21、マスター(2)
アガラス湖は、昔は今の十分の一程度の大きさしかなかったらしい。フェアリーもあまり多くなく、人里離れた場所にひっそり暮らしていて、ヘーレゴニーでは最も高尚な種族とされていた。
しかし、帝王との戦いが始まると、フェアリーたちも国のために健闘した。そのときアガラス湖の南にあるスパイン山脈で岩が崩れ、そこに降ってくる雨は全部湖に流れこむようになった。帝王が戦いをやめたころにはすでに今の大きさほどになっていたらしい。
「絶対そこに宝石がありますね」
「そう考えたほうがいいだろうな。オレたち、たったの二つしか宝石がないんだから」
「ねえ、アガラス湖にはキングフェアリーがいるんでしょ。会う事になるのかな」
「ふうむ。オレたちは会う方法なんて知らないから、あっちの意志にすべてがかかっているだろうな」
キングフェアリーが、エルフの女王みたいにジュエル・ハンターズとか帝王との戦争が間近に迫っているのを知っていたら、話が早いのにな。
「見えてきたわ。私の視力でなくてもよく見えるほど大きいわ」
「サ、サリィさん、あれは湖ですか? 海ですか?」
そういえば、海に見えるな。奥でうっすらと水平線が見えていて、でかさといったらこの距離からちょうど全体を見渡せるみたいだ。
「そろそろキングフェアリーのなわばりね。モンスターがいないわ」
「おや? あの人たちは何してるんですか?」
湖の周辺に、なにやら怪しい集団がいるのが分かる。一人一人が完全武装していて、鎧に剣、盾まで持っている。
「なぜ湖に大勢人がたむろってるんだろう」
「きいてみようよ」
「よし」
なんかいやな予感がするな。まあいいか。
「何者だっ!」
うわ、びっくりした。急に声がしたから、バイクから落っこちそうになった。誰が言ってきたなんて、冗談にもならない。みんな同じ仮面をしているから、同一人物なのかと思ったほどだ。
「オレらとしては、お前らにそのセリフを言いたいよ。いったい、湖で何やってるんだ?」
「関係ないじゃないか」
「オレたちも湖に用があるからな」
するとそいつらの一人が首をふった。
「バイクを所持する危険な者を湖に踏み入れさせられない。今、大事な話をしているのだ。キング・オブ・マスターとキングフェアリーが」
「キング・オブ・マスター?」
マスターの王って事か? 仲間の様子をうかがっても、まるで理解できない、という顔をしている。たしかに、話でどうこうできるような連中じゃないみたいだな。
「通らせてくれないなら、力ずくで通ってやるぜ?」
「なんだと?」
オレはにやりと笑って武器をとりだした。やつらの表情は読み取れないが、明らかに動揺している。
「こ、この不正なやつらめ! 我々を誰だと思っている!」
「えっ?」
「私たちこそ正義の中の正義であり法を守る番人、マスターだ! おとなしく降参するがいい!」
マスターか。法の番人だかなんだかしらんが、そうやって調子にのってると、痛い目にあうぞ。手前のやつを切ろうとしたその時だ。
「どうしたハラ? こんなに人が集まって」
ハラ、だって? 笑いをこらえて仲間の方を向くと、やはりあっけにとられている。まるでナオ・チャンみたいなキャラだな。
「す、すみません、アキバン大佐。湖に進入者です」
「どこにいるハラ?」
「ここにいるぜ、ハラハラ野郎」
さあ、相手はどんな反応を見せるだろうか。しかし、アキバンはいたって冷静だった。
「お前たちは何者だハラ?」
「オレらよりアキバンたちの行動がおかしいよ。納得できる説明をしてくれ」
「その代償として命を失ってもいいのかハラ?」
おっ、こいつは戦って勝ってみろ、と言っているみたいだな。売られたケンカは買うのがオレ流だ。
「サリィたち、頼むぜ」
「私はこいつらを見た瞬間から戦うってのを予想してたから、もういつでもOKよ」
「そいつはいいぜ」
あっちの数が四十でこっちがたったの四か。厳しい戦いになりそうだぜ。
「これからはオイラをBさんと呼ぶハラ。お前らの最後を祝って、コードネームを教えてやるハラ」
「そして、ボクの正体も教えるナン」
えっ? ナンといえば、あの裏切り者じゃないか。オレたちは一斉にその名を呼ぶ。
「ナオ・チャン!」
「ボクはナオ・チャンと言われるのが好きじゃないナン。これからはAさんと呼んでほしいナン」
オレたちは顔を見合わせる。マーナリンでのある人の話を思い出した。
(オレか? オレはヒロツグ・ジルベック。ある組織からはCさんと呼ばれているんだ)
ある組織って、マスターだったんだな。しかもCさんだっていう事から見ても間違いない。
「おい、あんたらはCさんを知ってるか?」
「もちろんだナン。ボクたちの仲間で、地方を旅しながらヘーレゴニーや帝王、各都市とかの情報を集めてくるんだナン。けっこう役に立つナン」
ソラが言い返す。
「帝王の情報なんて、あんたがすべて知ってるじゃない!」
そしたらAさんは首をかしげる。
「えっ?」
「この野郎。最後までとぼけるつもりかよ!」
「ボクが帝王の手下だといいたいのかナン?」
