日雇いコリーとおどけた道化
ご閲覧頂きありがとうございます。
ついに、佳境に差し掛かってきました。
どうかよろしくお願いします。
“小夜鳴き鳥の止まり木”に着いてすぐ、俺はジャックに連絡をとった。“星屑の休憩所”でも一応連絡はとっていたのだが、急用が入ったとも限らない。確認するのが賢明だろう。
「それで、なんだって?」
連絡を取って戻ってきた俺に、ラウラが弾む口調で尋ねる。
「何でも、今は家にいるらしい。迎えにいくから待ってろだってよ」
「そうですか、ならば、あまり動かない方が良さそうですね。——と、言っても意味はないのでしょうが……」
呆れた様子で呟くパティーの横で、ラウラがふらふらと動き回る。パティーは大きくため息を吐くと、やれやれと肩をすくめてみせた。その様子はなんとも人間らしい。
「うっわぁ……! ここ、ホントに何でも揃ってるんだね! あ、これなんか動きやすそう——うわっ!?」
あたりの露店を見回していたラウラが、こちらに歩いてきた男性にぶつかった。バランスを崩し、そのままよろめく。
「おっ……と。大丈夫かい? ケガはない?」
柔和な態度、穏やかな物腰。軽薄さを感じさせない柔らかな発音に、俺は心当たりがあった。
「久しぶりだな、ジャック」
俺が声をかけると、ジャックは驚いた様子で俺を見てからふっと笑った。年頃の娘なら簡単に恋に落ちそうな笑顔だ。しかし、せっかくの温和な笑みも少女二人には効果がないようだった。ラウラは眉間にしわを寄せたままじりじりと後退しているし、パティーに至ってはまったくの無表情である。ジャックから焦点を外しているのか虚ろに見えた。
「久しぶりってほどじゃないが……しばらくぶりだね、コリー。——そちらのお嬢さんは?」
ジャックがラウラを見て言う。すぐに答えようかとも思ったが、賞金首だということを思い出して止めた。名前は連絡してあるのだからそこはかとなく言えば伝わるだろう。
「今回の台風の目だ。で、こっちはパティー」
俺が名前を言うと、パティーは深々とお辞儀をした。顔を上げた直後に見えた表情はいつもより仏頂面だったが、他に変化はない。ただ単に虫の居所が悪いのだろう。
「なるほど、君が……。よろしく、お嬢さん方。あぁ、それでコリー。依頼されたことについて二人で話したいことがあるんだが……いいかな?」
「あぁ、いいぜ。こういう話にガキを連れ込むのも何だしな」
ラウラもパティーも未成年だ。あまりこういった金銭がらみの話に巻き込むべきではないだろう。
「僕たちが話をしている間、お嬢さん方は町を見て回るといい。あ……でも少し危険か——」
小夜鳴き鳥の止まり木は比較的治安がいい方だが、それでも安全とは言えない。まだ至る所に危険な地区がある。土地勘のない彼女たちが迷い込まないという保証はない。
「このあたりは前に何度か来たことがあります。主にはパティーがついておりますので大丈夫です。ご心配には及びません」
「本当か? ならいいが……。あまり遠くへは行くなよ。待ち合わせは宿屋でいいか?」
ラウラを庇うようにして立つパティーは、小さく頷いて一礼した。すると、ジャックが小さく「僕らも場所を移そう」と呟くように言う。俺は頷き、街に繰り出す少女二人に軽く手を振った。
話し合いの場所として選んだのは俺がラウラと初めて出会った酒場だった。入りやすい空気ではなかったが、今は距離をとられていることが逆にありがたかった。多分ジャックは二人には聞かせられないような話をするつもりだ。無闇に干渉して欲しくなかった。
「それで、コリー。分かっているとは思うが、僕はこれから酷なことを言うと思う。どうか、落ち着いて聞いて欲しい」
「……あぁ」
いつになく重苦しい口調だった。自然と背筋が伸びる。鼓動が跳ね上がった。
「ちょっと調べてみたんだが……。何でも、アストルガ夫妻は子供に恵まれなかったらしい。それで、子供代わりにとホムンクルスを造ったそうだよ」
一瞬、心臓が止まった気がした。気のせいではなかったかもしれない。全身から血の気が引く。
「それ、どういうことだよ?」
「……つまり、ラウラ・アストルガなんて人間はいるはずがないってことさ」
分かりたくない自分がいた。同時に、必死に分かろうとする俺がいる。取り入れた情報に頭がついてこない。嫌になって目を逸らす。その視線の先に、いてはいけない少女がいた。
ラウラだった。
「——ッ」
少女は声を押し殺して泣いていた。そして、何も言わずに走り出した。
お読み頂きありがとうございました。