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物識りジャックの完成した偶然

ご閲覧頂き誠にありがとうございます。

 まったく、困ったことになった。

 僕は頬杖をついて落胆すると、今までのことを振り返ってため息を吐いた。想定内の出来事の中で一番最悪なことが起きてしまった。それに比べればまだ想定外の方がましだと思うくらいだ。

「にしても、まさか日雇いコリーがあちら側につくとはね……。まぁ、だからどうって訳でもないけれどね。それより、問題はパティー君の方だよ。それなりに絆されちゃってるとは思ったけれど、あそこまで信頼関係が成立しているとはね。想定外とまではいかなくても、まぁ、想定したくないことは起きそうだよね」

 まさかあの感情の欠落した少女があれほどまでに人間らしくなっているとは思わなかった。せいぜいあの機械的な喋り方がどうにかなる程度で、人間らしい配慮とは未だ無縁だと思っていたのだ。

「今ごろ、ラウラ嬢はあの娘からあたしたちの武勇伝を聞いてるでしょうね」

 “紅薔薇の魔術師”フェルトは、心の底から憎々しげに言うと、腰のベルトのピースメーカーに触れた。そして僕も、手元のワルサーP38に触れる。

「あの日のことは、できればそっとしておいてほしかったんだけれど……。ま」

 仕方ないか、と僕は呟く。しかし彼女は「仕方なくないわ」と返した。

「このままだと貴方、あの娘と——それと、あの親友君とも戦うことになるわよ、きっと。あたしだって、戦わなくていいならラウラ嬢と殺し合いなんかしたくないものね」

「……フェルト、それはちょっと違うよ。まず、コリーは親友じゃなくて腐れ縁だし、これは殺し合いじゃなくて果たし合いさ。彼らは僕らを、僕らはホムンクルスを憎んでいるんだから」

 言ってから、それはそれで違う、と思う。はっきり言って僕はホムンクルスを憎んでいない。アストルガがああなったのはただの自業自得、もとい因果応報だろう。そこに彼女——パティーの意志はない。別に彼女がホムンクルスを造るよう進言した訳ではないのだ。それで彼女を恨むのは、ただの逆恨みでしかないだろう。

「じゃあ貴方はこのままでいいと言うの? “黒薔薇の道化師”」

 少し責めるような口調で紅薔薇が問う。僕はおどけて答えた。

「もちろん。僕の復讐はもうあの日に達成されているからね」

 彼女はとりあえず納得したようだったが、不満そうではあった。「僕も戦いたくないから和平交渉を図るよ」とでも言ってほしかったのだろうか。だとしたら、それは高望みだ。僕の頭はそんなにおめでたくできていない。

「ふぅん……。まぁ、いいわ。あたしだって、レティに比べればパティーなんてちっとも憎くないもの。むしろ同情するわよ。あいつ、研究所からあの娘をさらったりなんかして、アストルガ先生を冒涜して——本当、殺して正解だったわ」

「そのせいでパティー君が彼らと合流してしまったんだけどね」

 ついでに言わせれば、あの二人は「冒涜」されるほど神聖ではない。彼らに向けられるのは遍く「卑下」の類いだろう。しかし、なんてことを二人を崇拝していると言っても過言ではない彼女に言うはずもなく、僕はただただ微笑んでいた。

「けど、ま、それは別によかったんだよ。問題はこの後彼らがどう来るかだ。あの様子じゃあいつ仕掛けてきてもおかしくないだろう。が、彼らは僕らの居場所を知らない」

「あの娘が何も言っていなければ、の話だけれどね」

 僕の言葉にフェルトが嫌な補足をする。しかしそれはもっともな意見だった。パティーは紛れもなくあの日の当事者だった。そして、アストルガの娘——ラウラ・アストルガを守るためと、僕らの同行を拒否した張本人でもある。彼女に僕らの拠点を知られている——否。知らせてある以上、居場所を知られるのは時間の問題だろう。

「いっそ、ずっと遠いところに引っ越すっていうのは?」

「逃げ回るのは趣味じゃないわ。それに、今はそんな悠長なことを言ってる場合じゃないでしょう?」

 こんな風に語らっている時点で十分に悠長だと思ったが言わないでおく。代わりと言ってはあまりにも淡白だが、それでも律儀に「冗談だよ」と笑った。

「よくもそんな余裕でいられるわね……。あたし、今から気が気じゃないわ」

「復讐は連鎖するものだからね。いつ殺されてもおかしくないってのは、あの日すでに覚悟していたからさ。これぐらい、何てことないよ」

 ——人間ですね。

 研究室の扉を開ける直前、パティーは小さく呟いた。聞き耳を立てなければ聞こえないほど小さな声で、あのとき彼女は何かを伝えようとした。

「まったくもって道化だな」

 悪意は巡る。果てなく巡る。 けれど今回については違っていた。僕が死んでも、誰も悲しまない。悲しみがなければ悪意は生まれない。

 それだけの話だ。

お読み頂き誠にありがとうございました。

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