「そうよ!」
するとナオ、いやAさんが笑いだした。それにつづけてBさんも笑う。他のやつらも笑いに包まれ、オレたちはぽつんと取り残されてしまった。
「あーっはっはっは! こいつは、最高の、笑い話だナン! ははははは!」
「あのAさんという人物は何者なんですか?」
あ、そうか。ダイスは、ナオとザーロックが裏切った後に仲間になったんだっけ。できるだけ要約して話す。
「さっきも聞いたと思うが、Aさんの本名はナオ・チャンで、カータンの町まで仲間だったんだ。けど、ウェンスという人から話をしてもらって、帝王のスパイだってことが発覚したんだ。ナオは、同じくスパイだったザーロックとともに消えてしまったんだ」
「ザーロックは、昨日僕たちを捕らえようとしたやつですね」
「そうだ」
理解してくれたようだな。オレは目をギョロッとAさんへ向けた。
「あんたが帝王の手下じゃないっていう証拠があるのか?」
Aさんはようやく笑うのをやめて言った。
「じゃあ、ボクが帝王の手下だっていう証拠を見せてもらおうかナン」
「うっ……」
オレの口が動かなくなる。後ろを向くと、顔のゆがむ仲間の姿があった。目の前の景色がぐにゃりとなった。
「あーあ、これじゃしょうがないナンね。証拠がないんじゃ、話にならないナン」
「こいつらを殺せハラ」
「ボクたちはここで見てるナンか?」
「そうだハラ」
マスターの集団は大群で襲いかかってきた。それに全員同じ仮面だから、とても気味悪い。
「サリィは呪文を!」
「わかったわ」
彼女はすぐにぶつぶつとつぶやき始める。オレは一足先に魔法を使う。
「ギガボルト!」
「ぎゃあ」
広範囲に流れる雷で、五人ほど殺した。まあせいぜい五十万ボルトだから、普通は死んでしまうだろう。
ダイスは矢をうっているが、やつら全員が盾を装備しているから、たいした打撃は与えられない。ソラは、残り少ない魔法の紙を使用している。
「カオスビーム! ビックバン!」
だけど盾で防御されてしまう。盾がふっとぶほどの強い呪文でも、人間にダメージは全くない。
カキーン。オレは一人の敵の剣を防ぐ。次に二本の剣が左右からきたから、しゃがんで足を切っていく。立ち上がって回転切りをして盾や剣をこなごなにしていく。でも鎧があってうまくダメージをくらわない。そこで盾を失った敵を一人ずつ確実に殺す。
「エレキショック! ライジングタワー! クロスライジング!」
「ぐおっ!」
だけど相手の攻撃は尽きる時間がない。中でも同時に五本の剣で切りつけてきたのには、正直ひやっとした。もちろん、新しい必殺技ですべてはじき返したが。
「いくぜ! ネバル式幻魔連殺剣!」
一瞬で、周囲の剣と盾にひびがはいる。この技は今あみ出したもので、ライジングソードを両手でめちゃくちゃに振り回す、という単純な攻撃だ。しかしこの技、多くの敵に囲まれたときに役に立つ。終わった後の肩が砕けそうになる副作用を除けば、結構頼もしい技となる。
半数の剣と盾を破壊した直後、ようやくサリィの呪文が唱え終わった。
「テティス!」
すると彼女の手に光るムチがあらわれた。長さはとてつもなく、ところどころにトゲがついていて、ずいぶん痛そうだ。あれを振り回すってのか?
「くらいなさい!」
彼女がムチをひと振りしただけで、相手は十人ほどふっとんでしまった。鎧は関係なく、トゲが貫通した敵からは口などから血を吐いて倒れていく。
「今のうちだ! ソラは剣や盾を持ってないやつらをねらえ!」
ソラはうなずき、攻撃力の高い槍で攻撃している。先のとがった槍の前では鎧なんて無力だ。ソラは王女とは思えないほどの狂気で、次々に刺し殺していく。
敵の数が四分の一ほどになると、集中的にダイスをねらってきていた。中には剣を投げつけてきたやつもいる。だが、ダイス自慢の速い足でなんとかかわしている。
やつらは、怪力のオレをさけて、主に他の三人をどうやら切ろうとしているようだ。
「ちぇ、敵が寄ってこないぞ。もっと切りたいが、呪文で手早くこの戦いを終結させるか」
「ちょ、ちょっと待って! 私たちも巻きこまれるわ!」
「あ、そうか」
仕方ないな。とりあえず近くのやつから首を背後へこっそり行って切った。大量の血を流して倒れ、二度と動かなくなる。サリィのムチでふきとばされたやつには迷いなく魔法を使う。
「エレキショック!」
そして最後の一人になった。今までのやつらよりけっこう強く、まだ剣と盾を装備している。そいつは剣であの光のムチと互角にやりあっていて、盾でソラの槍を防いでいる。オレが後ろから水平に切りつけると、彼はしゃがんでよけた。足を切ろうとしても、まるで背中に目がついてるみたいによける。剣でだめなら、呪文しかないか。
「みんな、離れろ! ライジングタワー!」
バリバリバリ。見事に雷の柱に命中した彼は、気絶してしまった。オレは容赦なく首を切断した。
「うっ、ふうんが」
変な言葉を発すると、男はもう息をしなくなった。
「次の相手は、お前らだ」
オレはAさんとBさんを指差した。




