蒼紅の夕竜・紅蓮(5)
主要人物全員に二つ以上名前があって死ぬほどややこしい。ちゃんと最後に用語・人物解説しておくことにします。それより、こんなことしてる場合じゃなかった…… やべえ。
鈴・ルシウス・千里と書類上記載されており、その身分証を持っている少女は、本来の身分と仕事のために腕輪と話していた。上司から連絡があると、話すしかなくなるのだ。基本的には必要事項以外を話さないカタい上司なので、何か困った追加情報でもあるのだろう。そう考えたルゥリンに、予想通り困った情報が寄せられる。
『貴様の部下が力を増している。このままではまた暴走するぞ』
「薄々は……しかし、どうすればいいのでしょう」
『部下の人間性はどうだ? きちんと見ているのか』
「いえ……」
上司は『だから貴様は地上止まりなのだ』と彼女を厳しく批判する。
『力を増しているのは、不安が増しているからだ。部下を労わらずして何が上司か? 貴様も教育係、上に立つものという自覚は必要だ。同じ場所に働くならば、信頼関係を築くことだ。話すことは話し、隠さないことだ……この私も、お前に対してそうしたはずだ』
上司の言葉には、自分を棚に上げているのかねぎらいや優しさがまるでなかったが、それゆえ雑多なものが紛れ込まず、直接に伝わる。
『貴様が知っていることがすべてではない。だが、多少なりとも不安を和らげる効果はあるはずだ。あれが知りたがっている事実を、こちらから話しておくべきなのだ』
「……はい」
天使は何も知らないままでいた。
『む……怪人だ。等級は最低の人級。数は七』
強さが不明な敵につける「狐級」以外では、事実上もっとも弱い等級だ。天使を派遣するまでもなく、人間に発見されれば日常の道具でも対応可能になる。
「彼に任せます」
『交戦中だ』
「え? いま、既に?」
『それ以外の意味があるのか』
心配だ。そう考えたルゥリンは、上司に伝えられた場所へと急ぐ。
『あれは天級だ。そう簡単にはやられない』
付け加えて『すでに半分は無力化しているようだぞ』と言われても、嫌な胸騒ぎは止まらない。不気味な予感が彼女の足を衝き動かした。瓦礫の隙間にできた道を突っ切り、できる限り短い時間でその地点に着くと、凄まじいまでの惨死体がいくつも転がっていた。
「……なに、これ?」
「どうやら怪人じゃない……再生された死体だった」
「再生された?」
「肉片を繋ぎ合わせた、ある程度自由に動く死体だ」
徹底的に破壊された死体だ。報道の世界では身元の確認もできそうにないめちゃくちゃなものが「死体」呼ばわりされるそうだが、まさしくその通りだった。
斬ったもの、切ったもの、刺したもの、歯型、殴ったもの、溶けたもの、削れたもの、剥げ落ちたもの。判別できる限り、あらゆる種類の傷がついている。
「俺はこんなことをしない――」
陰惨極まる死体から目を背け、彼は小さく言った。
◇
時系列は多少前後して、偽玉響は一日の仕事を終えたあと、どこか気味悪い感じを受けて自主的にパトロールをしていた。
(この程度なら、一瞬で片が付くな)
気配があんまり弱いので、敵の強さによって弱くもなるパートナーには任せられない。彼女は強い敵に立ち向かうときほど強いと聞いていた。逆も成り立つそうなので、強さが変動したりしない偽玉響の方がこの「弱い気配」を倒すべきだ。
「たすけて……たすけて……たすけて……」
不気味な低い声の合唱だ。恐怖や憎悪に濁った、身の毛もよだつような低さである。夜道で聞けば震え上がり、ことによると心臓が止まるものも出るかもしれぬ。呪いの声を上げる、墓場にあるべきものたちは、どのようであれまともに動いているのが不思議なくらい、めちゃくちゃに痛めつけられていた。恐らく、蘇生された死体なのだろう。
獣に嬲られ刃で刻まれ、拳に砕かれ超常に弄ばれてなお、生を強制される。その苦しみは計りがたいものがあった。
