悪意の循環2
都内にある接待飲食店、所謂キャバクラの中でも一際大きなキャバウェイという店に彼女はいる。
高瀬穂波。特段指名が多かったり、絶世の美女であったりという訳ではなく、むしろキャバクラ界では大して注目を浴びていないと言えるこの女性であるが、もう少し裏の世界へ入っていくとその名前は大きな意味を持ってくる。
通称、闇探偵。よく探偵と言うと難事件をたちどころに次々と名推理を持って解き明かしていくといったものを想像する者もいるが、現実における探偵の主な仕事は素行調査や身元調査、人捜しなどである。
高瀬はキャバ嬢を勤めながらそういった探偵の仕事も兼ねている。が、当然それだけで闇探偵などとは呼ばれないであろう。
裏世界の者曰く、依頼人が求める結果を持って帰る探偵。今ある事実を調べ証拠を取り、依頼人に情報を提供する探偵とそれとではやはり一線を画したものがあるだろう。
それが善なのか悪なのか。正しいのか間違っているのかはともかくとして。
「あの……、高瀬さんという方はいらっしゃいますか?」
「あ、はい。穂波ちゃんですね?今お呼びします」
キャバウェイの入口で現代風のウェイトレス服を着た受付の男が確認をとると、その後ろに控えていた別の男がすぐに指名の入った店員を呼びにいく。
そんな光景を感情の消えた瞳で眺めていると、好奇心が抑えきれなかったのか受付の男が声をかけてきた。
「女性の方々のみでのご来店というのも珍しいですね、穂波ちゃんのご友人か何かですか?」
「いえ……」
慣れない場所へ来たことと、高瀬という風の噂でしか聞いたことのない人物が本当に噂通りの人物なのかなどの不安がぐるぐると渦巻き男の質問に答えあぐねていると奥の部屋からでてきた若い女性が短い沈黙を破った。
「ご指名ありがとうごさいます。穂波です」
言いながら女性は私たち三人の顔を見回した。
やはり女性だけでの来店というのは珍しいのだろう。
見回した後も暫しの間じっとこちらを見つめてからようやく口を開いた。
「大野さん、いつもの席を使わせていただきますね?」
どうやら受付の男は大野という名前らしい。「あぁ」と苦笑いで首肯した。
「では、こちらへ」
私たちは猜疑心を抱きながら歩きだした彼女の背に続いた。
「依頼、の前に一応ここは飲食店ですのでご注文をお願いします」
席につくなり穂波が言うと流石に驚いたのか来店者の女性三名はまじまじと穂波を見つめた。
「なんで、私たちが考えてるこ……」
「特に希望がなければこのグレープカクテルをお勧めします。比較的安いですし」
「あ、じゃあそれで……」
お願いします。と言うと穂波はにこりと笑って「私人の考えてることを読み取るの、得意なんです」と言った。
暫くしてカクテルがテーブルに届けられると、穂波が口を開いた。
「さて、どうしました?まずは何があったのかをお聞かせください」
言われた三人がチラチラと周りを気にしながら口ごもっているとまた穂波が口を開く。
「ここの席、ちょうど奥まった所にあって周りには話し声が聞こえなくなっていますから大丈夫ですよ」
するとようやく三人のうちの一人が事情を語り始めた。
「私たち、ここにいる三人と男友達一人の四人で街で遊んでいたんです。
そしたら営業マン風の人が来て化粧品を試してみないかと言われたんです。
明らかに怪しいと思ったのですが、特に会員登録などの条件もなく一週間分お試し用としてプレゼントすると言われたので貰ってみるだけ貰ってみようと思い、その人に皆でついていったんです。そしたら……」
そこまで語ってから女性は言いづらそうに下を向いた。
「良いんですよ、嫌なことは無理に言わなくても。気がついたら男たちに囲まれていて乱暴をされた、そんな所でしょう」
穂波が辛そうな顔をしながら言うと三人は驚きながらも温かさを感じながら穂波を見返した。
「男の友人は私たちを逃がそうとしてくれたのですが、袋叩きにされて重症を負い、今は入院中です。それに加えて私たちを守れなかったと涙を流しながら悔しがり、精神の方まで限界にきてしまっているんです」
「それは許せませんね」
穂波が真剣な顔をしていうと彼女らは頷き、そして別の一人が口を開いた。
「私たちはその男に復讐をしたいんです」
「どうやって?」
「え、いや、それは……」
今まで首肯しかしていなかった穂波から突然の切り返しをくらいたちまち女性は口ごもったがその言葉尻を他の二人が継いだ。
「正しい法の力をもってです」
「ですが、そう簡単にもいかなくて……」
「弱みを握られましたか」
「はい……、写真や動画を撮られていて、もし他言したらそれをばら蒔くと脅されているんです」
「古典的ながら有効な脅しですね」
「ですので闇探偵として名高き高瀬さんに依頼したいのはデータを消してもらいたい、ということなのです。どうでしょう?お請けいただけますか?」
すると穂波はにこりと笑い返した。
だがその笑顔はどこか不自然であり、相手の心臓を止めるかのような迫力があった。
「それだけ、ではないですよね?」
「え……?」
「本当のことを言ってください。貴女方の望みはそんなことではないはずです」
「何を……言って……」
「私はそう、名高き闇探偵ですよ?わざわざそんな疑わしい人間を捜しだしてまでそれは依頼することではありません。もっと、他に、あるでしょう?」
口角が段々とつり上がり、目は細く開かれる。その様はまるで獰猛な獣が獲物を見つけたかのようだった。
すっと穂波の口が耳元へ寄せられる。
「復讐、したいんでしょう……?」
サッと血の気が引いて三人の顔が青くなる。
「法で、なんて急にお利口さんぶらなくていいんです」
穂波はそれを愉快そうに睨めつけながら続ける。
「もっと暴力的な方法で、自分たちが与えられた苦痛と同じ苦痛を与えたい。そうでしょう?」
その言葉は深く傷ついた彼女たちの心をゆっくりと毒のように蝕んでいく。
「だってそのためにずっと私を捜していたんですもの」
異論は認めない。いや、あるはずがない。そういった意図を思わせるほどはっきりと言い切る。
「大丈夫ですよ、私は依頼主様の望む結果を持ってくる闇探偵ですから」
そして穂波は最後の一押しをする。
「正直な気持ちを教えてください」
青ざめた彼女たちはその後に続く穂波の言葉が紛れもない自分たちの本心であるという確信と共に、それを認めたくないという想いが膨れ上がり精一杯の力を振り絞って首を僅かに横へふった。
「何を躊躇する必要があるのです」
しかしそんな彼女たちの理性を穂波は認めない。
そして彼女たちが心に抱きつつも必至に押し止めていた感情を解き放つ呪文を告げる。
「殺したいのでしょう……?」