異端という悪5
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魔術とは、古代から続く科学とは別の道を歩んだもう一つの人類の叡智だ。
ではその違いは何か。
言っていけば沢山の答えがあるであろう問いであるが、その中の一つはその一般性、選民性にあるといえよう。
魔術は、選ばれたものにしか使えない。
そして選ばれなかった大多数のものたちは新しい拠り所を求めた。
故に、誰にでもその門を開く科学は多くの人々に選ばれ、社会の実権を魔術から奪い取ることに成功した。
逆に魔術は表舞台から遠退くことでそれを追求する人口も減り、当然の如く文明的な衰退を迎えた。
言い替えると、科学の文明と反比例する形で発展と進化の速読は下がっていったのである。
更には大きくなった科学という名の権力、もとい暴力の下、選ばれなかったものたちは魔術をオカルトと呼び、一部の選民たちを否定するに至ったのだ。
だが、いくら否定しようとあるものはあるのだ。
確かに科学的に魔術は存在しないとしよう。
だが、そもそも魔術と科学は別物であって、根底からして違うのである。
大きな桃の木をいくら綿密に枝の先までじっくり監察したところで隣に生えている柿の木と同じ実を見つけることは出来ないのと同じで、魔術を科学的に捉えようとするのがそもそもの間違いなのだ。
ここで大切なのは、まだ魔術がなくなったわけではないということだ。
つまりそれを使った犯罪は存在し、またその存在が明るみにでれば現代の社会基盤をそのままひっくり返しかねないのだ。
世界の主導者たちにとっても、この危険性を無視するわけにはいかない。
故に、殆どの国が魔導犯罪やテロに備えて専門の組織を保有しているものである。
日本もその例外ではない。
警視庁特務課という国家権力直属の組織がそれにあたり、国内の魔導犯罪を取り締まっている。
特務課はその特殊性からやや他とは違った組織形態をとっている。
課長の下にはいくつかの特務班と呼ばれる調査兼実地の班が存在し、それらの班長と課長との間にクッションは挟まれない。
故に巳頼湊は特務課第二班班長であり、課の中ではナンバー2の人間でもある。
彼は現在、この町で魔術師を雇った暴力団同士の闘争があると情報を手にいれ、警戒にあたっていた。
『湊班長!魔力反応、第一公園からです!』
そんな彼の耳に中間の声が無線を使って入ってくる。
「了解。近いのは俺と……、氷室だな。氷室は俺と第一公園へ向かうぞ。他はそのまま警戒にあたれ。」
『了解です』
『了解しました』
『了解……あ……!?』
矢継ぎ早に返ってくる返答の中、先ほど魔力反応について知らせた女が焦ったような声を上げる。
「どうした、照橋」
『気をつけてください。偶然かも知れませんが、近くに高瀬穂波の反応があります。』
「……。了解。」
公園付近の住宅の屋根の上に着くと氷室と呼ばれていた青年が既に身を低くして、公園の方を凝視していた。
魔力を目に集めて一時的に視力を高めているのだ。
魔力の元は生命エネルギーのため、それらを身体に流すことでこのように肉体面を強化することができるのだ。
勿論それは、きちんと強化系の魔術式を組み立てて行う強化には及ばない。
ただ漠然と擬似的な生命力が補填されるだけであって、皮膚を硬化させたり、壁を打ち抜いたりはできない。
加えて魔力の効率も悪い。
得られる効果と魔力の消費量が見合っていないのだ。
並の魔力保有量、精製量程度では直ぐに魔力が切れてしまう。
だがメリットもある。
まず第一に式を組み立てる必要がないため、起動が早い。
第二に難しい操作を必要としないため周囲の自然的魔力、通称マナと呼ばれるそれに左右されにくいのだ。
魔力には自分の内から作り出すもの、通称精製魔力と自然が生み出すマナの二つがあり、前者は扱いやすく、後者は膨大なエネルギーを有するという特徴がある。
故に通常の魔術には精製魔力を用い、大魔術を行う際にその必要とするエネルギー量からマナが用いられるのだが、マナは極めて不安定であり、場所や時間、その他色々な事象に影響を受けて流れが絶えず変わり続けるのだ。
それはマナを使用しない魔術にも影響を与え、複雑な魔術式であればあるほどマナの流れによって崩れてしまうことがあるのだ。
以上のことから、このただ魔力を身体に流すだけの技術は色々な場面で重宝するのである。
「どうだ?」
「……彼岸花が、接触しました。」
「……!」
湊の顔が強張る。
「では、高瀬穂波は黒と見て良いな」
「突入しますか?」
湊もまた、目に魔力を流して公園の様子を見る。
「いや、まだ隙を窺おう。ここまで手札を広げず、逃げ切ってきた6レート魔導犯だ。飛び出していって簡単に捕まえられるとは限らない」
「了解しました」
そして二人は公園へと意識を集中させる。
獲物が油断するのを待つ鷹のように。