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加茂さんは喋れない?

 高校二年に上がって一ヶ月経ち、新クラスにも馴染んできた頃に行われた席替え。

 俺はくじの入った袋に手を突っ込み、直感を頼りにくじの一つを引く――。


「よし、最後列っ」

「うわっ、初っ端から引くなよ光太ー!」


 クラスはブーイングの嵐に包まれるが、そんなこと知ったこっちゃない。最後列を引けたものこそ勝者だ。


 席替えのくじ引きが終わると、席移動が始まる。くじの番号と黒板に書かれた番号を照らし合わせて、自席を移動させるのだ。


「一番前のど真ん中とか最悪だ……」

「自分の運のなさを恨め」

「煽ってんのか」

「次の席替えは良い席引けるさ」

「最後列引いた奴に言われるのがなぁ……でも、慰めありがとな」


 ――彼は石村(いしむら)秀人(ひでと)。一年の時も同じクラスであり、友人であり、先程のブーイング第一声も彼である。

 そんな彼に、俺は席を移動する前に一つだけ注意しておく。


「真面目に授業受けろよ」

「おかんかよ」


 秀人は勉強が不得意なので、良い機会だろう。

 でもまあ、原因は彼自身にある。彼は体育以外の授業中、ほぼ寝ているのだ。つまるところ、自業自得である。


 彼と短い別れを告げれば、ようやく移動が始まる。

 くじ引きの結果に一喜一憂するクラスメイト達とすれ違いながら、俺は目的の場所に向かった。


「ここか」


 最後列で窓側から二列目。最高のポジション。

 しかし、この席替えの真の勝者はお隣さんだ。一番窓側の最後列とは、即ち神ポジション。俺が狙っていた場所でもある。


 そんな神ポジションを勝ち取ったお隣さんはまだ来ていないようだ。未だスペースが空いている。


「赤宮、通れないってよ」

「あ、ごめん」

「…………」


 お隣さんは女子だった。肩にかかる程度の亜麻色髪をなびかせた彼女は、少し小柄な印象を受ける。

 俺は彼女の通り道を作るために一時的に席を寄せると、彼女は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げて席を持ってきた。


「残り時間は自由にしていいぞー。でも、授業終わるまで席は立つなよー」


 担任の佐久間先生はそう言った後、教室を出て行った。


 先生がいないため、当たり前のように席を立って友人と雑談し始める人もいる。そんな中、俺はお隣さんに目を向けた。

 すると、驚くことにお隣さんもこちらを向いていて、目が合ってしまう。


 少し気まずい空気が流れるが、これも何かの縁だ。俺は早速会話を試みた。


「俺は赤宮(あかみや)光太(こうた)。よろしく」

「…………(ぐっ!)」


 なんと凛々しい顔つきで親指を立てるのだろうか。

 しかし、言葉はなかった。何かのネタなら申し訳ないと思う。俺はその手の話に疎い。だから、俺は素直に彼女の言葉を待った。


「…………(にこっ)」

「……ああ、うん」


 待てども、困り顔で微笑み返されるだけ。ひとまず、無知な俺は加茂さんを真似て親指を立てる。

 当然、そこから会話が広がるなんてこともなく、無言でお互い見つめ合う。


「よ、よろしくな」

「…………(こくこく)」


 もう一度言うと、彼女は小さく二回頷く。それでも、反応は返してくれる。

 表情は感情豊かで、人見知りにも思えない。まさか、彼女は喋れないのだろうか。


「えっと、名前を聞きたい」

「…………(がさごそ)」


 俺が訊ねると、彼女は自分の鞄から小さなホワイトボードを取り出した。

 そして、そのボードに黒ペンで文字を書いていく。


加茂(かも) 九杉(くすぎ)


 ボードに書かれた文字は丸っこくて、可愛らしい文字だった。

 然程(さほど)難しい漢字ではないが、ご丁寧に読み仮名まで振ってくれている。とりあえず、コミュニケーションは取れるようなので安心した。


「加茂さん、もっと質問してもいいか」

「…………(こくん)」


 加茂さんに体を向けて訊ねると、加茂さんも俺に体を向けて頷いてくれた。

 そんな彼女に甘えて、俺は単刀直入に質問する。


「加茂さんは喋れないのか?」

「…………」


 その質問に、加茂さんは固まった。

 ……いや、当たり前だろ。流石にデリカシーがなさすぎた。


「ごめん、やっぱり聞かなかったことにしてくれ」

「…………」


 謝罪をした後、俺はここから挽回するために必死に頭を回す。

 すると、加茂さんは再びホワイトボードに何かを書いて見せてきた。


『違うよ

 喋らないだけ』


 その文字を見て、俺は驚いた。思わず固まってしまう程の抵抗があった筈なのに、彼女は律儀に答えてくれたのだ。


「そっか。教えてくれてありがとう」

「…………(こてん)」


 俺が礼を言うと、加茂さんは首を傾げた。そして、またホワイトボードに文字を書く。


『喋らない理由

 聞かないの?』

「聞かない」


 流石にこれ以上は踏み込めない。逆に、初対面で踏み込みすぎてしまったぐらいだ。


『ありがとう』


 ホワイトボードに書かれた文字と、彼女の儚げな微笑みが同時に視界に映る。


 ――そこで授業終了のチャイムが鳴る。

 これが俺と彼女の初会話となった。

本作は二人が少しずつ互いを知りながら歩み寄る……そんなお話です。

読者様にはもどかしい思いをさせることが多いかもしれませんが、それでも最後まで読んで頂けると嬉しいなと思います(´ω`)

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