日雇いコリーと最後の舞台
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復讐者の宴。
その名のように、以前は死屍累々の光景が広がっていた荒野の東に、その研究所はある。三年間の間ほぼ手つかずだったために、研究所にはツタが絡まり幽霊屋敷のような有様だった。
「主、大丈夫ですか? ここはあまりいい思い出のある場所ではないでしょう?」
心配そうにパティーが言う。しかしラウラは緩やかに首を振った。
「思い出にいいも悪いもないよ。パティーの話じゃ、父さんも母さんも抵抗しなかったっぽいし。これじゃボクが復讐する意味も——って、それだけだよ」
今日のラウラはやけに落ち着いていた。何か別のことを考えているような、心ここにあらずの様子だ。これが心配しているとラウラは付け足すように言った。
「だからって許すわけないし——許さないけど。でもちょっと、確かめたいこともできたからさ」
「確かめたいこと?」
この前の俺とラウラの話を知らないパティーが小首を傾げて尋ねる。ラウラはその内容に迷いながらも口を開いた。
「それは——」
「あぁら、ずいぶんと早いお出ましね」
「——ッ!?」
突然の声は研究所の入り口の方から聞こえた。少しハスキーな落ち着いた声。ロース=マリー・フェルトの声だ。
「何が何でもそちら側につくのね……。そんなに先生の命令が大事?」
「夫妻に心酔している貴方の言葉とは思えませんね。どこかに時間稼ぎをして得をする方でもいらっしゃるのですか?」
煽るような口調のフェルトに、パティーは臆することなく毅然として答えた。初対面の頃の無感情さはそこにはない。何かの決意があるように思えた。
「口が達者だこと……。いつの間にそんな風になったのかしら、貴方。ずっとあのまま人形みたいに生きていればよかったのに」
「今も昔も、パティーは人形のままです。そんなことより、パティーは不思議でなりません。交流があったとしても、どうして貴方はそうまでしてあの人を庇おうとするのですか?」
パティーの「あの人」という言葉が気にかかる。代名詞としてではない、喩えようのない違和感を感じた。それともう一つ、それとは違う違和感が後方にある。
「庇う? 馬鹿言ってんじゃないわよ。誰があんなの庇うってのよ? ——あたしがここにいる理由は、たった一つ」
その場にいた全員が息を呑んだ。その中でただ一人、パティーだけは覚悟したようなため息を吐いていた。俺はずっと前の会話を思い出し、ぞっと背筋を凍らせる。
「理不尽なのは知ってる。それでもあたしは、パトリシア。あんたがのうのうと生きてるのが許せない」
フェルトは自分のことを憎んでいる。そう言った時のパティーの顔を思い出す。彼女は表情を欠片も変えることなく瞳を潤ませていた。そのことにパティーが気がついていたのかいなかったのか、俺には分からない。それでも一つ、分かることがある。
パティーは、フェルトに憎まれても仕方ないと思っている。
「ちょっと、フェルト、ボクたちがいるの忘れてんじゃないよ。なんさ? 見えてないわけ? 老眼なんじゃないの?」
作り物のような露骨な不機嫌さでラウラが口を挟む。パティーはそれに便乗するように一歩踏み出た。
「我が創造主の不始末の後始末はパティーの仕事です。主は何も、しないで下さい。コリーさんは——そこでこそこそと盗み聞きしている道化の相手を」
パティーの言葉に、ラウラとフェルトは小さく身を揺らした。俺はそんな二人を横目に、軽く身を翻す。
そこには、よく見知った男が一人。
「やれやれ、皆喧嘩っ早いねぇ……。そんなに急がなくたって、僕は逃げやしないってのにさ」
「ジャック!? あんた、何で出てきたのよ! 復讐は終わったって、貴方——」
飄々として、へらへらと笑って、まるで状況を楽しんでいるかのような悪友は、慌てた様子のフェルトを見るなりその整った顔から表情を消した。そしてその視線を今度はパティーに向ける。
パティーは彼を見ない。
ラウラは彼を凝視している。
「やぁ、パティー君。元気だったかい?」
「ええ、あなたと再会しなければ元気でいられたことでしょう」
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