俺様的な大伴御行の大納言(三)
先頭は仕方なく船を出しました。
暫く舟を漕いでいると、どうしたことでしょうか。強い風が吹いてきて、波は荒れ、辺りは暗くなり、船も思うように進むことが出来なくなりました。雷も光っています。
大伴御行の大納言は船酔いで吐きそうになりながら
「おえぇぇぇー。気持ち悪い…。今までになく船が揺れて…おぇぇぇぇ!どうなってしまうんだろう…おげぇぇぇー」
と言っています。喋るか吐くかどちらか一方に絞って欲しいものです。これでは聞いている方も吐き気を催してしまいます。
文句も言いたくなりますが、こんな状況じゃ仕方ないですよね、と先頭が割り切って言うことには
「私も長い間船に乗っていますが、こんな酷い目に合ったことはありません。おっとっと……このままでは船の転覆、もしくは雷に撃たれる可能性もあります。幸いにして神のた、たた助けがあったとしても南海に吹きやられるでしょう。こんな有りもしないものを求めてこんな日に船を出せと言われる主人に仕えて無駄に命を落としそうですよ。ヨヨヨ…」
と泣いて嫌味を言っています。こんな日に海に連れ出されれば、しかも死にそうな目に合えば誰だって恨み言を言いたくなるでしょう。
それを聞いた大伴御行の大納言がこれを聞いて言うことには
「おぇぇっ。ふ、船に乗っては船頭の言う事を、聞くものだ。そ、それが頼りないことを申すでないっ!」
とか何なとか言って逆ギレしています。
つまりは、船頭が何とかしろ。私は船に乗っただけだし全部お前任せなんだからな!ということです。
なんという言い分でしょう。船頭だって無理矢理この我儘大納言に借り出されただけなのに。むしろ非があるのは大伴御行の大納言の方です。
船頭は怒りを通り越し、呆れ果てて、このお馬鹿な大納言でも分かるような言い回しで、自分は無実だし、頼られても困るのだと言うことにしました。
「あのですね、私は神様じゃないんですよ?天候を操れるわけじゃないし、何も出来ないんです。きっと、龍を殺して玉を取るなどと言ってるから龍が怒ってやってるんですよ。助かりたければ私にすがるより神に向ってお祈りなさいませ。」
「そうか、そうしよう」
単純です。
大伴御行の大納言は早速神に向って祈り始めました。
「おお、神様よお聞きください。愚かにも龍を殺そうとした俺様を許してください。これから俺様は改心して龍の毛一本動かすような真似はいたしません」
まずは自分の事を俺様というのを直せよと言いたくなりますが、それはさて置き、大伴御行の大納言はこれを千回も言いました。
その甲斐があったのかやっとのことで雷が止みなりました。
それでもまだ空は光っていて、強風が吹いています。
船頭は言いました。
「ほらみなさい。やっぱり龍の仕業だったんですよ。風は強いですけどね、良い方向に向って吹いてますよ。決して悪い方向じゃありません。良い方向に向って吹いてるんです」
「ごめんなさい…もうしません、ごめんなさい」
完璧なまでに怯えてしまって人の話なんか聞いちゃいません。
こうして3、4日間良い風が吹いて、無事に船は陸に着くことが出来ました。
砂浜を見ると播磨の明石の浜なのでありました。
大伴御行の大納言は
「南海の浜に吹き寄せられたのだろうか」
と思って喘いで、伏してしまいました。
船の船頭がおつきの者が国府に告げたけれども、国司がお見舞いに来ても、起き上がらずに船底に伏したままです。
松原に、筵を敷いて船から降ろすと、その時初めて
「嗚呼、南の海ではなかったのか…」
と言って起き上がりました。
そしてその姿は重い風病のせいで腹はぽっこりと膨れ、目は酷く腫れています。
これを見て国司もあまりにこの姿が面白かったので笑ってしまったそうです。
笑われて当然かも。