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世界の果てに  作者: 乙坂さとる
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淡く色づく日常の緋

「…………」

「どうしたの、呆けた顔して。 あ、それはいつものことか」

「悪かったですね、俺にも色々あるんですよ」

「へぇ……女の子関係?」

「…………」

「あぁ、やっぱりそうなんだ」

「いや、まだ俺なにも言ってないんですけど」

「でも顔に書いてあるよ」

「え?まじですか」

「うん」

「はぁ……」

「よかったらこの私が相談に乗ってあげようか」

「相談……ねぇ」



 結局、昨日はあの後すぐ沙耶を家まで送っていった。

 いたいけな女子高生を家に連れ込んでいるのは、俺の精神衛生上よろしくないことに、改めて痛感したからだ。


「世界の果てを探そうよ!」


 あの子は俺にそう言ったのにも関わらず、俺はと言うと――


「あ、うん……あぁ?」


 やはり微妙な答えしか返せなかった。

 昔の自分ならきっと目を輝かせ、この子が自分の運命の相手だとでも想いたげな顔をしながら一緒に探し回っていただろう。

 しかし、すぐに返答できなかった俺は、やはり大人になってしまったようだ。



「榊さん、榊さんって昔、夢見る少女だったりします?」

「相談に乗るとは言ったけど、初手から私を抉るような話題だね」

「あぁ、そんなつもりはなかったんです、悪気はないんで許してください。 で、どうなんですか?」

「本当に反省してるのかな……まぁいいけど」

「そりゃあもちろん、私だって昔は夢見る乙女だったよ? 今も夢見る乙女だけど」

「へぇ、じゃあ結構恥ずかしいこととか言っちゃったりします?」

「恥ずかしいこと?」

「そうです、大人になったら馬鹿馬鹿しいというか……そう思えてしまうようなことですかね」

「そうね……恥ずかしい……みんな言わなくなったから、自分も言わなくなっちゃったことなら、いっぱいあるよ」

「例えば?」

「お兄ちゃんと一緒にお風呂に入ってるとか」

「ん? それは普通じゃないですか?」

「中学二年生くらいまでだよ」

「マジですか!!!」


 榊さんのお兄さん、代わってください。


「ちょっとその話詳しく」

「やだよ!」

「っていうか話の内容変わってるじゃないですか」

「やだ、そうだっけ。 年取ると話が逸れるのよね」

「で、どうなんですか」

「うーん……例えばサンタさんがいるかどうか、なんていうのはよくあるよね」

「私は高校生まで本気で信じてたから、普通に友達に話してたんだけど、自分がおかしいって分かった時には、少し痛い子みたいに思われてたかな」

「へぇ、案外ピュアなんですね」

「もー、怒るよ」

「ははっ、すみません」


 なんだかんだ、みんなある。

 あの子があんなことを言っているのも今のうちだけで、そのうち俺たちみたいに変わっていくのだろう。

 だから特別、今どうこうする問題でもない。

 適当に付き合ってあげれば、今を満足させてあげれば、大体の問題が解決するのだ。


「ありがとうございます、なんか急にすみませんでしたね」

「私は全くわからないんだけど、結局なにがあったの?」

「それは秘密です。 俺の沽券にも関わるので」

「え!? 未成年に手を出しちゃったの!?」

「ちょ、なに言ってんですか! そこまではしてませんよ!」

「未成年ってことは否定しないんだ……」

(くそっ!やられた!)


 俺はミスリードには弱いんだ、もし政府の人間とかになって話しちゃいけないことがあっても、ミスリードさせられて話してしまえると思うくらいには、弱い。

 だから自分でも気をつけているんだが、それでなんとかできるようなレベルでないことも認識している。 変な嘘はつかないのが俺の信条だ。


「でも珍しいね、そんなに生き生きとしてるとこなんて見たことないよ」

「……そうですかね」

「そうですよっ」

「ふふっ、その顔のほうがカッコイイよ。 私は好きだな」

「ちょっと、からかわないでくださいよ」

「あははっ、それじゃ、私は先に帰るね、お疲れ様」

「もうそんな時間でしたか、お疲れ様です」



 ひらりと半周身を捻って、華麗にカバンを肩にかけるとそのままオフィスを後にした。


「生き生きと……ねぇ」


 たった一度の、たった一人の女子高生とのやりとりでそんなにも変わるものか?

 確かにあの時は少し非日常を感じてはいたが、こうして仕事をするとやはり現実に戻ってくる。

 それに、俺はこともあろうかあの子と連絡先を交換していない。 だから、これ以上発展のしようもないのだ。


「…………」


 なのにも関わらず、俺は今日もデスク横の窓から、あの子がいるかもしれないブランコを見てしまっている。

 気になっているんだ、あの子のことが。 もっと知りたいと思っている。

 恋愛感情なのかと聞かれれば、答えはノーだ。

この感情は……そう、好奇心に近い。

 子供が新しいおもちゃを見つけた時のような、そういう感情に近いものだ。

大人になって、子供のようなそんな感覚を持つのは難しい。 何故なら大人になるという行為そのものが、経験を積むことだからだ。

 経験は積めば積むほど、目新しいことがなくなっていく。

どんどん知っている情報や、やったことのある内容になっていくのだ。

 その中で、俺は目新しいものを見つけたのだろう。


 しかして現実は無情なもので、この日、あの子が公園に現れることはなかった。

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