異端という悪1
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日が沈み、街が第二の朝を迎える頃ここ、キャバウェイも徐々に盛り上がりを見せていく。
店の中ではあちらこちらから笑い声や鬱憤とした愚痴などがアルコールの匂いとともに聞こえてくる。
ただこういった夜の店では往々にしてルールを守れない、所謂お呼びでない客というものが存在するものだ。
「あ!?テメェ、何お客様の顔を叩いてくれてんだよ?お客様は神様だろうが、どう落とし前つけてくれんだよ」
「よく言うわよ!タッチはNGって何度も忠告したじゃない!ルールを守れない人なんてお客様じゃないわ!早く出てって」
「おいおいおい、随分な言い様じゃねぇか、あぁ!?それは俺に喧嘩売ってんのか?」
「お客さま、どうなさいましたか?」
騒ぎを聞きつけた男の従業員がすぐに駆けつける。
「この女がよお、いきなり俺の顔をぶっ叩きやがったんだよ」
「何度も止めてって言ったのに私に触ろうとしたからでしょ!?」
「あぁ!?おめぇ、ここは接待を売りにしてるんだろ?なら、そんくらいのサービスするのが当然だろうが!」
「失礼ですがお客さま、当店では女性店員への接触はご遠慮していただいておりまして……」
「あぁん!?ただの水商売人のくせに偉そうなこと言いやがって……!」
ついに我慢できなくなったのか、男がキャバ嬢に掴みかかろうとした。
「待ちな」
その手を脇から伸びた手が掴み、動きを止める。
「葛本さん!」
キャバ嬢がほっとしたような声をあげる。
葛本はそれにシニカルな笑みをもって返すと男へ向き直った。
「店長の葛本だ。ここじゃ他の客に迷惑がかかっちまうから、文句があんなら表で話そうぜ?」
「……っ!」
男は葛本の堅気ではない臭いを感じ取ったのだろう。
捕まれた手を振りほどくと安い捨て台詞を残して店を出ていった。
男の退店を見届けると葛本は爽やかな笑みを顔に張り付けてキャバ嬢を見やった。
「大丈夫だった?ごめんね、すぐに気づけなくって。」
「あ、いえ!大丈夫です!ありがとうございます、葛本さんっ!」
葛本は顔を少し染めて告げる彼女に優しく微笑む。
これが若くしてキャバウェイという大きな稼ぎを任された葛本のカリスマ性である。
(それだけでなく、一般の方からみれば垢抜けて腕も立つそうですけれども)
そんな様を奥の方の席から高瀬穂波は冷静に観察していた。
すると顔を上げた葛本と視線が合い、アイコンタクトを送られた。
(アイコンタクトなんて送って下さらなくても私なら視て分かりますが……)
「なかなか面白そうですわね」
呟きながら穂波は誰にも見られぬよう口の端を吊り上げながら店の裏へと入っていった。