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【黒歴史】ジュエル・ハンターズ ~八つの宝石~  作者: 水野 洸也
第二章 運命、選ばれし存在
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8、事件(2)

 むせかえるような血の臭い。きっと捕まる時に抵抗して殺された者の血だろう。食堂の方の机や椅子はぐちゃぐちゃに乱されていて、うっすらと酒の臭いがする。いや、それよりも、あのおかしくなるような状況の中でナンとカレーだけの事を考えられるナオ・チャンに、周りの事を説明するよりも先にまず敬意を表した方がいいのだろうか。この考えを知ってか知らずか、彼が立ち上がって言う。


「ちくしょう! このオレのナンを取って、コックや主人を捕らえたのは、一体誰だ? 昨日の話に出てきた『悪の集団』とやらだな!

 くそー、この果てのない怒りは山よりも高く、海よりも深い。復讐のために立ち上がったこのオレを止められる者はいない! 必ず報復してやる! わははははは」


 そう言うと、オレたちが止める間もなく、宿の外へ走り去ってしまった。オレたちが外に出てみると、ナオはここからすでに二〇〇メートル以上走った後だった。


 サリィが呪文を唱えた。


「ディレクトヒューマン!」


 この呪文は? ザーロックが説明する。


「人間、今の状況ではナオを探す呪文だな」


 サリィはしばらく静止したままだったが、一分ほど時間が過ぎたところで言う。


「方向は……あっち、この都市の中心部だわ。ここからの距離は、だいたい八〇〇メートルくらいで、今ナオは動かずに道で体操座りしているわ」


 相当重症だな。きっとそこでナンとカレーを盗んだ奴に、呪いの言葉をつぶやいているんだろ。ソロイがサリィに質問する。


「ナオの位置を把握したまま移動する事はできますか?」

「ええ。でも、それだと走れなくなるわ」

「分かりました。では、ナオを追いかけるとするか」


 全員一致で行動が開始された。サリィは「呪文を使い続けているからいつもよりも歩みが遅くなるわ」とか言いながら、だれよりも速く歩き、しまいにはオレたちが走るスピードになった。ザーロックは服が重いから、息切れして、はあはあ言っている。これで、八〇〇メートルもつだろうか。


「まだナオは動く気配がない。残りは……およそ二〇〇メートルね。動きだす前には…………あら?」


 サリィは急に立ち止まった。オレたちはびっくりしてサリィに訪ねる。


「どうしたんだ、サリィ? ナオに何かあったのか?」


 するとサリィはおそるおそる口を開く。


「男がナオに近づいていったわ。そして、その男がナオに話しかけた瞬間、突然テレポートの呪文を使ってどこかへ行ってしまった。私の力では、もうナオを探すことは不可能だわ」


 ぞくっと背中がぶるるっとふるえたのは何故だろうか。ザーロックは歯が抜けおちそうな顔で言う。


「まさか……。『悪の集団』とやらが、ナオをさらっていったのか?」

「断定はできません。ですがその男はテレポートの呪文を唱えたことから、実力のある者だという事が分かります。ですから、その可能性が高いでしょう」

「くそっ! ナオをどこへやったんだ!」

「今はどうする事もできないだろ。とりあえず『天使の惰眠』に戻ってから、これからの事を話し合おうぜ」


 オレの提案にザーロックは不服そうだったが、しぶしぶ受け入れた。




 都市を歩いていると、周りの建物からも血や酒の臭いがしているのが分かる。ザーロックは、なぜかひたすらつぶやいている。


「人間は今節、退歩する名所にある。その袖手傍観な心は、重商主義のごとく相手を加虐し、生殺の意味をまるで知らずに、大才を憎み、旗頭を不明察なまでに差別しているのだ。見よ、この厳かな態度は鈍色のように人を凄文句し、セクショナリズムな世の中になりつつある。この世界でのサンクチュアリーは、ジュピターの心をも汚し、傑物をやってのけた者が尊敬されるものであったから……」


