17、悲哀(2)
城を出て四十分後。オレたちは、とぼとぼと今通った道を後戻りしている。ドルのいた宿は誰もいなかったからだ。
「せっかく来たのに」
ソラがふくれると、サリィが言った。
「きっとドルはルアンパバーンにいるわ。そこでお礼をすればいいんじゃない?」
「そうよね」
「しかし広いな、マーナリンは」
「探せば、いろんな施設があるかもね」
ソラが眠たそうに言う。そういえば、オレたち一行は周りの視線を集めている。剣士に弓使い、エルフと王女様(正体は隠しているが)が一緒に行動してるんだ。この組み合わせがかもしだす雰囲気は独特なものだろう。知らないうちに有名になっていたみたいだ。
「おや、あれは何だ?」
オレが気になったのは、他の町や都市では見られなかった、お菓子屋さんという店だった
ダイスは指をパチンと鳴らして言った。
「この店は、マーナリンでも一番のお菓子専門店ですよ。見たことないですか? チョコレートやドーナツ、パフェやケーキ」
「いや、その前に、お菓子って何だよ?」
オレの質問に、仲間全員があきれた。ソラは笑いをこらえている。
「ソレイユ、あなたはどれだけ無知なのよ? まさか、お菓子を知らないなんて」
「しょうがないだろ! オレの故郷は田舎なんだから」
そうやってオレとソラが言い争っていると、サリィが提案する。
「寄ってみましょうか?」
「やったー! 私、お菓子大好きなのよ。絶対、行きたいわ」
ソラは仲間の同意も得ずに店へ入ってしまった。やれやれと首を振りながら、オレたちは彼女についていく
店内では、元気よくあいさつしてきた店員やらいい臭いのするお菓子とかいう食べ物やらが目に止まった。
「へえ、これがお菓子なのか」
「どれもおいしいですよ。僕がおすすめするのは、このチーズケーキですね」
「自分でも作ってみたいな」
「しかしな、これがけっこう難しいんだぞ」
今の返答は、ダイスのものじゃない。四人は右に立っている男を見た。
この男が答えたのか? 身長はオレと同じくらいで、腹がずいぶんでている。彼はこっちをまったく見ずに、お菓子を食べている。ダイスが男の肩を叩く。
「あの、あなたの名前は」
「オレか? オレはヒロツグ・ジルベック。ある組織からはCさんと呼ばれているんだ」
「どのように言われた方がいいですか」
「Cさんと呼べばいいよ」
「そうですか」
ユニークなニックネームだな。Cさんは常に食べ物を口に運んでいて、しゃべりにくそうだ。
「もぐもぐ、オレの旅の、もぐもぐ、目的はだな、ヘーレゴニー中の、もぐもぐ、おいしい食べ物を、もぐ、食い歩くことなんだ」
「じゃあ、また会うかもな」
「運がよければね。お前たちは、どこへ行くつもりだ?」
答えに迷った。信用できるか分からなかったからだ。でもソラがうまくはぐらかした。
「マーナリンの東にある、ヴォストークへ行きたいと思ってるわ」
Cさんの目が点になる。
「おやっ、オレの旅する方向じゃないか。お前たちはいつ出発するんだ?」
「おそらく明日だと思うわ」
「オレは今日、マーナリンを出発するんだ。また会えるといいな」
「じゃあな」
「おう」
Cさんはオレたちに手を振りながら、店を出ていった。
「あの、ところでみなさんはお菓子食べないんですか」
「あっ、ずるいぞ、一人だけ!」
なんとダイスはオレたちがCさんと話してる間に、薄情にもケーキをむしゃむしゃ食べていたんだ。彼以外(サリィの名誉のために、彼女だけは除外しよう)は、我先にと店員にかたっぱしから注文していく。二十分ぐらいして、一人の女性がトイレに入り、一人の男性が気持ち悪くてその場から動けなくなった。
こんな状態の中、優雅にスプーンを動かしながらアイスクリームを口に運んでいる二人の男女との対比は、実に興味深い光景となった。ううっ、周りの視線が痛々しい。
十分後。サリィの持っていた薬で何とかオレ、ソラは回復した。
「心配かけてごめんなさーい」
照れるソラにオレが耳うちする。
「大丈夫。王女様がトイレに入り、とってもいい音色を奏でた事は、誰にも言わないから……」
「ぶっころしてやる!」
ソラが追いかけてくるが、彼女はまだESBの力を知らないようだな。オレは五分後には勝利のポーズを決める事になった。
「はあっ、絶対に、はあっ、ぶっころす……」
王女もお疲れみたいだな。そろそろ謝るとするか。
「ごめんな、からかったりして。何でも一つ、望みを聞いてやるから、許してくれよ」
「じゃあ、ビンタさせて」
「へっ?」
バシーン!
「あー、すっきりした」
叩かれた箇所がジーンと痛む。こいつ、ずいぶん腕力があったぞ。サリィがソラに質問する。
「人間というものは、必要ならば暴力で解決できるの?」
「罪を犯したやつには、てっとり早い方法だわ」
「オレがいつ罪を犯したんだよ!」
「あら、王女を冒涜したじゃない。身に覚えがなくて? オーッホッホッ」
「なんだと、王族の恥さらしが!」
「あなた、一生牢獄での生活を送りたいわけ?」
そうやって言い争っているうちに、城の入口まできた。兵士の案内で内部に入る。しばらく歩くと、市長が広い部屋に腰掛けていた。にらみ合っているオレとソラ(城で騒ぐとろくな事にならないから)にちょっとびくついたが、彼女に話しかける。
「今日はお泊りですかな?」
「ええ。明日出発しようと思います。ところで、なぜそんなにうれしそうな顔を?」
確かに、不自然に笑みが顔に出ている。なんだか、気味が悪いぞ。
「ふふふ。実は、君たちにおもしろいものを見せたいのだ」
そう言って、外に案内された。そこには、見たことない乗り物がずらりと並んでいた。馬車についてるタイヤよりも大きいタイヤが前と後ろに装着されている。なんだか物騒な代物だぞ、おい。
「これ何だよ!」
今すぐ乗ってみたいという感情をおさえながら言ったから、どなりつける言い方になってしまった。市長はにっこり笑って言う。
「これはな、バイクというのだ。ガソリンというものをエネルギー、つまり動力源にして動くのだよ。むろん、馬よりずっと速く、いつまでも走り続けられる」
「ガソリンってのは、どこで手に入るんだ?」
「おそらくそれは難しいですな。でも、心配無用。魔法でガソリンの使用を永久化しておるのだ」
ダイスは、放っておけば大空をとんじゃいそうな顔だ。
「これを僕らにくれますか?」
市長はうなずく。
「もちろん」
「じゃあ、運転の仕方を教えてください」
「わかった」
日が沈む頃になり、ようやくオレたちは完璧に乗りこなせるまでになった。
「馬はここでお別れだな」
「そうね」
ブウウン、ブウウン。音はちょっとうるさいけど、これで旅は楽になった。オレたちはその後食事をして風呂に入り、ちょっと遊んだあと城の空いてる部屋で寝た。
そして次の日になり、人々の声を聞きながら、ヴォストークへ向けて東にバイクを走らせたのである。




