普段おとなしかった彼女に隠れて浮気をしたら、派手なスーツのおっさんたちに囲まれたんだが
浮気をする男を制裁してみたかっただけの作者が、自己満足のためだけに書いた話。
※とにかく下品です。
都内でも有数の超高級マンションの中、俺は街で以前にナンパした女を連れ込んでいた。
キッチンにあった高そうなウイスキーを何杯か飲んで、女の方も機嫌がいい。このウイスキーの値段がいくらなのか、この女の名前がなんだったのかも、俺にはどうでもいいことだ。
ほどよく酔いが回ったところで、女の肩を抱き寄せてまず軽くキスをする。それを受け入れておきながら、唇を離すと女はいった。
「あっ、ちょっとぉ」
「んー?」
「ここ、あんたの彼女の家なんでしょ? バレたらまずいんじゃないのぉ」
「平気平気。あいつ、俺のすることに意見したことないしさ」
「ほんとにあんたってクズだね」
そういいながらも、女は楽しげに笑う。俺にいわせればこいつだって、俺と同じくらいクズだ。
このマンションの所有者は、確かに俺の彼女だ。御影梓。どこのお嬢様だか知らないが、わずか二十二歳でこんな高級マンションの上層階に住んでいるとは。同じ大学のサークルの飲み会でナンパしたのがきっかけだが、俺も上玉を捕まえたものだと感心する。
今彼女は帰省中で、帰りは明日の昼の予定だ。マンションの合いカギをこっそり作っていた俺はこれ幸いと、この女を連れてここへやってきたわけだ。女だってこんな眺めのいいマンションでヤれるのなら文句ないだろう。
女は酔っているからか、渋っていたくせに自ら服を脱ぎはじめた。そうこなくちゃと、俺もシャツを脱ぎ捨てる。
ベッドじゃなくてソファだったが、問題ない。ここのソファは俺が普段寝ているベッドよりもはるかに寝心地がいいし、大きさもある。女を押し倒して俺がのしかかっても、十分な広さだった。
梓は非常におとなしく、俺に身体を預けることは一度もなかった。なんでも家の方針らしいが、今時結婚まで処女を守れとか、どれだけ古いんだ。付き合って一年も経つのに一度も許してくれないあいつが悪い。内心で自分を正当化しながら、目の前のビッチに溺れた。
別に梓にそこまで執着があるわけじゃないが、あいつと結婚できれば逆玉は確実だ。そこに愛なんてなくてもかまわない。梓と籍入れて、適当なところで別れて金はむしり取れるだけむしり取る。それが一番いい。
大金を手に入れた自分を想像すれば、快楽が一層増した。女もそれを感じたのか、呼吸を乱して喘ぐ。あっ、ゴムつけてねえ。まあいいや。途中で止めるなんてもったいない。女の方も気づいてないし、このまま――。
ガチャリ
すっかり夢中になっていた俺たちだが、ふいに聞こえてきた施錠の音に動きを止めた。次いでスリッパで床を歩くパタパタという音が響く。
「ただいま」
梓が、リビングに入ってきた。しかもまっすぐにほぼ全裸の俺と女を見ている。そこにはなんの表情も浮かんでいない。女は慌てた様子で周囲に散らばった自分の服をかき集めた。
俺は急いで梓に弁解した。
「ご、ごめん梓、違うんだ! 今日はちょっと酔っぱらってて、この子に介抱してもらってたんだ」
梓は変わらず無表情だった。普段から喜怒哀楽があまりないやつだったけど、ここまで無反応だとむしろ恐ろしい。梓はゆっくりキッチンの方へ移動して、ほとんど空になったウイスキーの瓶を持ち上げた。
「酔っぱらった上に、うちのウイスキーも勝手に飲んだのね。これ六十五年物で、四百万はしたんだけど」
「よ、四百!?」
「まあ別にいいけど」
梓はいいながら、くるりと踵を返してどこかへいこうとする。俺は慌ててソファから降りた。ズボンとシャツだけ急いで身につけ、梓のあとを追う。
