蒼紅の夕竜・紅蓮(2)
伏線がわざとらしすぎてバカバカしく思えてきますね。11話なのですぐ完走する予定ですが。
電車に乗って移動している途中、青年は始終落ち着かない様子できょろきょろしてばかりいた。そんなにしてると子供っぽいわよという少女のアドバイスも聞き入れない。
「落ち着かない……。俺の名前は何だった?」
「えっ? え、ええっとね」
青年が求めている解決は、自分が誰なのかを取り戻すことだった。自分が何者だったのかまるで記憶がないという事実は、とても気持ち悪いものだったのだ。
「ごめんなさい、記録がないの」
「天使見習いなのに?」
「もと人間は前例がないのよ」
「そうか……」
その安堵の表情から、すでに「なんとかごまかせたか」と思っていることを見抜いているらしかった。しかし彼もそれ以上の追求は無駄だと理解しているのか、それ以上を聞こうとはしない。苛立っているようではありつつも、礼を失するようなことはしたくないらしい。
「次の怪人は、強いのか?」
「ええ。この前みたいにすぐ終わると思ったら痛い目見るわ」
この間の怪人二体は虎級で、しかも青年の力が特に増大する夜に討伐を行ったこともあってほんの一瞬で倒すことができた。殺すことなく無力化できたのは大きい。無論、少女がわざわざこの青年を駆り出す以上はあれより強いものが出てくるのに決まっていた。
「等級は狐…… 正確な把握ができていないこともあるけど、恐らく魔級を超えている。同じ街にこれだけ化け物が集まっていると、さすがに異常事態ね」
これまでにもこのような例はあったようだが、等級が高いものが集まる街はそうない、ということだった。
「怪人の階級社会のようなものができたり、怪人が支配層になったりということはあったんだけど、紛れたままの魔級超えが40体近くいるとなると……」
「危険なのか?」
「事件そのものは少ないのよ。ただ、潜在的な危険は増すわね」
お互いに知らなければ角付き合わせて暮らすこともないが、存在を認識した瞬間から互いの縄張り争いが始まる。融和や支配が起これば、それは怪人や怪物以外にも影響を及ぼすことになるだろう。
「いくつかけちな事件を起こすやつがいるかと思えば、大量殺人犯が混じっていたりする。だいたいは覚醒のとき数人から数十人の犠牲が出るから、すぐ突き止められるんだけど、突き止めにくい事件もあるから。完璧に把握できているわけじゃないの」
天使たちは決して、デウス・エクスマキナではない。失敗もあれば堕落もあり、人の身で想像できるほどに軽い仕事でもないのである。
「このあいだ戦っていたら街が壊滅しちゃって、避難民が大量に出たの。この街で定期的に起こっていた事件と手口が同じものが避難所近くで起こって……」
「同一犯だな?」
「恐らくね。模倣犯にしても、ここまで同じにはできないわ」
いくつか模倣犯らしきものもあったのだが、背中をばっさり切るという殺害方法はともかく、肝心の動機が違った。
「私の上司の分析では、こいつは「愉悦の罪」を持っているらしいわ。ただ殺すだけではなくて、骨を何本か抜き取ったり一部を持ち去ったりしている。ヤツが手掛けた死体どれもに共通しているのが「心が抜き取られている」こと」
「……どうやったらそんなことが分かる?」
少女はハンディカメラのようなものを取り出し、電車の外を歩く人々に向けた。
「見て。色とりどりの人が見えるでしょう?」
「ああ…… 人数以上に人がいるようだが」
たくさんの人の中に、人のようには見えないとても大きなものも混じっている。平面的すぎて遠近感がつかみづらいが、どうやら重なっているようだ。
「心があるものすべてが見えているから、浮遊霊とか人間以外のなにかも写ってるのね。それはともかく、心があればこれで見える。心の存在を見るカメラだから」
なるほど、と青年は拳で膝をポンと叩く。
「死体にも多少心が残っていて写るはずのところが、写らないのか」
「そう。胸のあたりに濃く残ってるところが、胸のところだけ率先して消えてる。ごく薄くなって、胸のところだけ完全にぽっかり…… ってイメージかしら」
