異端という悪2
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(小学生の頃のことだ。
喧嘩が弱く、頭もそんなによくなかった俺はクラスメートたちからイジメを受けていた。
最初のキッカケは何だったか……、思い出せないが、随分と些細なことだったと思う。
その頃の俺は毎日を指差され笑われながら生きていた。
それでもいつかは皆と仲良くなれるだろう、と信じて我慢していた。
そんな毎日が決定的な崩壊を迎えたのはある夏の日のことだった)
(ふふ、大きくなったなぁ)
少年、倉田善雄はケースを両手に持ち、ダイヤモンドを鑑定するかのように上下左右からじっくりと眺め、一人でにやにやとしていた。
少年は今日もイジメられて帰ってきたのだが、気持ちはいつもと違っていた。
(これを見せたら皆驚くだろうな……。そしたら今度こそ仲良くなってくれるかもしれない)
そう、少年には秘策があったのだ。
それが今手に持っているカブトムシだった。
今まで何度も仲良くなろうと歩み寄っては失敗する善雄であったが、諦めずに今度こそはと何度も挑戦していた。
そして、その中でも今回は意気込みが違った。
カブトムシの話題でクラスメート達が盛り上がっているのを知ったのは夏休みに入る前だ。
「誰が一番大きなカブトを捕れるか勝負だ!」
そんなことを誰かが言い始め、夏休みが明けて初めの土曜日、つまり明日の朝学校近くの公園で大会をすることになったのだ。
当然、少年に誘いをかける者などいなかったが、それを気にするどころか、むしろ皆を驚かしてやろうと思っていたのだ。
(あの大会の話を聞いてからすぐにカブトムシを探しに行ったけど、なかなか見つからなかったんだよね……。
ようやく見つけたカブくんは凄い小さかったし、こんなに育つなんて思わなかったよ)
少年のいう通り、カブトムシはもともととても小さかった。
しかし、毎日毎日一生懸命に育てられたカブトムシは中々目にすることがない大きさへと変貌していた。
少年が込めた想いは『ただ、皆と仲良くなりたい』もしかすると、そんな純粋な想いをカブトムシも受け取ったのかもしれない。
何はともあれ一ヶ月以上も生活を共にした或いは友とも言えるカブトムシには当然、愛着も沸く。
それからもしばらくニコニコと眺めていると父親がトントンと部屋の扉をノックした。
「善雄、訓練の時間だ」
「は、はい。分かりました」
慌ててケースを机の上に置き、居住まいを正すと扉へと歩きだそうとし、カブトムシの方を振り返った。
「明日は頑張ってよね、カブくん」
つん、とケースを指先でつつくと「おうよ」とでも応えるかのようにカブトムシは角を持ち上げてみせた。
朝、公園へと着いてみると既に大会は開催されていた。
わぁわぁ、と楽しげに騒ぐ同い年の子どもたちの声に釣られて少年も自然と足取りが軽くなる。
しかし公園に足を踏み入れ、集まっているクラスメートのうちの一人がこちらに気づいた瞬間、そんな浮かれた気持ちは消し飛んだ。
「あれ……、お前……、倉田じゃん……」
集まる視線。
その圧倒的な重圧に晒され、否が応にも自身に対する異物感を認識させられて、少年は立ち竦んでしまった。
「おい、誰だよ……、あいつ呼んだの」
「知らないよ、盗み聞きでもしたんじゃないの?」
「それで呼ばれてもいないのに来たの?」
「恥ずかしくないのかな」
「どうなんだよ、根倉田」
先ほどとはうって変わって耳障りな笑い声が辺りを包む。
「あ、あの……!」
それでも少年は勇気を振り絞って歩み寄る。
「僕のカブトムシも参加させてくれないかな……」
その意外な一言によって束の間の静寂が場を支配した。
「いいよ、出してみろよ。どうせ根倉田みてぇに小せぇんだろ?」
ガキ大将のようなポジションの男子がバカにして言うが、少年はそれに「えへへ、ありがとう」と返す。
「カブちゃん、でておいで」
少年は籠の中に指をいれるとカブトムシをつまみ上げる。
「ど、どうかな?結構大きくなったと思うんだけど……」
「おぉ!すげぇ!」
「どこで見つけたんだ、それ!」
少年のカブトムシの予想外の大きさに興奮したのか、何人かの本音が漏れる。
「おい、お前それ捕まえたんじゃなくて買ったんだろ。ズルだぞ、そういうのは」
しかしガキ大将としての意地なのであろう、先ほどの男子がムキになって難癖をつける。
「か、買ってないよ。この子はこの公園で捕まえたんだよ」
「え、この公園で!?」
「どこの木!?教えろよ!」
大人がみれば現金なものだが、当の本人たちは大真面目である。
しかし、それでもガキ大将の男子は納得しない。
「でもさ、大きさだけじゃ意味ないよな!やっぱりカブトムシは強くないと!」
自身のカブトムシを箱から出すと集団の中心にあった丸太の上に置く。
「こいつと勝負だ!」
「え、でも闘うってカブちゃんが可哀想……」
