ブルマーが引き出す記憶
沙織は、進学校でもあるこの高校に入って、中学とは全く違う学習量の多さや授業の進み方の速さに戸惑った。また、上級生から新たに下級生になったことで、上下関係や新しい学校の習慣にも慣れなければならなかった。そのため五月病になるような余裕すらないまま、あっという間に2ヶ月が過ぎた。
はじめての中間テストも何とか無事乗り越え、迎えた衣替えの6月だった。それまで精一杯全力で走ってきた沙織には、ここへきて余裕とともに漠然とした不安が感じられはじめていた。それに球技は沙織の得意分野でなく、いっそう不安と緊張感に苛まれていた。
そんな不安と緊張が、今日の寒い気候とあいまって、次第に尿意となって沙織の身体を苦しめはじめていた。
《こんなこと、前にもあったような気がする・・・》
沙織はそう思うと同時に、なぜかさっき教室で久しぶりに言葉を交わした涼のことを思った。男子にしては華奢な身体つきだが、脚が長く、昔よりもすらっと背が伸びてモデルのような体型をしていた。なのに、爽やかな白い体育着の上から見せる女の子のような甘いマスクと、紺色の短パンが包みこむ下腹部のふくらみが印象的だった。そんな彼の前で、今日自分がブルマーを穿いている姿が、沙織は不思議と恥ずかしかった・・・初めて恥ずかしいと感じた。
「やだな、こんな格好」
教室を出たとき、沙織はこのクラスに来てはじめて涼に話しかけた。涼は幼稚園のときの同級生で、当時はすごく仲良くしていたことは覚えていたが、小中学校は学区が異なり別々だった。高校に入って久しぶりに再会したものの、長い間の隔たりがお互い声をかけるのをためらわせていた。しかし、沙織がブルマーに着替えて教室を出たとき、なぜか昔のように涼に親しげに話すことができた。
「沙織のブルマー、かわいいじゃない?」
涼も、沙織の問いかけに、不思議と親しげに返事した。
「だって・・・、なんだか恥ずかしいもん」
「ううん、すごく素敵だよ。ふだんの制服の沙織とは、見違えるみたい」
「えぇ、じゃ、涼くんも穿いてよ」
「ブルマー? うん、僕も穿いてみたいな」
「あぁ、涼くん、似合うかも」
ふたりは笑った。沙織はそんな会話をしながら、涼の前で感じる恥ずかしさの正体が、まだ何かは分からないものの、それは心の奥から湧き上がってくる甘酸っぱさに似た気持ちから来ているのではないか、そんな気がした。