運命のトリガー
誰かが、頭を撫でてくれる。
私が泣き止むのを待ってくれている。
「必ず、俺がお前を助けるから」
…その言葉をくれたのは、いったい誰だったのだろう。
もう遥か遠い時のことで思い出すこともできない。
頭に強い衝撃を感じて目を覚ました。
受けた衝撃のせいなのか、視界がはっきりしない。
「おい、いい加減に起きろ」
その言葉の後に今度は頬に強い衝撃を受ける。
声をかけてきた男の足が、頭を蹴り上げたからだ。
ゆっくりと状態を起こし、言うことを聞かない足を踏ん張って
男に向き直り、睨みつけた。
そんな姿を見て男は鼻で笑って
「生きている資格もないくせに目の力だけは一丁前なんだな」
生かしてもらう資格がなくとも、嫌なことをされれば腹が立つもの。
情けないことに【睨む】と言うのが残された唯一の力だと言うこともわかっていた。
「じゃあ、苗字は剥奪になったから『結衣』だったな。これからお前の死刑執行に入る。
何か言い残すことはないか」
先ほどの男ではない。どこから聞こえるのだろう。
「おい、聞こえているのか」
声の方へ目線を向けると天井にスピーカーが付いていた。
さっきの声は、そのスピーカーから聞こえてきているようだ。
ということは、どこからか監視カメラがあって部屋の中を確認しているんだろう。
いや、どうだろう。部屋の中を確認しているのであればさっきの暴力に関して何も言わないなんてことあるのだろうか。…関係ないのか。どうせ殺すのだからどうなっていようと。
なんでこんな目に遭わないといけないのか。そんなに悪いことを私がしたというのか。
ただ、正常な判断ができない状態になっただけだというのに。
それも病気が原因だというのに。
一気に堪えることのできない怒りが体から吹き出しそうになっているのを感じた。
「…ばいい」
「なんだ?聞こえない。何を言っているんだ?」
スピーカーから聞こえる声に抑えきれない怒りが一気に吹き出した。
「みんな死んでしまえばいい!こんなくだらない国滅んで仕舞えばいい!」
その言葉を口にした瞬間、近くにいた男がこの世のものではない声をあげて足元に転がった。
一人でのたうち回って口から大量の血を吐いて動かなくなった。
突然のことに頭が真っ白になった。天井のスピーカーからも何かを吐いている音が聞こえ
ゴツンいう音がしたと思ったら、キーと変な音をたてるだけになった。
目の前のよくわからない状況に悲鳴をあげることしかできなかった。
「いやあああああ!だ…誰か…誰かああああああ!」
叫んでも誰も反応してくれる様子がない。
鼻を抜ける生臭い血の匂い。ふと、自分の手を見ると血がべっとりと付いていた。
私自身も体じゅうから血が吹き出していた。
「嫌だ、いやだ…いやだ!誰か助けて!」
身につけている服が赤く染まっていく。体が急激に冷えていく。
私は、こんな人生の終わり方をするのか。
目の前が歪んで意識を手放そうとした時、背中に人の腕があるのを感じた。
「しっかりしろ!」
焦点の合わない目で声の主を探した。
「もう大丈夫だ。安心しろ」
そういうと声の主のてだろうか?私の頭を優しく撫でてくれる。
薄れゆく意識の中で見えたのは、薄いグレーの瞳が私を見ていることだけだった。
真っ暗な空間に私一人が立っている。
少し離れたところで、懐かしい景色が見える。
幼い時の私。楽しそうに遊んでいたり、友人と一緒にお茶をしたり
今では考えられないほど、充実している生活を送っていた。
そう、今から15年前までは。
新しい時代が幕開けをした日、日本政府は国民に対して条件を出した。
本土での生活ができる人種は「五体満足」であること。
障害を持つもの、何かしらの持病を持っているもの、犯罪者は全て日本本土での生活はできなくなり、決めたれた島へと送られることになった。
また、小学校入学前の適性検査にて不合格となったものもその対象となる。
ただし例外もあり、島に送ることなく国民の生活を脅かすものは
裁判なしで死刑執行。ただし脳死にして利用できる臓器は貴重で誇り高きに日本国民を救うために使用される。
私【結衣】も臓器移植用として死刑にかけられるところだった。
何もしていないのに、そうしてこんな目に遭わなければいけないのか。
涙が溢れて止まらない。私の人生はここで終わってしまったんだと蹲った。
『結衣』
誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。遠くに小さな光が見える。
『戻ってこい…!』
その声はさっきの人の声だろうか。そうしている間に遠くにあった光が
すごい勢いで私を包み込んだ。その光が眩しくて目を覆った。
「…はあ…!」
一番最初に目に入ったのは真っ白なカーテンと真っ白な天井。
次に見えたのは銀色の髪にグレーの瞳の青年が私を覗き込んでいた。
「気が付いたか?」
返事をしたいけど声が枯れてしまっているのか空気しか出てこない。
その様子に彼は少し微笑みながら、私の頭を撫で
「もう大丈夫だ。安全な場所に避難したからゆっくり体を治すといい」
そう言い残して見えなくなってしまった。
少し首を動かすことができたので、傍にある窓を見た。
一面の海原が見える。
ここはどこなんだろう…?と思いながら水平線を眺めていると
「あ、本当だ。気が付いたんだね」
足音とは違う、何かが床を滑っている音と一緒に誰かが入ってきた。
声の方向に首を向けると、車椅子に乗った明るい茶髪の青年が笑みを浮かべて
いた。その後ろには長い黒髪を一つにまとめた女性がいる
茶髪の青年は色の濃いサングラスをかけ目を隠している。
『この人達はいったい誰なんだろう…?』
「僕の名前はアキラ。彼女は僕の妻でカズハ。ここファントムペインで医療班を任されているよ」
『フ、ファン…?なんて言ったの?』
「ファントムペイン。簡単にいうとレジスタンス組織と思ってくれていいよ」
澱みない会話に少し違和感を感じた。なぜなら私は一言も言葉を発していないから。
『この人、なんで私が話してないのに。私が思っていることの答えを出してくるの?』
アキラはニコリと笑った後にサングラス取って真剣な表情になった。
緑色の目が少し発光しているように見える
「ごめん、怖がらせてしまったね。これが僕の持つ能力なんだ。僕は人の心を読むことができる。でもこの力を使うと目が少し明るい色になってしまうからみんなを不安させないように普段は目隠ししてるんだ」
何を言っているのか、さっぱりだった。
「さっぱりだよね。詳しい話は君の体が治ってからにしよう。…君が無事でよかった。ただそれだけを言いにきただけなんだ。ゆっくり寝てね」
理解できないことが多く、頭が混乱して眩暈がする。
ぼんやりと天井を見ていると、また深い眠りに誘われてしまった。
ー数日後ー
「うん、だいぶ良くなってきたね!これなら退院してもいいね!」
アキラは聴診器を首にかけ直し治療内容をカルテに記載をしていく。
「ありがとうございます」
ここで治療を受けながら、自分が置かれている状況を説明受けた。
今いる場所は日本ではない。周囲約2キロメートルにもなる大きな戦闘艦の上。
増設を繰り返してしまっているので、艦内はまるで迷路。
しかし、乗船員5,000人が余裕で住むことができる空間がある。
教育機関・生活基盤に必要な施設はもちろん、地下には島防衛の設備が整っている。
地下の施設には無人戦闘機のドックになってる。
戦闘艦の一部は有事の際の脱出船になっており、島全体の人数を収容可能。
しかし、ファントムペインがこの島の運営や治安を担っており独自の法律、ルールがある。
島に所属する人間は自分が得意なことを活かしながら生計を立てており、その取引先は多岐にわたる。
生活に必要な衣食住は全てファントムペインが管理しており、医療関係も無償で受ける事ができる。本土で働いていた時よりも生活が豊かになったと感じる者も多いのだとか。
「私最初、どこかの島なのかと思ってました」
「ああ、この戦闘艦って時雨が好きだった長崎県の軍艦島を模してるらしいから島って言ってもいいかもしれないね」
【時雨】私を死刑執行部屋から助け出し、この治療室で見た銀髪の青年のことだ。
目を覚ましてからその後はずっと会っていない。お礼を言いたいので会いたいですとアキラに何回か言っているが「本人も忙しいからね」となかなか願いが叶わなかった。
「今日、せっかく会えるんだから聞いてみれば?」
「そうですね」
数日間お世話になったこの病室ともお別れ。私もこの艦内で生活をすることになった。
アキラが用意してくれた部屋にそのまま向かってもよかったのだが「元気になった姿、時雨にも見せようよ!」と後光を感じるくらいの笑顔で言われてしまって、引くに引けなくなった。