「なんだ、逃げんのか?」
渋々といった様子で少年もカブトムシを丸太に乗せる。
「が、頑張ってね、カブちゃん!ケガしないで!」
互いのカブトムシが角を付き合わせ、そしてバトルが始まる。
「うわ、強い……!」
誰かの口から漏れたそれは見ていた全員の本音である。
ガキ大将のカブトムシもそれなりに大きいのだが、少年のカブトムシに一歩及ばない。
もう勝負がつくと皆が思ったときガキ大将は余程悔しかったのか暴挙にでた。
「台風が発生しましたー!」
突然少年のカブトムシに息を吹き掛け始める。
それでも少年のカブトムシがびくともしないとみると彼の妨害はよりエスカレートする。
「あ!台風で枝が飛んできましたー!」
近くに落ちていた枝を投げつける。
「や、やめてよ!カブちゃんが可哀想だよ!」
少年は勇気を持って前にでるが小柄なその体は呆気なく倒された。
「根倉田の癖に生意気だぞ!」
その様をみて流石にやりすぎでは、と思う者もいたがしかし、誰もそれを口にできず二人を遠巻きに見ているだけだった。
だが漂い始めたピリピリとした空気は呆気なく散った。
「あ!」
誰かが声をあげると同時に少年のカブトムシが相手のカブトムシを持ち上げ、丸太の上から落としたのだ。
「やっぱすげーよ、倉田のカブトムシ!」
「お前もそんなムキになんなよ!」
「ていうか倉田、今まで意地悪してゴメン!一緒に遊ぼうぜ!」
早く緊張から逃れたいという気持ちと素直な称賛の気持ちから、同級生達は一転して少年に友好的な声をかけた。
「みんな……!」
ぱっ、と顔を明るくする少年だが、気にくわない者もいる。
目の前のガキ大将は自分の子分である同級生たちに裏切られたという図々しくも見当違いな想いを抱き、憤然として倒れたままの少年に詰め寄った。
「皆がなんと言おうと、俺はお前なんか絶対友だちにしてやらないからな!」
「そ、そんな!仲良くしてよ……」
悪意ではなく本心から言って見上げる少年に自身の劣等感を味あわされたガキ大将に、どうにかしてこの少年を叩きのめしたいという欲望が生まれる。
そしてガキ大将の視界にはちらりと少年のカブトムシが映った。
自身の発想による興奮から思わず口の端がつり上がる。
「お前なんか!こうしてやる!」
足を持ち上げると少年は咄嗟に顔を庇う。
グシャ。
果たして、音が聞こえたのはのは少年のすぐ横、友だち同然に生活を共にしてきたカブトムシのいた場所だった。
「あ……、あぁ……!ああああぁぁぁぁ……!!」
「おっと、間違えちまった。次はちゃんと当ててやるよ」
誰もが呆気にとられる中、少年の心が砕けていく様を一人満足気に眺めながらもう一度足を上げる。
(泣くほどかよ、やっぱ根倉田はキモいな!)
ドン、と足は肩にあたり少年は横倒しになる。
「カブトムシは強くてもお前が弱いことには変わりないんだよ!調子にのんな!」
(どうだ、ざまあみろ!)
してやったり、そんな想いに耽っていたガキ大将だが、響いてきた低く震える怒りの声に一瞬のまれかける。
「ふざけんなよ……!」
そして少年は彼を睨み付ける。
今までイジメを受けても困ったように笑顔を浮かべるだけだった、弱く、優しく、都合の良い少年はそこにいなかった。
「調子に乗ってんのは、お前の方だろ!!」
「は、はぁ?なにキレてんだよ、キモいんだよ!」
「殺してやる……!」
怖じ気づきそうになった自身を奮い立たせようとした言葉はしかし、少年という火へ油を注ぐ結果になった。
少年はゆったりと立ち上がると拳を握りしめた。
それに対し、ガキ大将は慣れない様子で構えをとる。
この時、端から見ればただの子ども同士の喧嘩として映る光景は、そちら側に通じているものが見れば感嘆の声をあげたことだろう。
複雑な式と自らの血、繊細な魔力のコントロールをすることによって行使される非科学的な現象、力を生み出す魔術が少年の肘周辺に展開されていたのだ。
驚くべきはその魔術的な意味合いを持つ式の入力法である。
通常、魔術式と呼ばれるそれは魔力を込めた詠唱、或いは描かれた魔方陣に魔力を流すことによって完成させられるものであるが、この少年は自身の魔力に形を持たせることで代用しているのだ。
ただでさえ安定させることの難しい魔力で精緻な魔術式を組み上げるこのプロジェクションという技術は非常に難易度が高く使いこなせる者は魔術師のなかでも一部の上級者だけだ。
それをこの少年は拙いながらも実行しているのだ。
組み上げた式はブーストとプロテクション。加速系、強化系の一般魔術だ。術自体はそこまで難しいものではないが何の心得もなく、ただ周りより少し早く成長しただけの同級生では相手にならない。
その結果起こるのは、
ドン!!!
およそ小学生が殴っただけとは思えない程重たい音が大気を揺らす。
高速で打ち込まれた硬い拳はガキ大将の顔面を捕らえ、一瞬にして意識を刈り取ったのであった。