「誰がこんなことを……」
このようにおぞましいことを、誰が行ったのだろうか。見たところこの蘇生を行ったのは闇の力であるようなので、それを取り除くのは比較的簡単だ。彼はこのおぞましい状態を早くなんとかしようとして、とるものもとりあえず黒い泥で繋がれた囚人を捕らえた。
「たすけて……たすけて……」
「……」
触れて分かるほど、死体に含まれた闇とこちらの力の親和性は高い。これならば吸収して止めることもできるだろう。操る怪物の中でも「吸収」の力を持つ、濁ったオーロラの色彩を纏う逆さのクラゲを呼び出した。クラゲは触手で以て、人を繋ぐ闇を吸い込む。
「うっ……本当に……」
闇を吸い取られた死体は、倒れ込むのではなくバラバラになって崩れ落ちた。もとからひどく損壊されていたようで、纏った闇が剥がれるとそれはより強調されて見える。もう少しましな状態かと思われたが、予想の十倍はすさまじい。
事故に遭った遺体が誰にも気付かれず轢かれ続け、獣に荒らされたのちガス爆発やら唐突なテロ攻撃やら毒物散布にでも晒されたような、どのようにしても存在しえないほどに凄まじく傷付けられた死体だった。何があったのかと考え出しても、総合的に死体を痛めつけるおぞましいなにかがあったのだと考えるしかなくなる。遺体ひとつに対してかけた手間は一体どれほどなのだろうか。
「……なに、これ?」
「どうやら怪人じゃない……再生された死体だった」
偽玉響は振り返り、暗に責めるようなトーンをまるで無視して答えた。
「再生された?」
「肉片を繋ぎ合わせた、ある程度自由に動く死体だ」
最後の一体が崩れ落ちる。二体か三体ほど、本当に肉片レベルに刻まれた惨たらしいものが含まれている。一人でこれを全部殺したのだとしたら、彼らに対していったいどのような因縁があったのだろうか。
「俺はこんなことをしない――」
「分かっているわ」
いくらなんでも、有り得ない。いや――
「うっ、ぐ、あ……悪い、ちょっと行ってくる」
突然偽玉響は胸を押さえ、ふらついて膝をついた。
「あなた、食事が終わったらいつもどこかへ行くけど」
「ほっといてくれ……」
「なにか病気でも抱えているの?」
「あったとしても、俺には分からないだろうな」
ルゥリンは、小さな敵意の含まれた視線が不信の証だと悟る。大なり小なり自分についての情報が、握られたままだと思い込んでいるのだろう。決してそんなことはなくとも、被害妄想的に定着してしまった態度を簡単には変えられない。彼女は、相手が黙ってどこかへ歩いていくのを見守るしかなかった。
彼が泊まるために与えられた部屋で、偽玉響は身を丸くしている。
食後、偽玉響が決まってどこかへ姿を消すのにはわけがあった。左半身がひどく痛み、それに苦しむ姿を見られたくなかったからである。昨日今日は特に胸が痛む。なにか手ひどい傷を負わされた後遺症なのか、それとも別のことなのか、まさか自分の体内を見ることもできず、困惑しつつ耐えている状態だ。おそらく、食事を摂った分の栄養が定着しているのだろう。いい食事が出る場所だからと舌鼓を打っていたらこれだ、彼は激しく後悔している。ただ、人並みより多めに食事を食べたがるのは本能的なもので、止めようもない。
「おいしい、のにな……」
食事の喜びは知っている。食べ物に感謝するという感性も理解でき、味覚の欠けや嫌いな食べ物が多いといったこともない。十全に食事を楽しめる状態だ。ここで出る食事に嫌いなものはほとんどなく、彼女と一緒に食べるのは楽しいとさえ思っている。
(くそっ、痛くなりさえしなければ……)
耐えられるぎりぎりの痛さだが、うめき声を抑えられはしない。気絶するほどではないが脂汗がにじみ出るくらいにはひどい。そのような状態を彼女に見せられるわけがなかった。こうやって一人で苦しむのはいいことではないのだが、彼にはそれが分からないのだ。
