マダム・ロットーの凡庸な休日
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用心棒として私のもとにやってきたのはコルネリウスという青年だった。長身で無表情の彼は、小さく「コリーと呼んでくれ」と言うと、どこかへ行ってしまった。どこへ行ったのか気になったが、まぁ大丈夫だろうと思い部屋に戻る。
夜中に外で奇妙な物音がするようになったのは一週間ほど前のことだった。最初はあまり気にしていなかったものの、その後も毎晩聞こえてきたため、用心棒を頼むことにしたのだ。そして、どうせ頼むならそれなりに期待できる人物がいいと思い、日雇いコリーと名高い彼に依頼したのだった。
「……」
大丈夫とは思ったものの、あまりに物音がしないと少し心配になってくる。私は面倒に思いながらも立ち上がると、思い扉を開けて外に出る。コリーの姿は見えない。
「どこ行ったのかしら……」
「どうかしたのか?」
私が辺りを見回していると、バラ園の方から声が聞こえた。ふと視線を向けると、コリーが相変わらずの無表情でこちらを見ていた。
「あんまり無音だったから気になったのよ。――なにしてるの?」
手短に答えると、私は彼に近づいて問いかけた。
「いや、ここの青いバラだけ手折ってあるのが気になって」
彼はそう言うと、バラの一角を指差した。確かに二、三本手折ってある。中には花びらが散っているものもあった。
「本当……。でも、関係者以外は立ち入れないはずなのに、どうして……?」
「多分、夜中の物音はこれだな……。少し、情報を集めてくる。何かあったらここにかけてくれ」
彼はバッグから乱暴に紙を取り出すと、それを私に押し付けて町の方へ歩き始めた。紙には連絡先が書いてあるようだ。
「……はぁ」
私は大きくため息を吐いて部屋に戻り、書斎のデスクにうつぶせた。なんだか彼のペースに飲まれている気がした分からない人物だ。
そんなことを考えているうちに、意識が遠のいてきた。はっとなって起きたのは夕暮れ時で、空には夕日が掲げられていた。
嫌な音が聞こえる以外、なんの変わりもない夕方だ。
「この音、いつものと同じ――? っコリーは……」
私は咄嗟に先ほどの紙を取り出し、そこに書かれた連絡先へ電話をかける。
「コリー? 早く来てちょうだい。今、外で変な音が……」
「お前、なんでこんな所に――?」
何故か電話からではなく家の外から聞こえた彼の声に、私は咄嗟に家を出た。小柄な少女と対峙するコリーが視界に映る。
「まったく、こんなトコで再会するなんて、ホントついてないなぁ……。でも、まあいいや。ねぇ、コリー。ボク、そこにいる女を殺さないといけないんだけど、どいてくれない?」
「そりゃ残念。依頼主を殺されるわけにはいかないな」
「そうか、それは残念だ」
言動こそおどけているものの、その瞳に宿る殺意は本物だった。その灯りに、私は既視感を覚える。
「あなた、まさかアストルガ家の――?」
「アストルガ、ね。まぁ、覚えてるに決まってるか。何だって、あんた達が殺したんだからね。――ねぇ? マダム・ロットー!」
アストルガの少女が銃口を向ける。撃鉄を起こし、トリガーに指を当てると、彼女は左手で耳を塞いだ。
刹那、零時の鐘が鳴る。
「悪いね、日雇いコリー。どうやら、君の仕事は終わりのようだよ?」
コリーが何かを叫んで私を庇おうとする。しかし、ギリギリの所で届かず、弾丸は私の胸を射抜いた。
「――“青薔薇の詐欺師”リヒャルダ・ロットー。君の次は、そう。“白薔薇の錬金術師”でも殺そうかな?」
もう何も見えない。何も聞こえない。分かるのは、これが私の贖罪だということだけだ。
胸元に置かれた青いバラを朱に染め、私の世界は閉ざされた。
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