梓は洗面台で、自分の歯ブラシやヘアスプレーを手に取っていた。それを片っ端から、足元に用意してある箱に詰め込んでいる。
「あ、梓、なにを……」
「自分の荷物片づけてるの。当然でしょ」
「で、出ていくのか?」
梓はじろりと俺を見た。まるでゴミでも見るかのような目つきだった。
「出ていくんじゃないわ。ここを引き払うのよ」
「なんで?」
「あなたのせいじゃない。勝手に合いカギ作ったんでしょう? どこの誰とも知らない女も連れ込んで。そんなところ、もう住めないわ」
そういって梓は、今度は自分の部屋に向かった。
浮気をした負い目はあったものの、このままこいつに捨てられたら俺の逆玉勝ち組人生はどうなる? 一度プライドを捨てて謝るしかないのか。
「梓、本当に悪かったよ。もうこんなことは二度としない。誓うよ」
「今さら誓われても遅いのよ」
「本当だって。なあ梓。愛してるんだよ、おまえのこと。今日は酔ってちょっと間違いを起こしただけなんだ。あいつとは金輪際関わらない。ほかの女とも……」
俺の必死の謝罪にも梓はほとんど耳を傾けず、スマホを取りだして電話をはじめた。
「私よ。思った通りだったわ。ええ、すぐに移るから、手伝ってもらえる?」
それだけいって電話を切ると、彼女は部屋の隅からスーツケースを三つも出してきた。そこにハンガーラックにかけてあった服や帽子などをどんどん詰めていく。
「あ、梓、本気なのか?」
いつになく手早く荷造りをする彼女に、俺は思わず素でたずねる。梓は手を止めずにいった。
「本気よ。あなたもさっさと彼女を連れてここを出てった方がいいわ」
「だから彼女とはなんでもなくて……」
「いいから出ていって。死にたいの?」
そういって梓は、射るような目つきで俺を見た。死ぬなんて、そんな大げさな。ただの浮気でなんでそんなことまでいわれなくちゃならないんだ。
気づくと俺は笑っていた。今までずっと我慢していたが、もう限界だった。
「な、なんなんだよ。おまえが全部悪いんだろ。飲み会でボッチになってるのをせっかくナンパしてやったのに、一度もヤらせねえとか。古いし重いんだよ! 今時処女とか気持ちわりいし、なにが家の掟だよ!」
梓は相変わらず無表情だった。
「最初にいったはずよ。私の家は普通じゃない。だからあなたの考える普通のお付き合いはできませんって。それでもいいといったのは、あなたよ」
「ああ、いったよ! 掟だろうがなんだろうが、そのうち我慢しきれなくなって股開いてくんだろって思ったよ。それにヤれなくたって、こんないいところに住んでるお嬢様、そう簡単に逃すはずがねえだろ」
「結局私のことは、金づるとしか思ってなかったわけね」
「当たり前だろうが! そうでなきゃ、誰がおまえみたいな古臭いイモ女と付き合うかよっ」
全部吐き出してやった俺を、梓は静かに見返してきた。怒るわけでも泣くわけでもなく。そのなにも色が浮かんでいない瞳が、俺には怖かった。
静寂をぶち破ったのは、再び開いた玄関からの喧騒だった。
「お嬢、お待たせいたしやした!」
「手伝い喜んでさせていただきやす!」
「おいコラ野郎ども! お嬢の荷物に傷ひとつつけてみろや。明日の太陽が拝めなくなるぞ!」
「その前におやっさんに沈められちまうぜ」
どやどやと中へ列をなして入ってきたのは、見たこともない……いや、テレビかなんかでは見たことがあるような人たちだった。
どいつもこいつも黄色や紫やらのド派手なスーツを着て、ギラギラ光る鎖のアクセサリーをつけている。頭はパンチパーマ、もしくはスキンヘッド。スーツの胸元から刺青のようなものが見えているやつまでいた。
「ひ……っ」
思わず喉の奥から、情けない声が漏れた。だって今入ってきた連中は、どこからどう見てもそっちの筋の人間だ。しかも、梓のことをお嬢だと?