「ふうん……?」
画像としてイメージするのが難しい、という顔で首をひねっている。
「野暮な…… いや、答えられないかもしれないんだが」
「ん、なに?」
「体のどこの部位にどんな記憶があるとか、知ってるのか?」
「それはちょっと…… 分からないわね」
ただし、と少女は一瞬目を瞑り、そして目を開く。
「体の感じと似た場所に記憶が蓄積するんじゃないか、って聞いたことはある。だから、胸がどきどきするときは胸に、頭が痛いのは頭に……」
「じゃあ、胸に関する…… 激しい感情の記憶か」
激しい感情とは言っても、体の動きに関するものならたくさんある。胸がどうなる、というだけでもバリエーションは豊富で、とうてい突き止められそうにない。
結局電車を降り、駅を出るまで二人は無言で考え込んでいた。
駅は高台の上にあり、街を一目で見渡すことができる。電車に乗っていたときもそうだったが、青年が抱いた印象は、やはり同じだった。
「ひどいな……」
「原因の半分は私。半分は天級の怪物」
半径何キロかがきれいに丸く消し飛んでおり、濃い灰色に汚れている。中心部に近付くにつれてその色は濃くなり、爆心地と思しき場所は闇色とすら言えそうな真っ黒だった。ここまで吹き飛んできた信号機がシュルレアリスムの彫刻のように地面に刺さっている。撤去予定なので近付かないでください、と書かれてはいるものの、写真を撮る人は多いようだ。
何が起きたのかは知れない。しかし、確かに都市ひとつを一瞬で壊滅しうる力を持つというのは本当らしかった。ただし怪物はそこまで大きくなく、移動速度もあまり早くなくて、力の有効範囲も比較的小さかったのだろう。空を覆い尽くすほど大きかったり、山を消し飛ばすほどの力を持っていたりすれば、終末が訪れていておかしくない。
ここから街に降りていく路線もあるのだが、そちらは電車が吹き飛んだとかでめちゃくちゃになっており、今はここが終点になっている。
「とても、嫌な感じがする……」
「気配を感じるの?」
「いや…… よく分からない」
少女は質問を続けることなく、避難所の方角へと歩いていった。
「ボランティアだってことにしてあるから」
「ああ…… それでいいのか?」
「不真面目な子。ケア担当のアシスタントっていうすごく微妙な位置」
「……なんだそれは」
とにかく付いてきてと言われ、青年は素直に少女の後ろを歩く。
「ああ、来てくれたのかい…… 頼むよ」
「ええ。どこですか?」
「こっちだ。今日は二人か、本当にありがたいね。あまり人数がいると話しづらいって人も多くて…… 二人くらいがちょうどいいって、分かったらしい」
案内された部屋は、大きな窓のある景色のいい部屋だった。ただし街の方向は向いておらず、近くの湖と対岸の山がよく見える。
「じゃ、頼んだよ」
「ええ。今日は何人くらいですか」
「ああ、だいたい20人くらいかな。まず聞くこと。それから、相手の求めることをそのまま返すこと。いいね?」
「はい」
何が何やらさっぱり分からないうちに、青年は巻き込まれていた。
――が、数をこなすうちに偽物も板についてきたらしい。
「そう、ですか……」
「話せてすっきりしました」
「それはよかった」
「ありがとうございました」
泣き腫らした顔を微笑みに変えて、女性は出て行った。少女の方へ向き、なるほどだいたい分かったぞと青年はあくどく笑う。
「女はただ聞けばいい。男は一緒に考えればいい。楽だな」
「もうあと一人で終わるのよ」
「……そうだったな」
「まあ、いいんじゃない」
初日でだいたい分かったので、無能の誹りを受けるほどではない。精一杯褒めて、せいぜいがところ優れた凡夫だ。一気に醒めた青年は、少女の「次の方どうぞー」という声に反応して表情を引き締めた。
「こんにちは」
「こんにち…… あれ、えっ? え、ヨシムラくん……??」
デートにでも行こうとしているかのようなひらひらした服装の少女は、入ってくるなり青年の顔を見て目を見開き、騒ぎ出す。
「……俺はグリーフケアボランティア見習いの玉響真です」
