1、死の海
「起きろ」
なんだよ、まだ眠たいんだよ。この命令を意味のない音として聞くのか、言葉の意味を考えて、すなおに従うのかは、オレの勝手だ。親でもあるまいし、なんでそんなにうるさく言うんだよ。
すでに三度目だ。
オレを起こそうとしていた男は、あきらめたように首をふると、仲間のいるたき火の所へ行ってしまった。なぜ分かるのかって? じつは眠っているふりをしながら、ばれないようにこっそりうす目をあけておいたからだ。オレはその男をしばらく見ていた。
その瞬間、オレは心臓がとびだしそうになった。
べつの男がさっき起こそうとしていた男のそばに行き、しばらく話をしていたかと思うと、一人はロングソードを、もう一人はバトルアックスをオレの方に向けながら、早足でオレに近づいてきている! オレはドラゴンに追われた時と同じくらいのスピードで飛び起きた。
バトルアックスを持った男が笑う。
「ほれ、だから眠ったふりだから、こっそりうす目をあけているんだと言っただろう」
人の心が読めるこのじいさんの名前はセネリックだ。このじじい、見かけはどこにでもいるようなヨボヨボの六五歳だが、戦いの優れたセンスは、オレの故郷の警備兵でも顔負けだ。そのうえ体の肉体は衰えることを知らず、大人でも持ち上げることに苦労する重さのバトルアックスを、片手で軽々と持ち上げているんだ。信じられるか、まったく。若くて実力のある戦士よりも、このじいさんが戦いに参加したのは、そういう理由からきている。
ロングソードを持っている、いかにも腕っぷしが強そうな男はサムという。剣術が自由自在に使えるだけでなく、風の精霊、シルフをあやつれる。それを使って、たくさんの怪物を倒してきたんだ。サムはオレと同じ故郷の出身で、前にオレらの村をオーガ五匹がおそってきた時に、なんと一人で全員倒して、村を守ったんだ。オレはそんな事を考えながら言う。
「まったく、おそろしい能力だよな。だけど、こんなくだらない事のために力を使っていたら、戦いの途中ですっからかんになってしまうぞ」
「なーに、こんな事ではなくならんよ。心配するな」
するとたき火をしていた女性が言う。
「そろそろ時間よ。走れる準備をしておいてね」
この声の主はエルフだ。名前は、アーリアという。アーリアは、いろいろな魔法が使えるんだ。回復呪文はもちろんのこと、攻撃呪文や防御呪文など、ピンチでしか使えない最強の呪文を持っている。
「長い間、待っていたが、やっとその時がきたか。みんな、用意はいいか?」
みんながいっせいにうなずいた。じつはここは、死の海なんだ。あの有名な、死しか待たない海が、周りに果てしなく広がっている。しかし、十年に一度だけ、触るだけで毒におかされとけてしまう水が、一本の道を作ってくれるのだ。そこに続く道は帝王の城。しかもその道は一分しかもたず、短い時間で道を通らなければならない。どうやって通るのかって? おとなしくしていれば、すぐに分かるさ。
アーリアが呪文を唱える。
「ハースト!」
突然、足が光り出した。へえ、これが移動速度を十倍に上げる呪文か。オレたちはじりじりと時を待つ。
いきなりの沈黙。
すると、地面と水が一斉にゆれ始めた。ドドドドドー。
「みんな、落ち着け!」というサムの声もすぐにかき消された。くそ、こんなすごいゆれは、「時」が来たとしか考えられない。
「時間がない。道ができたぞ。走れ!」
前方を見ると、水がうそのように一本の道になっていた。見ると、小さい魚が、不満そうにピチピチはねている。こんな海に、生き物が? だが、考えている時間はない。あとは走るだけ。うりゃ!
風をきって走るのは、心地がいい。スピード感のある景色もすばらしく最高……だといいんだが、周りは黒一色で、海と空の区別がつかない。
「あと三十秒……二十秒……十五秒……よし、城が見えたぞ。間に合いそうだ」
サムが言った。まさかだろ。あのイノシシみたいな体が、あんなにも速く走り、みんなの先頭に立っている。
「残り五……三、二、一、〇。死んでしまったやつ、海に取り残されて海のもずく[ここは原文の通りである]となってかなしい結末をむかえたやつがいたら返事をしろ」
もちろん、返事はない。いや、みんな返事ができないんだ。サムがすぐにふりかえると、みんな立ちつくしていることに気付いたようだ。
「みんな、どう……」
サムも立ちつくしてしまった。ただ一人、セネリックを残して。
セネリックは、上半身に異常はない。だが、あるはずの下半身がない。セネリックは間に合おうと安全地帯に飛びこんだ。しかし、時間切れになった瞬間に水がセネリックの足をおそったのだ。
「すまぬ。間に……合わなかっ……た。あとは……まかせ…………た」
セネリックは倒れてしまった。オレたちがいくら呼んでも答えは返ってはこない。死んでしまったのだ。上半身だけを残した、ぶざまな姿で。
サムは荒っぽく涙をぬぐうと、ふるえる声で言った。
「行きましょう、二人とも。セネリックの思いをむだにしてはいけない。セネリックの思いはただひとつ、帝王を打ち破ることだったはずです」
オレとアーリアは立ちあがった。セネリックは、そのままでいいだろう。なぜなら、上半身も海の毒によって腐り始めたからだ。ついに骨だけになると、オレたち三人は帝王の城へと足を踏み入れた。と思いきや、城の門を開ける合言葉を忘れてしまった。くそったれ。
突然、門がしゃべり始めた。
「合い言葉は?」