あまりに現実離れした状況に腰を抜かしていると、リビングにずかずか上がっていったチンピラの一人が戻ってきた。
「お嬢、こんな女がいやしたが、どうしますかい? 顔は悪くないし、売ったらそこそこ金になりますぜ」
チンピラが襟首を捕まえているのは、俺が連れ込んできた女だった。服は着たものの、髪はぼさぼさのままだし顔が引きつっている。
梓は顔色ひとつ変えなかった。
「興味ないわ。ここで起きたことを全部見なかったことにできたら、帰してあげなさい」
「へい、わかりやした。おい、女ァ!」
チンピラにいわれるまでもなく、女はこくこくとうなずいていた。
「み、見なかった、私はなにも見ていません! お願いだから家に帰してえぇぇっ」
両脇をチンピラにがっちりつかまれたまま、女は部屋から連れ出されていった。
その様子を呆然と見ていた俺だったが、もう一人別のチンピラが目の前に来ていたのに気づきハッとした。チンピラは俺を下からのぞき込んで、にたりと笑った。金歯が四本もある。
「お嬢、こいつですかい? お嬢を袖にしたクソ野郎ってのは」
梓がうなずいた。
「そうよ」
「そいつぁ命知らずだぜ。この『龍頭会』の跡取り娘のお嬢を振るたぁな」
『龍頭会』といえば、俺ですら名前を知っている広域暴力団だ。まさか梓が、極道の娘だったなんて。
チンピラに凄まれつつも、俺は梓に叫んだ。
「そ、そんなこと一言もいってなかったじゃないか! り、『龍頭会』だなんて、そんな……」
「あ゛ぁん?」
別のチンピラが寄ってきて、ぐっと顎をつかまれた。
「あんちゃん、シモだけじゃなくておつむも緩いんか? お嬢ぐらいのお方が、そう簡単に身分明かせるわけねえだろうが」
「で、でも……」
「でももクソもあるかよっ。お嬢、こいつちょっくら東京湾に沈めてきてもいいですかい?」
「ひっ」
それはちょっくらで済むような問題じゃない! いい加減自分の命の危険に気づいて、俺は竦みあがった。梓がいった、「死にたいの?」の意味がようやくわかった。『龍頭会』の手にかかれば俺みたいな一般市民、簡単に消せる。
梓は俺に一瞥だけくれた。そこにはかつて交際していた時の、優しい面影はない。しかし彼女はチンピラ二人に向かっていった。
「やめなさい」
「ちっ」
チンピラはつまらなそうに俺を離した。俺は命を助けてくれた梓に一言お礼をいおうと彼女を見上げた。ところが彼女は俺をすでに見ていなかった。
「そんなもののために、時間を割く必要はないわ。あんたたちはさっさと荷物まとめなさい」
「へい」
「私は先に例のマンションに移るわ。禅はどこ?」
「若頭なら、俺らと一緒に……」
その時、ほかのチンピラとはまったく空気の異なる男が入ってきた。仕立てのいい高そうなダークスーツを着こなした、顔立ちもごく普通の男だ。一見するとただのエリート会社員のようだ。だが胸元にほかのやつらと同じ刻印の入ったネックレスをしている。
男は梓に向かって、にこりと微笑んだ。チンピラどもには絶対にまねできない、優しそうな笑顔だった。
「お嬢、お呼びですか?」
言葉遣いも声のトーンも、一般人となんら変わらない。しかしこいつが禅という男なら、『龍頭会』の若頭ということになる。
梓がその男に近づいていった。
「向こうのマンションに先にいくわ。運転お願いね、禅」
「もちろんです」
やはりその優男が禅だった。
「しかし、これを放っといていいのですか、お嬢」
禅がこれといって指さしたのは、俺だった。さっきから完全にモノ扱いだ。
梓は興味なさげにいった。
「私にはもう関係ないから。それより、『獅々羅組』に見つかる前に早く移動した方がいいんでしょ」
「見つかっても俺が始末しますよ」
「余計な組同士の抗争は嫌いなの。流血沙汰はごめんよ」
「善処しましょう」
禅は笑顔で答えながらも、目が全然笑っていない。
「あ、お嬢。先に出ていてください。俺は野暮用がありますので」
「わかった」
「哲、お嬢を下まで送ってこい」
禅がチンピラの一人に命じると、そいつは「へい!」と威勢良く返事をして梓とともに出ていった。残ったのは梓の荷物を運んでいるチンピラが三人と、『龍頭会』若頭、そして俺。
禅がゆっくり振り返った。俺と目が合うと、人の好さそうな顔ににっこりと愛想のいい笑顔が浮かぶ。だがそれは到底、友好的とは思えなかった。
「さて、と」
禅はいいながら、俺の前にかがんだ。見た目は一般人だが、座り方がいわゆるヤンキー座りだった。
「お嬢はああいったが、『龍頭会』にもメンツってもんがあるからね」
