クルシミマスケーキのあくる日
あの悪夢のようなクリスマスイブから一夜が明けた。
閻魔大王の笑みで差し出された激甘ケーキを命がけで平らげ、胃もたれと高血糖の恐怖で脂汗を流しながら一夜を明かしたジュンは、朝一番で決意を固めていた。
(死ぬ……! このままじゃ、彼女と結婚する前に血管が詰まって死んでしまう!)
シングルベルを卒業したいのはやまやまだが、命を落としては元も子もない。そこでジュンは、ベッドから飛び起きるなり志乃へ熱烈なメッセージを送った。
『志乃さん! 昨夜はごちそうさまでした! 僕、あなたと長く一緒に生きていきたいんです。だから今日から二人で健康生活を始めませんか!』
ジュンの提案は徹底していた。
毎朝6時半、画面越しにつないでのオンラインラジオ体操。
そして食後には、現役の糖尿病専門医が解説する「食後2分で血糖値を下げる軽い体操動画」をネットで見つけ、二人並んで画面越しに実践すること。
「志乃さん、いきますよ! まずは腿上げ30秒! 次は水平ツイスト! 食後すぐ筋肉を動かせば、糖を取り込んで血糖値スパイクを防げるんです!」
「は、はい……ふぅ……ふぅ……」
画面の向こうで、巨躯を揺らしながら息を乱す志乃。彼女の予想外の素直さに、ジュンはますます愛とやる気を燃え上がらせた。
運動だけではない。食事改革にも容赦なくメスを入れた。
目指すは「医食同源」。
主食・主菜・副菜を揃えたバランスの良い三食の徹底だ。
「志乃さん、まずはベジファーストです! 海藻サラダときのこから食べて、糖の吸収を緩やかにするんです。ラーメンライスなんて重ね食べは絶対禁止ですよ!」
白米は食物繊維たっぷりの玄米や雑穀米に置き換えられ、甘い清涼飲料水は姿を消し、冷えた麦茶と緑茶になった。適正カロリーを守り、夜遅い時間の食事や間食も完全に断ち切る。
もちろん、ストイックなだけでは続かない。ジュンは月に一度だけの「チートデイ」を設けた。
「この日だけは、血糖値のことなんて忘れて好きなものを食べましょう!」
二人で囲む特別なご馳走。唐揚げや一口のショートケーキを頬張りながら、ジュンは両手を合わせて神妙に祈るのだ。
「あゝ、美味しいねぇ。この命を育ててくださった生産者さん、運んでくれた流通の方、売ってくれたスーパーの店員さん……全ての人に感謝を捧げます!」
「……ええ、感謝ね……」
志乃は引きつった笑みを浮かべ、フォークを握りしめていた。
そんな二人三脚の生活が続いて三ヶ月後。
定期検診を終えたジュンは、満面の笑みで志乃のマンションへ駆け込んだ。
「志乃さん、見てください! 主治医の先生に『素晴らしい、よく頑張りましたね!』ってニコニコ顔で褒められたんです! ヘモグロビンA1c、なんと6.0まで下がりました!」
正常値寸前の劇的な改善。ジュンの顔は余分な脂肪が落ち、肌艶は輝き、血圧もすっかり健康そのものだった。
「これで僕、あと三十年は長生きできますよ! 志乃さんのおかげです、結婚しましょう!」
プロポーズの言葉に、志乃はピクリと眉を跳ね上げた。
そして、差し出された血液検査の結果票を見つめながら、どこか遠い目をして、ひどく残念そうに小さくため息を漏らした。
(……6.0ですって?)
志乃の頭の奥で、完璧だったはずの青写真が音を立てて崩れ去っていた。
相撲取りのような体型を活かして油と砂糖の絨毯爆撃を仕掛け、見合い三十九連敗の哀れな男を胃袋ごと急激に弱らせ、入籍と同時に億単位の高額な生命保険に加入させる。数年後、生活習慣病でポックリ逝ったところで、悲劇の未亡人として涙をハンカチで拭いながら――
『夫はとうに亡くなりました。……本当に、いい人でしたわ』
そう言って優雅に保険金を受け取るはずだったのだ。
それなのに、なぜか自分が毎朝ラジオ体操をさせられ、食後に腰をツイストさせられ、玄米と海藻を噛み締めさせられたあげく、標的の男はピンピンと若返ってしまった。ついでに自分まで無駄に5キロ痩せて健康になってしまった。
「……志乃さん? 嬉しくて声も出ないんですか?」
「ええ……ええ、そうね。ジュンさん……本当によかったわね……」
引きつりきった笑顔を浮かべる志乃の肩を、健康そのもののジュンが力強く抱きしめた。
閻魔大王の計略をものともせず、男の寿命はぐんぐんと延び続けていく。




