じゃじゃ馬ラウラの曖昧な現在
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あれからパティーは、あの日のことを淡々と話してくれた。そのどれもボクにとっては受け入れがたいことだったが、母親がわりのようだったフェルトが私利私欲のために両親を殺したのではないと分かって安心している自分もいる。それを薄情だと思いながらも、僕は内心ほっとしていた。
「……なぁ、ラウラ。お前、歳いくつだ?」
パティーの話を聞いてから数日後、ボクの部屋を訪れたコリーは前置きもなくいきなり問いかけてきた。
「十六だけど……それがどうかした?」
十六と言った瞬間、コリーは驚きに目を見張った。そんなに意外だったのか。ボクは恨めしく思って彼を睨みつけた。すると彼は動揺する素振りもなく言った。
「いや、それだと計算が合わねぇな——って思ってさ」
「計算? なんのさ」
コリーの意味不明な返答を、自分なりに解釈してみる。まさか彼がボクの生誕年を知っているわけはないから、ボクのミスということはまずないだろう。それならばパティーとの年齢差のことを言っているのだろうか。というか、まずホムンクルスに年齢などという概念があるのかどうかからして怪しい。しかし、そうなるとますます意味不明だ。
「いやさ、あいつの話だとお前がいる前からいるっぽかったからよ。その特殊な水銀っつーのは効果が出んのに十年以上もかかるもんなのか、と思ってさ。俺、こういうのには疎いから、そういうものなのかもしれないがな。確かあれ……三年前、で合ってたよな?」
少し遠慮気味にコリーが尋ねる。何だか歯切れの悪い言い方だった。パティーの話の後に明るく振る舞ったのがいけなかったらしい。余計な心配をかけてしまったようだ。
正直な話、ボクも驚いている。過去の事実についてではない。自分が思ったより冷静でいられていることに驚いているのである。きっとそれは、ボクが両親の異常に気づいて、かつ見て見ぬ振りをしていたからだと思った。それが分かった途端、ボクの頭は急速に冷めていった。
過去のことで驚いたことと言えば、コリーの友人がボクの両親——更に細かく言えば、父を殺した奴だということぐらいだ。それ以外の話も受け入れがたくはあったが。驚くほどでもないことばかりで、後半は上の空だった。
「そ、三年前。でもさコリー。それが何だって言うんだよ?」
「まぁ、仮説でしかないんだが……」
そう言うと彼は近くにあった広告の裏紙に何かを書き始めた。ボクはそれを覗き込む。紙の中央には『パティー』と書かれ、その左横には『水銀』、右横には『ホムンクルス』とある。更にその右横を見ると小さな字で『ラウラ』と書いてあった。
「俺は、パティーが生まれる前にも一度、お前の両親の記憶がおかしくなったことがあったんだと思う」
彼の言葉に、ボクは一瞬耳を疑った。両親の記憶が前にも一度ああなっていた? それならばボクの記憶にいる二人は、一度全てを、家族の顔すらも忘却してから記憶を上書きしていたというのだろうか。
混乱しているボクに、コリーは静かに言った。
「別にそんなに気にすることはないさ。どうせただの仮説なんだからよ」
「そう……だよね。そんなはずはない。ない……」
両親がおかしくなり始めた頃のボクの気持ちを考える。
ボクを忘れた両親なんて要らない。そんな人知らない。知らない。
ボク以外に、こんな思いをした人なんていないだろう。そう思っていたんだけれど。
いたんだろうか。
「でも……だとすると……」
「盛り上がっているところ大変申し訳ないのですが、少し急を要する話があるのでよろしいでしょうか?」
「ッパティー?!」
ドアの向こうから聞こえてきた声に心臓が跳ね上がる。コリーは相変わらず仏頂面だった。
「ああ、構わない。急を要する話ってのは?」
「彼らの居場所が分かりました」
ボクもコリーも同時に息を呑んだ。ついにここまで来たのだという喜びと、ここまで来てしまったのだという過去への不安とが五分五分だった。
「それで、一体どこにいるんだ?」
彼女は感情の欠片もなく答えた。
「復讐者の宴の東——アストルガ研究所跡です」
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