嘲る道化とがらんどう
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「ジャック……お前、やっぱり……」
奴は無関係だと、そう思いたかった。ラウラの両親を殺したのはフェルト一人だとそう信じていたかった。しかし、そう思い込めるほど現実は甘くはなく、俺はあいつのことをあまりにも知らなかった。思い知らされたのだ。
俺はたった一度きりの雇い主のこと以前に、たった一人の悪友のことすら知らなかった。
「本ッ当ーに、どうしてそっち側についちゃうんだかね、お前はさ。心優しい道化師さんは悲しいよ。こうなっちゃった以上、戦う他に道はなさそうだしさーあ? ぶっちゃけ戦わずに済むならそっちの方が良いんだけど」
「それは俺が腐れ縁の友人だからか?」
最後の希望に縋るよう問いかける。正直な話、奴がそうだという確率は一パーセントにも満たないと思っていた。それでも問うたのは、そうでもしないとあいつに銃を向けられそうになかったからだ。腰のガバメントに触れる。そんな俺をジャックは「まさか」と笑った。
「面倒だからに決まってるだろ。僕の復讐はとっくの昔に終わってんだよ。僕としてはこんなつまらない世界は明日終わってくれたって良いんだ。守りたかったものが守れてるなら、わざわざ僕が生きてる意味もないわけ」
分かるだろ、と奴は言う。分かるかよ、と俺は言い返した。
「テメェの事情なんざ知ったこっちゃねぇよ。愚痴ならそっちで睨み合い続けてる赤薔薇にでも言ってろってんだ」
彼が三年前、人殺しで守ろうとしたものとは何だろう。自分、名誉、プライド。こいつはそんな奴だっただろうか。俺の知っている情報屋はそうではない。この男は、そんなどうでも良いもとのために動いたりしない。
ならばこいつは——何のためにその手を赤く染めた?
邪推ばかりが頭を巡る。思考を断ち切ったのはハスキーなフェルトの声だった。
「こいつの愚痴を聞く? 冗談じゃないわ。あたしの憤りを理解しようともしない男になんか愚痴られたくないわよ」
「そんな理不尽な憤り、誰にも理解されないに決まってんでしょーが」
先程まで沈黙を守っていたラウラが口を開く。全ての感情を削ぎ落としたかのような口調に背筋が凍る。しかしフェルトはそんなことは気にもせず怒りに任せて拳銃を抜いた。コルト・シングル・アクション・アーミー。ピースメーカーだ。
「さっきから黙って聞いてりゃさ、何なのお前ら? 他人の人生めちゃくちゃにしといてさ、一体何を守ったつもりになっちゃってんの? プライド? 名誉? っは、ウケ狙いかっての……」
そう言って彼女はゆっくりと歩き出す。パティーはそんなラウラを憂いの満ちた瞳で見つめていた。
「名前が何だよ? 自分の妹と同じ? だから何だ。それのどこにパティーを恨む理由がある? そこにいる女の子が、フェルトの何を奪ったって言うんだ? パティーに銃を向ける権利なんて君にはないよ。ていうか——」
ジャックは彼女を見ない。
パティーはラウラを見ている。
フェルトはピースメーカーを握りしめていた。
「ボクの友人を傷つけるなんて許さないよ」
空気が揺れた。およそ音と呼べるものが全て消える。沈黙を破ったのはフェルトの哄笑だった。
「あ————っはははははっ! 友人! 友人ですって? それこそウケ狙いでしょ。こんな、誰かのためにしか生きられない人形と、誰が友人になんてなれるのよ? この子にあるのは主従関係だけ! そうよ、この子はいつだって一人だわ! がらんどうよ。何もないわ。それこそ、どこかの誰かさんみたいにね」
その言葉に苛立ちを覚えながら、ほぼ全員が「誰かさん」に注目した。ただ一人、ラウラだけは気まずそうに視線を逸らしている。しかしその「誰かさん」は、何ごともなかったかのようにへらへらと笑っていた。
奴は嘲るように言う。
「撃てないよ、フェルト。君に彼女は撃てない。君は彼女を恨んでいない。君は誠実な人間だからね、よほどの使命感でもない限り撃てやしない。それに比べてほら、がらんどうな僕は——」
彼はおもむろに拳銃を取り出し。涼しい顔で引き金を引いた。銃口の先で彼女の姿が赤く染まる。彼女の薔薇と、同じ色に。
「フェルト様!」
パティーは勢いよくかけ寄ると、力なく垂れ下がった右手首に触れ、ほっとため息を吐いた。俺も同時に安堵し、押さえようのない怒りを感じて奴を睨む。
彼は小さく、泣きそうに笑った。
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