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世界の果てに  作者: 乙坂さとる
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灰色の部屋、灰色の景色

この世界の果てには、一体何があるのだろう。

地球は丸いからずっと辿り着けないとか、宇宙のうんたらがどうとか、そういうのじゃなく。

この『世界の果て』には『何が』あるのか、それが、知りたかった。


「ーーおい」


そんなことを考えていた過去の俺はもう大人になり、立派な社会人として自立していた。


「おい!人の話を聞いとるんか柊君!」

「うぇっ、あっ、すみませんなんでしたか?」

「……もういい、他の人にやってもらうよ」


ーーーー自立してなかった。



太陽の日差しが眩しい午前九時。

初夏の季節は、まだ風が心地よく身体を通り抜ける。

暑過ぎもせず、寒過ぎもせず、ずっとこんな季節が続けばいいと思いながら、オフィスの窓際でデスクワークをしていた。


「柊君、また課長の前でぼーっとしてたんだって?」

初夏の風に混じり、甘い花の香りが周囲に広がる。

左側の窓を遮るように立っている女性がいるのは分かっているし、それが誰なのかも分かってはいたが、俺は頭も視線も机に向けたまま言葉を返した。

「いやぁ、あまりにもつまらない話だったからしょうがない。 それに、このオフィスはエアコンつけてないから心地よく寝られる暖かさじゃないか」

「はぁ……そんなことばっかりしてると、本当にクビになっちゃうかもよ?」

「そんときは……そんとき考えるよ」

「もう……人の気も知らないで……」


机に伏せていると、ヒールのコツコツという軽快な音が遠ざかって行くのを感じ、再び目を閉じた。


「やる気……でねぇなぁ……」



「……んっ、んんぅ……」


椅子に座りながら寝ていたせいで、肩が痛い。

これも毎日のことなので、特に気にしたことではないが。


「おっ、もう夕方か……半日くらいは寝れたな」


デスクの右側に目をやると、積まれた書類が五センチほどの厚みを持っている。

俺の仕事は、この書類供をパソコンに入力するだけの簡単なお仕事です。


カタカタとキーボードをタイピングする音がオフィスに響く。

何故かって?オフィスには基本、俺しかいないから。他の人たちは、みーんな外で営業して回っている。

汗水垂らしながら必死に働いてくれている皆のおかげでこの中小企業がなんとか保たれているわけだが、そんな中で、俺はといったらーー。


会社のお荷物でしかない。


営業もあまり上手くいかず、細かい計算が必要なのにそれも得意なわけでもない。

そんな俺に残されたのが、この入力作業というわけだ。

……俺だって、この仕事がしたくて選んだ訳ではない。


俺の実家は、裕福ではない。どちらかといえば貧乏だ。

だから、求人広告で給与の高いところを選んで、次々に渡り歩いている。

ここも、あと何年……いや、数ヶ月したら辞めてるかもしれない。

俺にとって、仕事は家族を支える為の道具でしかない。 だから、会社の皆みたいに、熱くもなれはしない。

給与を貰えれば、それでいいんだ。

嫌なことが多くなったら、別に辞めればいい。


「柊君、お疲れ様」

「榊さんもお疲れ様です、わざわざ俺に挨拶しにくるのは、榊さんくらいですよ」


朝にも話しかけてくれた女性。

この女性がいなければ、きっとこの会社も、もう辞めていたかもしれないな。


「柊君てさ、なんでいつもそんなにつまらない顔してるの?」

「……え?」


そんな女性から、突然厳しめのお言葉を頂いた男の返事である。


「あぁっ!違うよ?!その、そういう意味じゃないっていうか、その、なんていうんだろう……」

「あー、えっと……要するに、楽しくなさそう……って、ことですか?」

「そう!そういうこと!」


なら、そう言えば良いと思った。


「ごめんね、私、口が下手くそで」

「俺もなんで、よく分かります」


そんな、ちょっとお茶目なところが、彼女の良いところなんだ。

眼鏡をしていて、黒髪ロングで、明らかに物静かそうな彼女が実はお喋りなのを知っているのは、この会社でも俺くらいである。


「で、なんでそんな顔をいつもしてるの?」

「…………」

「……そのまんまですよ。つまんないんです、何もかもが、面白くないんです」

「毎日働いて、お金貰って、殆どのお金を家に入れて、また働いて……その繰り返しに、そろそろ飽きてきたんです」

「いや、そろそろじゃなくて、ほんとはずっと飽きてました。けど、世界のルールがそうしなきゃやっていけないルールだから、一応そうしてるんです」


あ、言ってしまった。

少し引かれているのだろうか、彼女も困った顔をしているような気がする。

だが次の瞬間、彼女の口からは思いもよらぬ言葉が飛び出した。


「私も!」

「は?」


相槌にせよ、なんにせよ、こんなクソ社会不適合者野郎の戯言に反応してくれた相手に対してこんな返ししかできない俺はやっぱり無能なのだろうか。


「いやー、私もずっとそう思ってたんだよね、なんなのあのルール。みんながそうしてるから、そうしなきゃダメなのかな?」

「私はそうは思わないなー、テレビとかでもさ、一流企業の人が会社辞めて外国に行って、時給自足のギリギリの生活とかしてるよね?ああいうのの方が生きてる気がするよね!!」

「あー、もしかして私田舎で暮らした方がいいのかな?でも田舎は田舎でめんどくさそうだしなー、また変なルールありそうだし、あ、もしかして私人が苦手なのかな?」


「…………」


なんのきっかけがあって、彼女が……榊さんがこんなに喋っているのか見当もつかない。

偶然にも俺と価値観が同じに感じたから……?


「あ、あはは……引かれた?」

「あ、いや、引いてはない……けど、今日は凄いね」

「そうかな?柊君って、なんかこういう話をしても素直に聞いてくれそうだなって……そう思ってた矢先に、さっきみたいなこと言うから私もー!ってなっちゃった」

「お、おう……さいですか」

「さいですよっ」


「っとと、いけない!そろそろ帰らないと!」

「あぁ、もうそんな時間ですよね。帰ってご飯を作ってあげてくださいよ」

「う、うん、そうする」


「それじゃ!また明日ね!」

「はい、お疲れ様です」


ーーバタン。


「……ふぅ」

そう、彼女……榊さんは、ご飯を作ってあげなければいけないのだ。

旦那さんに。

つまり、人妻である。


「ったく……ほんと上手くいかないもんだよな、人生って」


何度目かの俺の恋は、始まる前から終わっていたのだ。


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