加茂さんは単純
100話!
文化祭二日目、朝からお化け役の人は衣装やメイク等の準備に入っていた。
俺はクラスTシャツに着替えた後、受付係用の仮面を貰う。当番はまだなのだが、宣伝も兼ねて一日着けていてほしいらしい。
そうして、準備が終わってしまった俺は、一人で時間まで暇していた。
「光太ー」
「ん……? うわ、想像以上にキモいな」
「そりゃあゾンビだし」
特殊メイクが終わって教室に戻ってきた秀人は、顔の半分を抉られたようなゾンビのメイクを施されていた。
特殊メイクと分かっていてもキモい。というか、グロい。
「本当にリアルだな……絶妙にキモい」
「だよなぁ。俺も鏡で見たけど、最初自分の顔だって思わなかったわ。光太はキモい言い過ぎだけど」
「だってキモいし……」
貶しているわけではない。むしろ、褒めている。
そもそも、ゾンビのメイクを"格好良い"と言うのは無理があると思う。お化け屋敷なんだから、怖くなきゃ意味がない。
『\(๑╹ω╹๑ )/』
「あ、加茂さんも終わったんだ」
見慣れたホワイトボードが俺と秀人の前に現れた。
顔を見ずとも、それが加茂さんであるのは分かりきっている。恐らく、俺達特殊メイクお披露目をするための前振りなのだろう。
「…………(ばっ)」
加茂さんはボードを勢いよく下ろして、俺達に顔を見せる。
「……うん」
「……おお?」
特殊メイクを施されている加茂さんを見て、俺達はなんとも言えない声を漏らした。
彼女の特殊メイクは秀人ほど大きなものではなく、顔の割合でいうと4分の1程度。
片頬の抉れと出血のメイク、口が半分裂けているといったデザインだ。
『どうかな』
「いいんじゃないか?」
「加茂さんらしさがあるよな」
「…………(むぅ)」
俺が当たり障りのない感想を言い、秀人も絶妙に本筋を躱した感想を言う。
しかし、加茂さんは不満げに軽く頰を膨らませた。それから、ボードに文字を書いてこちらに向けてくる。
『怖くない?』
「微妙」
「怖くはないなぁ」
俺達はオブラートに包むことなく、素直に白状した。
特殊メイクの割合が少ないせいなのか、はたまた彼女の童顔寄りな顔つきのせいなのか。怖さが致命的なまでに希薄なのである。
「…………(ずーん)」
加茂さんは落ち込むように顔を俯かせる。
……このままでは当番の時の彼女のモチベーションに関わるかもしれないので、とりあえずフォローはしておこう。
「驚かせるだけならいけるだろ。多分、俺達が加茂さんだって分かってるからってのもあると思うし」
「…………(ぴくっ)」
「あー、確かに。それはあるかも」
「…………(ぴくぴくっ)」
俺の言葉に秀人も同意すると、加茂さんの耳がピクピクと反応する。
それから、スッと顔を上げた加茂さんはボードに文字を書き、頭の上に勢いよく掲げた。
『頑張る!
٩( 'ω' )و 』
「おう、頑張ろうな!」
「…………(ふんすっ)」
加茂さんの意気込みに同じくお化け役の秀人も便乗すると、彼女は気合い十分といった様子で両手で拳を作る。
彼女のモチベーションが戻ったところで、俺は思った。
加茂さん、やっぱりチョロいなぁ。
* * * *
文化祭が始まり、真っ先に俺達が向かったのは神薙さんのクラス――ではなく、自分達のクラスのお化け屋敷の入口。
神薙さんは最初、当番のため、それが終わるまでは三人で行動することになっていた。
「最初のお客さんが君達になるとは……」
受付係の岸田は、俺達三人を見て苦笑いを浮かべた。複雑に思う気持ちは分かる。
「加茂さんが入ってみたいらしくて。俺と秀人はその付き添いみたいなもんだ」
『ダメ?』
「いや、大丈夫だよ。ネタがバレてるから面白さは保証できないけど……」
「俺達三人とも仕掛けあんまり把握してないからそれは平気」
「……今日当番だったよね?」
岸田は俺達に冷ややかな視線を送ってくる。
「よーし、行くか」
「だな」
「…………(こくこく)」
「おーい?」
俺達は逃げるように、お化け屋敷に入っていった。
入口から入ると客間のような場所に案内され、椅子に座るように指示される。そして、このお化け屋敷の説明が始まる。
このクラスのお化け屋敷のテーマは廃病院で、俺達は毒に侵された感染者という設定だ。
クリア条件は最奥にある解毒剤を持って外に脱出すること。次々と襲いくる恐怖に打ち勝ち、生きて帰ることができるのか――といったシナリオだ。
「これで説明は終わりだよ。それじゃあ、いってらっしゃいっ」
「うわっ」「おおっ」「…………(びくっ)」
説明が終わった瞬間、客間の灯りが消える。そして、ほんの小さな灯りが細い通路を照らすように点き始めた。
「誰が先頭で行く?」
「俺はどうでも。加茂さんは……あっ」
ここで、俺はある問題に気づく。
この教室内は、お化け屋敷の雰囲気を出すために外の光を一切入れさせないようになっている。つまり、通路の灯り以外は真っ暗闇ということだ。
だから、いつもの会話でなくてはならないものである、加茂さんのボードの文字が読めない。加えて顔も見えにくく、表情を読むことすら難しい。
それはこのお化け屋敷の中で、加茂さんとの会話が不可能ということ意味していた。
「…………(ぎゅっ)」
どうしたものかと考えあぐねていると、俺の腕を誰かが掴む。感触からして、その手は俺の手に比べて一回り小さいものだった。
「加茂さんか?」
俺が呼びかけると、腕を掴む手に軽く力を込められる。
「光太、加茂さんってそこに居る?」
「今、腕掴まれてる」
「平気そうか?」
秀人に訊ねられ、加茂さんを見る。
暗闇のため、彼女がそこに居ることしか分からない。
しかし、彼女の体の震えは微かに伝わってきた。震えている時点で平気とは言い難いだろう。
「とりあえず、先頭は頼む。後ろから加茂さんとついていくから」
「おっけー」
秀人が先頭を歩き始める。
「加茂さん、行くぞ」
「…………(ぎゅう)」
俺が声をかけると、加茂さんは俺の腕にしがみついてきた。
恐らく、加茂さんは何も考えていない。
俺の腕に柔らかいものが押しつけられていることに、彼女は全く気づいていない。女子特有の匂いが俺の鼻孔をくすぐっていることも、分かっていない。
でも、彼女に余裕がないことは、彼女の体の震えと鼓動が教えてくれた。
だから、くっつくなとは言わなかった。
俺が歩き始めると、加茂さんも距離を離すことなく歩き始める。
俺の鼓動は、彼女とは別の理由で速くなってしまっていた――。