「……ッ!」
どこかで罪が広がった。気配の強さからして距離はさほど遠くない。しかし、察知したからすぐに動ける、というような状態ではなかった。そして、彼には相手がどのような状態で今どうしているか、そしていつ変化を解いたか、強さの度合いも分からない。
(これは……紅蓮爆龍剣のあいつだ)
当てた漢字は適当だが、だいたいこのようなものだろう。大の大人がこんなものを考えて実際に口に出していると考えるとおかしなものだが、現実に力が伴えば笑うこともできない。どのように馬鹿げた言葉でも、実際の威力を持っていれば真実になってしまうのだ。
「頼む……」
足の下に魔物を入り込ませ、窓から大きく跳躍する。強い弾力を持った配下が彼の体を受け止め、そして敵の方向へと大きく弾く。ほとんど配下任せで、彼自身は何もしていないに等しい。魔級を超える力を持つ、影の泉より出で来た魔物たちは、その力からすればほんの些細な重量を誇らしげに運んだ。
弾かれ弾かれ、飛び上がり着地して、するりと地面に落ちた偽玉響は辿り着いた場所にいる男を見る。高価そうなスーツを着込んだ、怪人になどなりそうにもない自信に溢れた中年のサラリーマンだ。ちょうど食事を終えたように口を拭う彼の足元に、横たわり血を流す白い顔が冷たく眠っている。
「それは、宮本さんか」
「みやもと? ああ、獲物の名前か。思い出したのか」
「思い出した、だと?」
「私は心を取り出し喰らい、記憶を映像にして再生する。みやもととかいうこいつ、ずいぶんとお前に思い入れがあったらしい。思い出したのだろう?」
「なにを……?」
とぼけられてはしようがない、と男は頬を歪めて嗤う。
「この街を吹き飛ばしたのはお前だろうが。確認されている死者は全員お前が殺したものだ。それに……自分をいじめたのだといっても、人間に対してあの仕打ちはなかろう? 怪人が混じっていたという言い訳もすまいな?」
「街を……? 殺して、仕打ち……」
情報が錯綜しているように見えるが、まったくそうではない。これまで積み重ねてきた疑念が、すべて繋がっていくのだ。
「女にフラれたのが覚醒のきっかけだというのには、親近感が湧くが……私の平穏な人生にお前は邪魔だ。死ね、ヨシムラシオン」
全身の細胞が膨れ上がるようなぼこぼこという音、続いて紅と藍の炎が吹き上げ、中年男性は恐竜を模した狩人へと変化した。背負った双剣を伸ばし、黒い青年へと向ける。
「う、うう、あ……」
青年に、紫色のひび割れが走っている。
「紅蓮……爆龍、剣ッ!!」
それを無視して、紅蓮は剣の両端に炎を纏わせ、赤と青の斬撃波を走らせる。そして振るった剣から炎龍を数十も吐き出し、燃え猛る条線を引きながらそれは着弾し、ひとつひとつが学校や市役所ほどの大きさを持つ建物を灰に変えんばかりの威力を持って大爆発した。
しかし、爆炎の向こうに立つ影は形を保っているどころか、微動だにしない。
「なん、だ……? 我が超絶奥義を受けて、まだ立っているだと……」
目の端に溜まった涙は、水銀の黒に輝く。
「うあ、あ……」
「まさか……っ」
ぐちり、とグロテスクな音を立てて、紫のひびから闇色の樹木が現れる。大量の黒いもやを吹き出して、一瞬だけ青年の姿が掻き消される。
「うわぁぁああああ――っっ!!!」
天級怪物「万魔殿」は、己が罪を開いてしまった。
数百人単位で死にそうな、明らかに本家よりだいぶ強い紅蓮爆龍剣。謎はほぼ明かされたのであとは物理物理、それと物理だけですかね。紫のひび割れが入るとか『仮面ライダーウィザード』のファントムっぽい。ひび割れがビキビキ、そんで怪物がどーんっていうのもかっこよさそうなのでいずれやりたいです。
それにしてもほんと罪深すぎてかわいそうになる。