チンピラが興奮したように叫んだ。
「やっぱりそいつ、セメントで固めて沈めやすかい!」
「いや、派手にやったらお嬢にバレる。ここは根性焼きだろう」
「ぬるいぜ。エンコ詰めさせてやろうや」
なにやら不穏なことを好き勝手いっているが、禅は聞いていないようだ。さっきと同じくなにを考えているのかよくわからない笑みを浮かべたまま、俺にいった。
「おまえみたいなゴミクズ野郎を見ると、お嬢の目が汚れる。お嬢の前には二度と姿を現さないでいただきたい」
「は、はい……」
「もし間違って現れたら」
突然、禅がグイッと力強く俺の襟首をつかんできた。もうすでに笑みはない。完全にヤクザの顔だった。
「その腐ったタマちょん切って、二度と女抱けなくさせてやっからな」
その日はそれ以降の記憶がない。ただ気づいたら、禅もチンピラも姿を消し、殺風景になった部屋に俺だけが残されていた。いや、俺だけじゃない。正確にはうずくまった俺の足元に、汚臭を放つ水たまりも残されていた。
ようやく車にやってきた禅に、私は声をかけた。
「遅かったのね、禅」
「すいません、お嬢。少し手間がかかりまして」
「ふうん」
彼が一体なにをしていたのか、大方の予想はついている。止めたところでいうことを聞くような連中ではないことは、幼い頃から私が一番よく知っている。この禅という男は一見普通のなりをして、一番恐ろしいことをいうのだから、なおのこと性質が悪い。
禅はシートベルトを締めて、車を発進させた。もうあのマンションに戻ることはない。
「今回のことは勉強になったでしょう? お嬢」
「そうね」
「おやっさんに感謝しなくちゃいけませんよ。あのゴミがお嬢の留守の間、女連れ込んでお盛んにしてるのを突き止めたのは、おやっさんの虫なんですから」
私は答えなかった。
彼が浮気をしているのは、なんとなく想像がついていた。そもそも飲み会でナンパをしてくるような男が、結婚まで身体は見せられないという女で我慢できるはずがない。それでもたった一度ぐらいは、普通の恋愛をしてみたかった。
私はシャツのボタンを一つはずした。左の鎖骨のすぐ下に、『龍頭会』の証である紅い龍の刺青がある。二十歳になった時、自分の意思で入れたものだ。それに『龍頭会』の刻印入りのネックレスも、肌身離さず持っている。
極道の娘にはやっぱり、普通の恋愛はできないらしい。最初からわかってはいたけれど、思ったより時間が短かった。
「お嬢」
禅がため息まじりにいった。
「おやっさんを恨まないでくださいよ。おやっさんはお嬢のためを思って……」
「大丈夫よ。わかってるから」
実際、父がしたことは方法はどうであれ、間違いじゃなかった。あいつの小さすぎる器では、どのみち『龍頭会』を背負っていくのはムリだっただろう。別れるのが早いか遅いかの違いだ。
禅が運転席で前を向いたまま、何気ない口調でいった。
「そういえばお嬢、覚えていますか?」
「なに?」
「あの男と付き合うといった時のことですよ。もし万が一、あいつがお嬢を裏切るようなことがあったら――」
「――禅と結婚する」
あとを引き継いで私は答えた。
「覚えてるわよ」
「約束を果たしていただけますか?」
「どうかしら」
私は後部座席で腕を組んで考えた。
「禅があいつみたいに浮気をしないとは限らないわ」
「お嬢、俺はヤクザですよ?」
「そうね。だから余計に心配なの」
「ですから」
車がいきなり路肩に停まった。かと思うと、運転席の禅がくるりとこちらを振り向いた。いつもは相手を油断させるために笑顔を見せることが多いけど、今日は珍しく真顔だった。そのことに少々ドキリとする。
「自分の女に生涯捧げきれないようじゃ、組にも忠誠誓えないってことですよ」
そういって禅は、私の手をいきなり取り、恭しくキスをした。相変わらず、キザな男。でも嫌な気分ではない。
「そうね……考えておく」
やっとのことでそれだけ返すと、禅は再び車を出した。わずかに見える横顔は、さっきよりも機嫌がいい。
その横顔をちらりと見つめ、それから窓の外に目を向けた。過ぎゆく景色を眺めながら、早くなっていた心臓の鼓動を深呼吸して抑える。
でも、まあ……。そろそろお嬢って呼ばれる歳でもなくなってきたし。
いい加減「姐さん」に昇格してもいいかな。
usaは浮気男がこの世で二番目に嫌いです
(一番はゴキブリです!)
やはり一番のクズは、この作者なり。
誹謗・中傷は受け付けておりませんので、悪しからず<(_ _)>