だったお固い印象も良い意味でなくなっている。加茂さんも俺の意見寄りらしい。

 そんな俺達に対し、神薙さんは微妙な表情で言う。


「今日は特別付けてるけど、コンタクトって維持費とかで色々お金かかるじゃない」

「……確かに」

『(´・ω・`)』


 物凄く現実的な回答に、俺達は揃って口をつぐむ。


 そこで、俺は先程から何も喋らないで複雑な表情を浮かべる秀人に気づいた。

 神薙さんの話題なら真っ先に食いついてきそうなものなのに、どうかしたのだろうか。


「秀人? どうした?」

「いや、裸眼の鈴香っていつもより3倍増しで可愛いから他人に見せたくね――ごふっ」

「それ以上口開いたら殴るっ」

「……殴ってから言うなよ……」


 ――秀人に腹パンを決めた神薙さんの頰が仄かに赤く染まっていたのは見なかったことにした。言ったら、俺も殴られそうだったから。




 神薙さんのクラスがやっている喫茶に入る。


「こちらの席にどうぞ〜」

「ありがと、古橋さん」

「い〜え〜、ごゆっくり〜」


 席に案内された俺達は、早速メニュー表を見る。

 そのメニュー表は昨日と少し変わっていて、"本日のオススメ"と書かれたメニューの下に"(調理部が作るおいしいカレー!)"と書かれていた。これが加茂さんが昨日言っていたものだろう。


『カレー食べたい』

「迷わないのな」

『赤宮君は?』

「……まあ、俺もだけど」


 オススメというだけあって、注文も多いのだろう。教室内にはカレーの匂いが漂っていた。

 もはやカレー屋なのではないかと錯覚してしまいそうなぐらい、メニューもカレーを推している。ここまでオススメされているのなら、頼まないわけにはいかないだろう。


「私もそれにしようかしら」

「俺もカレー。んじゃ、頼んじまうか。すみませーん、注文お願いしまーす」

「はーい♡」


 そうしている間に、秀人が筋肉質メイド♂を呼ぶ。

 絶妙に気持ち悪い応答をこちらに返してきたメイドは、俺と秀人の見覚えのある顔だった。


「あら、昨日の♡ リピーターになってくれたのかしら♡」

「あ、くそっ、呼ぶ奴間違えたっ」


 ――メイド服に身を包んだ彼は、昨日も俺と秀人の注文を受けた人だった。

 そして、俺達が注文したオムライスに対し、ケチャップをかけながら頼んでもないのに「美味しくなあれ♡(呪いの言葉)」を添えてきた人でもある。


「秋山君、カレーセット4つお願い」

「はぁい♡ ドリンクはどうするのぉ?♡」

「あ、まだ決めてなかったわ」


 そうして、俺達はドリンクメニューに目を向ける。

 俺はメニューを一瞥して、一応その飲み物があることを確認してから、一番最初にドリンクを頼んだ。


「俺はコーヒー」

「俺もー」

「じゃあ、私も。九杉はどうする?」


 秀人と神薙さんもコーヒーを頼むらしい。

 残るは加茂さんだが、彼女はドリンクのメニューをじっと見つめて、何か迷っているようだった。


「加茂さん?」

「…………(う、うぅ)」


 加茂さんは何故か覚悟を決めた表情で、指を震わせながらドリンクメニューの一つを差した。

 その指差したメニューを見た俺達は、まさか彼女がそれを頼むとは思っていなかったので、慌てて確認を取る。


「九杉、カフェラテよね?」

「…………(ふるふる)」

「加茂さん、それコーヒーだから苦いぞ」

「…………(こくこく)」

「加茂さんって苦いの飲めないんじゃなかったっけ……?」

「…………(ふるふる)」


 加茂さんが選んだのはカフェラテでも、カフェモカでも、コーヒー牛乳でもない、普通のコーヒーだった。

 加茂さんは苦いものが苦手と前から聞いていた。なのに、どうしてコーヒーを頼んだのか、本当に謎だった。


「承りましたぁ♡」


 注文を受けたメイド♂も行ってしまった後で、俺達は加茂さんに真っ先に問い(ただ)す。


「何でコーヒー頼んだ?」

「九杉、飲めなかったわよね?」

『飲めるし!』


 俺と神薙さんに抗議するように加茂さんはボードをこちらに向ける。が、加茂さんの文字が全てを物語っていた。

 具体的に言うと、めっちゃ震えた字で書かれていて自信のなさが顕著に表れていた。


「……もしかして、俺達三人ともコーヒー頼んだからとか?」

「…………(ぎくっ)」

「え、そうなの?」


 神薙さんの問いかけに、加茂さんはさっと目を逸らした。どうやら図星らしい。


 俺達は無言で呆れた眼差しを向ける。すると、その視線に耐えかねた加茂さんがボードに文字を素早く殴り書いてこちらに見せてきた。


『そんなこと

 あるわけがないです』

「無理すんなよ……」

「…………(むぅっ)」


 こういう苦手を克服したい気持ちは分からなくもない。でも、少なくとも今ではないだろ。というか、絶対無理だろ。


「はぁい♡ コーヒーどうぞぉ♡」


 そうこう話しているうちに、コーヒーがカレーより一足先に運ばれてくる。


 俺はそのコーヒーに何も入れずに、一口、口に含む。

 秀人と神薙さんは机の端にある籠からガムシロップを一つ取って、コーヒーに入れる。

 加茂さんはというと、警戒するようにコーヒーを睨んでいた。


「……加茂さん、ガムシロップ入れとけ。どうせ無理だから」

『でも赤宮君は何も

 入れてないよね?』

「いや、俺と鈴香だって入れてるし、別におかしいことじゃねえって」

「そうそう。赤宮君の味覚が少し大人なだけだから」


 ――加茂さんの動きが止まる。


「……九杉?」

「…………(くいっ)」

「「「あっ」」」


 ――何を血迷ったのか、加茂さんは何も入れていないコーヒーを口に含んでしまった。


「っ……っ……(〜〜〜〜!?)」

「だから言っただろ……」


 案の定、加茂さんにとってはかなり苦かったらしい。口を両手で押さえてしばらく悶え始める。

 そんな彼女に呆れながら、俺は自分のコーヒーをゆっくり味わうのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「はぁい♡ コーヒーどうぞぉ♡」 ハート過多でコーヒー噴きました。筋肉質メイドさん♂とかいうパワーワード。 人生は苦いものだから、せめてコーヒーくらいは甘くてもいいと思うんだぜ加茂さ…
[一言] どもです('ω')ノ(レパートリーの枯渇) あら、お二人も見せつけてくれるじゃない(腹パン現場を見ながら) 語尾の『♡』が一層気持ちわ──ん゛ん゛んッ! 乙女らしさを引き立てていますね。…
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