診察が終わったアキラはひと足さきに病室を出て、私とカズハが残された。
私の着る洋服を用意してくれていたらしく、支度を手伝ってくれた。
いつも無表情で無口なカズハ。嫌われているのだろうかと居た堪れない気持ちになる。
「…あの、ごめんなさいね。うちの人、ゴーインなところがあって。本当は早く帰って…もおかしいか。自室で休みたいでしょう?」
初めて聞く声に少しびっくりした。女性にしては少し声が低め。でもミステリアスな感じに合っている。
「あ、いえ大丈夫です。なんかこのまま自室に行くのも違うかなって思っていたので」
私の言葉に優しい微笑みを浮かべ
「そう?ならよかった」
と言い残しアキラの方へ向かった。廊下の向こう側でアキラと話しているのがかすかに聞こえる。本当に仲がいい夫婦なのだろう。
支度ができて廊下に進むと、サングラスを装備したアキラとカズハが待ってくれていた。
「じゃあ、行こうか」
「アキラ、病み上がりだからゆっくりね」
無機質な廊下を進んでいくと両側に工場のような部屋が数箇所ある。
「そうだ、向かいつつ艦内のことも教えておくね」
この【不知火】という戦闘艦は教育機関・生活基盤に必要な施設はもちろん、地下には島防衛の設備が整っていて 地下の施設には航空機や無人戦闘機のドックになってる。
この艦内で過ごす人々の多くは、自分が本土でついていた職業や得意なことを活かして生計を立てることができ、取引先は多岐にわたる。
収入の四分の一を運営費としてファントムペインへ収めれば好きに生活をしてくれて構わない。
その運営費の中に衣食住の費用も含まれているので、必要なものがあった場合は専用のサイトがあるのでそこで注文をする。この戦闘艦自体が小さな国のようになっている。
「あ、僕はちなみに本土でも医師として働いていたから医療チームにいるよ。カズハは大衆食堂をやっていて艦内で唯一お酒が飲める場所になってるんだ。有事の時は戦闘チームだけど」
有事…?その言葉に引っ掛かりを感じた。おそらく私の心の声を感じ取ったんだろう。
アキラは車椅子を止め私に向きを変えた。
「もう戦闘艦って言ってるからわかっていると思うけど、僕らは日本政府から敵対組織としてマークされている。本土から追放される人間は日本政府が管理している孤島で暮らすことになるけど、君みたいに処刑される人間も多くないんだ。しかも重大な罪もないのに」
アキラは言葉が詰まってしまった。拳を握り俯いてしまっている。
カズハがアキラの背中に手を回し、さすっている。アキラが言いたかった言葉の続きをカズハが続ける。
「元々は私たちもそうだった。私は本土で暮らす許可は降りていたけどアキラを一人にしたくなかったから時雨に助けてもらった。今回も時雨が単身であなたを助けに行ってギリギリ間に合ったの。まあ【能力】が発動していたから間に合ったのかもしれないわね」
「能力ですか…?そういえばそれって何ですか」
私の言葉に二人は顔を見合わせた。アキラが私のいる方向に顔をあげ
「…それは時雨が説明すると思う。後もう少しだから行こう、時雨が待ってる」
アキラは車椅子の操作を再開した。そのあとの会話はなく静かにタイヤが滑る音と二人分の足音が響くだけだった。
「ここだよ」
いくつものエレベーターを乗り換えて着いた先は艦内でも高所の場所。
薄暗い廊下の突き当たりに入ってくるものを拒絶するような扉が立ちはだかっている。
「ここは操舵室と作戦会議室も兼ね備えてる場所なんだ。いつもここに時雨は居る」
アキラはノックを3回する。扉の向こうから「どうぞ」という先日聞いた声が聞こえた。
「入るよ、時雨。結衣さんを連れてきた」
扉が開くと、向こう側から強い光が差し込んで目がくらむ
光に慣れてくると時雨がこちらを向いて立っていた。
太陽の光に銀髪が光って神々しくも見える。
私の姿を確認すると、少し微笑んでくれた。
「すっかり良くなったみたいで安心した。ちっとも様子を見に行けなくて申し訳なかったね。何か困ったこととかなかったか?」
時雨の落ち着いた低い声。安心させようと言葉を一つ一つ選んで発しているのがわかる。
「いえ。本当にお二人には良くしていただいて。感謝しかないです」
