悪意の循環1
入り組んだ路地の奥、都市化の進んだ現代の日本では数が少なくなった非合法の舞台とも言えるその場所では今、男達の下卑た笑い声が聞こえていた。
「一人じゃ物足りないかと思ってよぉ、お前のお相手をしてくれる優しいお兄さんたちを沢山呼んでおいてやったんだぜ?粋な計らいだろ?感謝しろよな」
「しっかし、こいつは本当に上玉だな。どこでこんなイイ女見つけたんだよ、オマエ」
「あ?見つけたも何もテメェから声掛けてきやがっただよ。俺の隠しきれないこの色香に惹かれちゃったのかなぁ?」
「オマエのは色香なんて上品なものじゃねぇだろ、どちらかと言うと煩悩とか色欲とかだろ」
「違いねぇな、まあ大方小遣い稼ぎのつもりだったんだろ。高いスーツを着てるだけで、こんなイイ女が近づいてくるってんだから金持ちは汚ぇよな」
「それで付いてく女も女だけどな」
「だからこうしてゴミみたいな女たちに優しい俺たち貧乏人が社会勉強をさせてやるんだろうが」
「そーだった、そーだった。いやー待たせちゃって悪いね、えーと何ちゃんだっけ?まあ名前なんてどうでもいいんだけど。あははは!」
「あー大丈夫大丈夫、そんな心配そうな顔しなくてもお兄さんたちがちゃーんと朝まで遊んであげるから」
ゲラゲラとひとしきり笑ったあと男達の目は取り囲んだ中心に座り込む少女へと向けられた。
遊びなれているといった印象を受ける露出多めの服装に小さな鞄と明るい茶髪をした少女だがその顔に浮かぶのは後悔と不安、そして絶望の色だった。
「言っとくけど叫んでも助けは来ないよ?むしろここじゃ君の遊び相手が増えるだけかもね。ま、これも社会勉強だと思って諦めなよ」
「いつまでもつかなぁ?こいつ」
「さっさとヤっちまおうぜ」
「俺もう待ちきれねぇよ」
「まあ、待て。連れてきたのは俺なんだから最初は俺にヤらせろ」
三日月形に口を歪ませた男たちのうちの一人がそう言いながらしゃがみこみ少女へと手を伸ばす。
「や、約束が違うじゃない……!」
「約束ぅ?別に俺は楽しませてあげるとしか言ってないけどぉ?」
「おま、そんな痒いこと言ったのかよ、ウケるんですけど」
「そんな台詞も高そうな身なりをしてると誤解してくれるんだよ、こういう脳の無い女はよ」
一度止まった手が再び少女へと伸びると少女は目尻に涙を浮かべ顔を反らした。
その様子を満足気に見ながら男が少女のボタンに手をかける、そこで異変は起こった。
「え……?あれ……?」
ボタンに手をかけたはずの男の手はまるで3D映像を掴もうとした時のようにすり抜けたのだ。
「嘘つき」
少女が顔を反らしたまま呟く。
その時にはしゃがみこんだ男だけでない全員が異変に気がついていた。
「楽しませてくれるって言ったのに……」
「お、おい!?これどうなってるんだ!?」
「し、知らねぇよ!オマエが連れてきたんだろ!?なんとかしろよ!」
「こ、この野郎!」
少女をいたぶろうとしてなのか持ってきていた金属バットを一人が叩きつけるが当たり前のようにその先は空を切り、地面を叩いた。
にやり、と少女の口角がつり上がり男達を見上げる。
「全然楽しくないわ」
「ガッ!?」
言い終わると同時にバットを持った男が前に倒れ込んだ。
後頭部からドクドクと赤い液体が溢れだし辺りを染め上げていく。
しかし残された男達の視線はその後ろに佇む影へと固定されていた。
闇に溶け込むかのような黒いゴスロリに左右でクルクルと長く巻かれた深藍色のツインテール。
体つきは華奢であり、隠しきれない美貌も覗かせる少女であるが、何よりも印象を与えるのは頭に差した不自然なほど大きな髪飾りだ。
髪飾りは真っ赤な彼岸花を模しており、見るものに不気味な違和感を与える。
「前置きは長いし、やることはそこら辺の低脳共と大して変わらないじゃないですか。これで私にどう楽しめとおっしゃるのですか?」
すっと少女は鉄パイプを持った右手を下ろすと後ずさった男達へ近づいていく。
「こ、こんのクソ女がァ!!」
雰囲気に呑まれていた男達のうちの一人が我を取り戻し少女へと殴りかかった。が、
「なッ……!?」
踏み込もうとした足を顔色一つ変えることなく少女はパイプで薙ぎ、手をついた男の顔に追撃を加えた。
少女の一撃は真正面から鼻骨を捉え、男を気絶させてしまった。
流れるような一連の動作にようやく他の男達は少女の力をなんとなくだが理解する。
これは自分たちが身をおく世界で蔓延る喧嘩や脅しのための力ではなく、もっと別の世界、殺しのための力である、と。
倒れ込む男のこめかみにもう一度鉄パイプを振り、トドメを刺してから少女の視線が残った男達へと向けられた。
「ひっ……!?」
思わずそんな間抜けな声が誰かの口から漏れる。
今すぐ逃げ出したいが背中を向けたら殺られる。
そんな緊張に顔を強張らせているとくすり、と少女がはにかんだ。
「せめて死の悲鳴で私を楽しませてくださいませ」
「逃げろっ!!」
一人が叫び近くに落ちていた空き缶を少女に向かって蹴りつけながら叫ぶ。
逃亡へ移るための一瞬の隙を作ろうとしたのだ。
男は缶の先を見ずに振り向き様に全力で走り出そうとし、息を呑んだ。
振り向いた目の前に、後ろにいたはずの少女の顔があったのだ。
「今の発想は良ろしかったかと思います。あなたはこの中でも特に喧嘩慣れしているようですね」
言いながら少女は鉄パイプを振りかぶる。
『右から来るか……?』
その様を男は動揺を押さえつけながら努めて冷静に観察していた。
「ただ、思いついてから実行に移すまでに時間をかけすぎです。一流の人間を相手にした場合、それでは狙いに気づかれてしまいますわ」
『なら、腹ぁくくって受け止めると同時に左へ逃げるしかないな。骨折くらいで逃げれるのなら安いもんだろ』
男がそう算段をつけると同時に鉄パイプが風を切った。
『来たっ……!』
次の瞬間、鈍い音と共に男はその場に倒れた。
『な、んで……ッ?』
理解出来ぬまま伏した男は己の左こめかみに手をやる。
その様を満足気に見下ろしながら少女は言った。
「残念、左ですわ」
鉄パイプが再び振り下ろされ、男は世界から乖離した。
「さて、あと二人……話している間に逃げられてしまいましたわね」
あらあら、とわざとらしく唇に人差し指を当てておどけるが、その口の端は未だつり上がっていた。
「逃がすつもりなど毛頭ありませんが」