 頭が痛くなる。この時間が無限に続くかと思いきや、宿が見えてきた。今は午前十時頃だから、充分見分けがつく。オレとソロイはこの状況から逃げるために、ワイバーンに追われているんじゃないかと錯覚しそうなスピードで宿に飛びこんだ。


 少し遅れて、残りの二人も到着した。ザーロックはすでにつぶやくのをやめていたようだ。ソロイが話し始める。


「とりあえず、食事を取ろう。おい、ソレイユ。食堂で適当に食材を選んで、ちゃっちゃっと料理してくれよ」

「ちっ。分かったよ」


 ネバル家は代々料理の指導もされている。だから、こんなことは朝飯前だ。だが、人数が多いから、料理する量もはんぱじゃない。めんどくさいな、まったく。ここは宿だから、食材は大量にあった。オレが肉を切っていた時だ。


「やあ、ソレイユ。私も手伝おう」


 ザーロックだ。オレが声をかける。


「カレーライスを作ろうと思ってるんだ。もしかして、あんたの得意料理なんじゃないか?」

「当たり前だ。野外でナオはナンとカレーしか食べないから、カレーはすでに何百回も作ってきた」

「じゃあ、ナンは?」

「ナオが作る事ができるんだ。数年前に、南国の国のヘブロンやカータンの町、ファンジャウなどに行った事があるんだ。そこでナオはナンという物に出会い、夢中になったんだ」

「あんたはナンを作れるのか?」

「いいや。ナンの作り方を確実に習得したのはナオだけだ。私は全く作れない」

「へぇ。そうなんだ」


 すると突然、向こうの方からいやに大きな声が聞こえてきた。


「おーい。食事はまだかー」


 オレとザーロックは、急いで料理に取りかかった。




 オレたちは朝食をかねた昼食を済ませると、部屋を適当に選んで、話し合うことにした。


「しかし……これといった対策があるだろうか」

「その集団が人を捕らえているとしたら、その数は少なくとも百単位になるんじゃないかな。ていう事は、この都市に大きな神殿とかがあるんじゃないかな」

「おお、ソレイユの言う通りだぞ。そこに行けば、その集団にも会えるって事だな」

「でも、外を出歩いて周りを見てみても、大きな建造物はありませんでした。もしかすると、地下に捕らえられているのかも知れないわ」

「サリィ。魔法で探索してみては?」

「私には無理。地表でなら消費するエネルギーは六〇~八〇ミストで済むけれど、目で見えない地下なら消費量は地表の十倍以上かかってしまいます。ですから、五秒程度にしか探すことができません。仮に見つかったとしても、大量のエネルギーを一瞬で消費するのだから、しばらくは動くことができなくなります」

「ふうむ。やってみる価値はありそうだが、見つかっても、彼女一人をおいていったら、危なすぎる。かといって、人数が限られているから、彼女と誰か一人が宿で待っていても、残りは二人。そんな数で助け出そうとしても、逆にこちらがやられるだろう。どうすればいいんだ」


 その時、ふと考えがひらめいた。


「あのさ、今日は魔法でアジトを見つけ出して、明日行動を開始すればいいんじゃないかな」


 オレの提案に、サリィが首を振る。


「あちらに魔術師がいたとしたら、こっちの魔法の気を感じ取って、逆探知されてしまうわ。ナオを連れていった男を思い出して。あの男は、魔法を使っていたわ」


 そうだった。まだあの男は「悪の集団」の一味であるか分からないが、やはり失敗した時のリスクが大きすぎるんだ。ソロイもオレの考えにうなずいていたが、サリィの言葉を聞くと、がっくりと肩を落とした。ソロイは立ち上がって言う。


「ちくしょう。アジトさえ分かれば、こてんぱんにしてやって、捕らわれている人々を助け出せるのに!」

「ボクが、その手助けをしてあげようかナン?」


 びっくりして立ち上がった時に転びそうになった。部屋の入り口には、いたずらっぽく顔をしかめているナオ・チャンがいたのだ。

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