窓から一人、街灯の下
「よし、これで終わりだな……」
パソコンにひたすら文字を打ち込むこと三時間、今日の仕事は終わりを迎えた。
「八時半か……帰って飯作らないと」
実家に住んでいれば母親が作ってくれているが、一人暮らしではそれは叶わない。
早く嫁の一人でも見つけなさいというのが母親の言葉ではあるが、そんな簡単に見つかれば苦労はしないよ。
パソコンの電源を落とし、オフィスの窓を閉め、帰り支度をしていると、俺の目に気になる物が映った。
「女の子……だよな」
オフィスのすぐ横は公園だ。
普段は昼間でも子供の遊び場になっていない、廃れた公園。
そんな場所に、そんな場所のブランコに一人、女子高生らしき子が、座っていた。
「…………」
距離的に表情は見えないが、楽しそうではない。
一人だし。
変質者に思われるかもしれないが……いや、普通だったら通報されてもおかしくないかもしれないが、俺は、とてもこの子に話しかけたくなったんだ。
だからすぐにオフィスを出て、外の公園へ走っていった。
公園の入り口に立つと、オフィスの中からは分らなかった容姿が、はっきりと見えるようになる。
髪はショートで金髪、俯いているから顔は見えない。 あと、胸がでかそう。
「こいつぁ……」
やさぐれギャルじゃねーか……?
一縷の希望(謎)を賭けて近づこうとすると、俺の足音に気づいたのか、先にチャラ高生が顔を上げた。
「……なに、なんか、用?」
ギャルだった。
でも、ガングロとか言われるそういう類のものではない。
それに、メイクは濃いが……んぅ、これは元はそんなに悪くなさそうなんだが。
「ちょっと、聞いてるの?」
「え?あ、あぁ、こんな時間になにしてるのかなって……」
「……説教とかだったらいいから、そういうの、いらないから……」
やさぐれてんなぁ……。
いまどきの女の子は、みんなこんな感じなのだろうか? 日本の将来が心配だね。
しかし、興味本位からか、なんなのか……俺は隣のブランコに黙って座った。
「アンタさ、この世界の果てには、なにがあると思う?」
「この世界の果て……」
正直、驚いた。
こんな、一見俺とは価値観なんてものが一切合いそうにもない人間が、昔の俺と同じことを考えていることに。
確かに、別に大層特別な内容ではない。
寧ろ、この世界には『世界の果て』が気になっている人間の方が多いだろう。
だが、そういう問題ではないんだ。
今この場所、このタイミングでこの言葉がこの子から出てきた事に、とても特別な物を感じざるを得なかった。
「ははっ、子供だってバカにしてるでしょ。 みんなそうだから、別にいいよ」
「……してない」
「え?」
「馬鹿になんて、してない」
「べ、別にそんな真剣な顔して返してくれなくても……今度はこっちが困るっていうか……」
お互い沈黙になって数十秒経過したころ、俺は少し昔の話をすることにした。
「俺、今二十四歳なんだけどさ」
「え?!まじで?!もっと上かと思った!」
「……」
「……ゴ、ゴメンって……続けて……」
改めて咳払いして、話を続ける。
「昔、君と同じことを考えていたんだ。 この世界の果てには、何があるんだろうって」
「それは、世界が丸いから果てなんてないとか、宇宙は観測しきれないだとか、そういうんじゃなく……上手く表現できないけど」
「ただ漠然としたその思いは、当時とても輝いてた気がするし、大人になれば、そういうものが分かってくるんじゃないかって、訳のわからない解釈をしてたっけ」
「……結局、見つかった?」
少し期待を抱いている瞳のこの子には申し訳なかったが、無言で苦笑いをした俺の瞳を見て、納得してもらった。
「私ね、自分がこの世界で何かを残せるのかなって、思うんだ」
「オリンピック選手で記録を残すとか、偉い人になって凄いことをするとか、そういうのね」
「私は何もできないから、だから、何も残せず、何もわからず死んでいくのかなって思うと、とっても悲しくなるの」
「……っ」
見た目に反して、言っていることが哲学的というかなんというか、息を呑んでしまった。
「今絶対、こいつ見た目と合わないこと言ってるなとか、そういう目で見たでしょ」
バレてた。
「い、いやぁ……あは、あはは……」
慌てて愛想笑いをするものの、取り繕うことは出来なかった。
「はぁ……ねぇ、アンタお腹空かない? 私はしっかりお腹空いてきた」
「あぁ、そうだな。 俺も家に帰って飯を作らないと」
「ふーん、奥さんいないんだ」
「悪かったな」
「一人暮らしなの?」
「そうだよ」
「行ってもいい?」
「あぁ、別にーー」
なに?
「ん、ごめん、なんて言った?」
「だから、アンタの家、行ってもいい?」
「んなっ!?」
公園で出会った女子高生を自宅に招き入れる二十四歳、有職。
これは大丈夫なのか? いやダメだ!
もしかしてアレじゃないのか!美人局!
「くっ……!」
しかし、気づいた時には、二人で自宅に向かって歩き始めていた。
普段味わうことが出来ない、非日常。
そんな経験に、俺は危険ながらも楽しさを覚えてしまっていたんだ。