加茂さんと写真
日向と別れた後、加茂さんも復活したため、俺達は神薙さんのクラスに向かうことになった。
『後輩って
いいね!』
加茂さんは未だに"先輩"と呼ばれた喜びに浸っている。
でも、でもな、加茂さん。その気持ちは胸の奥にしまっておいてほしい。文字で書かないでほしい。
本人に自覚はないだろうけど、めっちゃ見られてるから。学年関係なく、道行く人に微笑ましい視線向けられてるから。
「…………(ぴたっ)」
「……加茂さん?」
「…………(ふりふり)」
急に立ち止まった彼女はある方向をじーっと見つめた後、手を振り始める。
不思議に思って彼女の視線の先を見ると、女性がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。少し遠くて顔はあまり見えなかったものの、誰なのかは髪色で分かった。
「赤宮君、久しぶり」
「こんにちは」
その女性――加茂さん母に挨拶を返す。
今日の文化祭は一般公開されているため、こうして保護者が文化祭を見に来るというのも珍しくはないのだ。
「赤宮君、今日はお母さんって来る?」
「仕事で来れないって言ってました」
「……挨拶できればと思っていたのだけれど、残念」
加茂さん母は残念そうに言う。
……加茂さん母には悪いと思うが、母さんは仕事がなかったとしても文化祭に来ない気がする。
何故なら、母さんはお祭りとかそういった類のものが苦手だからである。
本人は特有のテンションに上手くついていけないと言っていた。ただ、嫌いではないらしいが。
「あ、そうそう。二人とも、そこに立って」
「?」「…………(こてん)」
俺達は揃って首を傾げながらも、加茂さん母の指示通りに壁を背にして立つ。
すると、加茂さん母は鞄からカメラを取り出してこちらに向けた。
「離れすぎ。もう少しくっついて」
どうやら、写真を撮られるらしい。
俺と加茂さんはお互いに体を寄せると、加茂さんの肩が俺の腕に触れた。
ほんの少しだけ、心拍数が上がった気がした。
「赤宮君、笑って笑って」
「あ、はい」
加茂さん母に言われて、俺は口角を上げる。
しかし、ピクピクと口はヒクついてしまい、かなりぎこちない笑みとなってしまう。
やっぱり、写真は苦手だ。どうしても笑顔を作れない。
すると、隣から肩をちょんちょんと突かれる。
「…………(にっ)」
そちらを見ると、加茂さんはとても自然な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
それから、自分の両頬を人差し指で持ち上げる。真似をしろ、ということだろうか。
「こうか?」
ひとまず、加茂さんを真似るように人差し指で自分の頰を持ち上げてみる。
――カシャ。
まだカメラの方を向いていないのにも関わらず、カメラのシャッターが切られる音が聞こえた。
加茂さん母の方に顔を向けると、彼女は既にこちらにカメラを向けておらず、撮った写真を眺めている。
呆然とする俺の視線に気づいた加茂さん母は、こちらに柔らかい笑みを浮かべて言った。
「今度この写真現像してあげるからね」
「は、はあ」
俺達は前を向いてなかった筈だが、加茂さん母的には満足のいくものが撮れたらしい。
「…………(そわそわ)」
「だーめ。九杉もこの写真は現像してからのお楽しみ」
「…………(むぅ)」
加茂さんは撮った写真が気になっているようだが、加茂さん母は娘にもそれを見せる気はないらしい。加茂さんの手が届かない自分の頭上にカメラを上げてしう。
すると、加茂さんは少し不服そうな様子で、膝を曲げ始める。
……加茂さんが何をしようとしてるのか、察しがついてしまった。
「やめとけ」
「…………(うぐぅ)」
恐らく、ジャンプしてカメラを奪おうとしたんだと思う。
加茂さんが行動に出る前に、俺は両肩を押さえて動きを止めた。すると、彼女は文句ありげな表情で俺を見上げてくる。
「どうせ後で見れるんだから我慢しろって」
「ありがとうね、赤宮君。九杉、少しは赤宮君を見習って落ち着きを持ちなさい」
「…………(ぶー)」
加茂さんは拗ねたように頰を膨らませる。まるで子供である……あれ、一応、高校生って子供なのか?
俺が変なところで引っかかっていると、加茂さん母は軽くため息を吐く。それから、鞄から財布を取り出した。
「ほら、これで好きなもの食べて機嫌直しなさい」
加茂さん母が財布から取り出したのは、一枚の千円札……どこからどう見ても賄賂である。
「…………(ぱあっ)」
そして、加茂さんは表情を一変、嬉しそうにそのお札を受け取る。
彼女はチョロい上に現金だった。