「たまゆらしん? え、でも……」
グリーフケアボランティア見習いという嘘すぎる身分についた仮の名前だ。当然そんなふうに名乗ったことがないため、呼ばれては反応できず、といったことがもう二度か三度繰り返されていた。
「彼はこちらのスタッフですよ」
「そ、そうですか……」
そっくりな人がいたんですか、と青年改め偽の玉響が聞くと、少女はスカートをひらひらさせながら椅子に座り「そうなんです」と答える。
「玉響さんもすごく優しそうだけど、ヨシムラくんは本当に優しそうで……。すごく優しかったから、損をしてたんです。だから、いじめられてて……」
「……聞きましょう」
彼女の抱えているストレスはそれに関連があるようだ。そう判断した二人が話を促すと、すらすらと言葉が流れ始めた。
「男子って、なぜか争うんですよ」
上下の意識が激しく、当然のように誰かが見下される。男子だけでなく女子にしても起こることだが、クラスの中心にいる谷本という男子がよくなかった。
「なにか理由を見つけたみたいです。どういうことかは分からないですけど、ノートを取った取らないとか、そういうことでケンカしてました。タニモトくんはめちゃくちゃなんです。先生もそうだけど、親もきつく言えないみたいで。退学寸前とか、そこまで聞いてます」
その谷本は、今は行方が知れないのだという。ともかく、谷本を代表として10人を超える男子生徒がそれに加わり、ひと月ほどひどい状態が続いた。
「何をされても、ヨシムラくんはやり返さないんです。それがますますひどくなるきっかけだったんじゃないかな、って……。あっ、でもそのままひどくなり続けたわけじゃないんですよ、サトミさんって人が助けて――」
里見結華という優等生がヨシムラを助けた。彼女の目からするとうわべだけに見えたが、それでも充分にヨシムラは救われていて、なおかつうわべだけだということをそれなりに分かっている様子だったという。
「宮本さん、それで……」
「あ、はい。それで」
二人が仲良くなってからは陰惨ないじめもそれなりに減っていて、主な五人くらいの面々以外はとくに手を出そうとしなかった。里見がむきになっていじめを止めたわけではないが、何かを告げ口でもされると面倒だと思ったのかもしれない。
「最後の日は…… なにか、約束でもしたみたいで」
「約束ですか。どんな?」
彼女、宮本が言うには、ヨシムラがかつてないような楽しそうな様子でいたらしい。仲良くもなかった里見は見ていることしかできなかった。
「よく見ているんですね」
「え、えっと…… ですね。密かに彼を見守ってる人は、けっこういたんです。中学で同じだったときは人望もあって、優しくて…… インドア系だったけど、スポーツマンタイプの人にも劣らないくらい人気があったんですよ」
谷本のような男はそういないが、たまたまターゲットになってしまったのが運が悪かったのだろう。中学校時代の彼が信じられないくらいに、ヨシムラは卑屈になり、心に暗闇を抱えて堕ちていった。
「だんだん…… みんな、変になっていくんです。里見さんの目の色が変だったり、谷本の触ったものが変に傷んでいたり、ヨシムラくんも暗幕と話してたり……」
少女が偽玉響に目配せする。偽玉響は、その意図を90パーセント以上理解した。彼女がピックアップして話した人物は、恐らく全員が怪人だ。残り10パーセントとして彼はなぜか怪人に対処しようとし始めたが、それは少女の意図から外れている。机の下で手首をがしっと掴まれて召喚をやめた偽玉響は、宮本の目を見た。
「話したいことはまだ先にあるかと思いましたが――」
「あ、 ……えっと、やっぱりいいです。また明日来ますね、玉響真さん」
宮本は偽玉響の目をしっかりと見つめ返し「また明日」と強調して踵を返す。
「ええ…… またどうぞ」
偽玉響は、戸惑いながらもしっかりと返事をした。
ヒロイン……かな? ヒロインだといいんだけどな。完結済みなのにわざとらしいもんですが、タグさえ読めば展開はだいたい読めるようにしてありますから……。ニセたまゆら君は名前が読みにくい。