ここに運ばれてきた時、ショック状態が続いたせいか何日も熱を出してしまった。
何回か発作のような症状が出てしまい、その度にアキラは病室に来て適切な処置をしてくれた。
カズハに至っては、アキラが介助できない部分を嫌な顔せずしてくれた。
「アキラはそれが仕事だからな。当たり前だろう」
「え、酷くない!?もう少し労ってくれても」
間髪入れず時雨の発言にツッコミを入れるアキラ。
気のいけない仲なのだろう。笑い合って冗談だよと話している。
そんな光景を見ながら、ふと疑問に思ったことがあった。
「あの、助けていただきありがとうございました。それで聞きたいことがあるのですが…。どうして私の事を助けてくださったんですか?」
時雨の動きが誰かに強制的に止められてしまったかのように、一瞬動かなくなってしまった。
数秒固まった後に時雨が口を開いた
「…覚えていないのか…?」
思いもよらない言葉に頭が混乱する。
「え、ええっと何処かでお会いしたのでしょうか…?」
私の言葉に時雨の表情が曇った。でもそれもすぐに何事もなかったように笑顔になり
「いや、なんでもない。気にしないでいい」
そう言って作戦会議を行うであろうテーブルに私を座らせた。
時雨もその対角線上に座り
「…アキラから聞いているだろう。簡単に言うと俺たちは冤罪で死刑執行されてしまう者達を救っている。今回は結衣、君が対象者だったということだ」
「え、時雨…」
「いいから」
矢継ぎ早に話した言葉に対してアキラが何か言いたいような感じがあったが、すぐに時雨は静止した。
時雨の様子にアキラもカズハもなんとも言えない様な表情をしている。
少し気にはなったけど【その話題に触れるな】という空気を感じて深く追求しないようにした。
「ちょっと長い話になるから、お茶でも飲みながらにするか。カズハ、頼めるか」
アキラの傍にいたカズハが「はい」と言って席を外す。
「今回、君が処刑されかけた件。何か覚えはあるか?」
時雨の言葉に、全身の血の気が引いていく。呼吸を整えながら
「…今回、私が精神の病にかかってしまったことが原因だと思ってます。」
今現在の日本本土は【五体満足】でないと生活することができない。それは精神面でも同じこと。【心身ともに健康体】でないと生活することができないのだ。
「おそらく、私が精神を病んだことが、国民の生活を脅かすことになると判断されたんだと思います」
身体が震える、何かが体の中をとぐろ巻いている。気持ち悪い、頭が痛い。汗が止まらない。
「わからないんです。思い出したくもない!」
自分の頭を抱えた時、近くにあった間接照明が大きな音を立てて割れた。
「え、なんで…?」
間接照明に目を向けて、時雨の方へ視線を移すと左の手ひらを私の方へかざしていた。
時雨の顔を見るとさっきまでは深いグレーの瞳が赤く発光している。
「おそらく君が死刑にかけられそうになった事は、今のが原因だ」
かざしていた左手をゆっくりとテーブル外に動かすとガラスの破片はそのまま下に落ちた。
お茶を持って戻ってきたカズハがその惨状に驚いて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?これは一体」
「これが彼女の【能力】おそらくだけどサイコキネシスだ。コントロール方法がわからないから感情が昂ってしまう時に発動してしまう。今回と似た様な事が何処かであったんだろうな」
何処かで聞いた事がある単語が聞こえた。
「能力って…なんなんですか、前にアキラさんが言ってたコトですか?」
そう、最初にアキラにあった時『これが僕の持つ【能力】なんだ。僕は人の心を読むことができる』そう言っていたのを思い出した。
「そうだな。アキラも俺も人外な能力を持っている。」
時雨はゆっくりと説明を始めた。超能力ともつかないが第三者に影響を与えうる力のこと。
不知火に乗艦している人間のほとんどが何かしらの能力を持っており、その影響で皆死刑執行になりかけている。
「で、今回君が政府に捕まって処刑されそうになった理由は、職場で起こった無差別傷害事件が原因だ。警察から国民管理委員会に連絡がいって、その事件の原因が君であると掴んで厄介な力だが利用しやすい力だしな、自分たちの手の内にするか始末するかの二択だったのだろう。しかも君の元職場は国民管理委員会に深く関わっている。もしかしたら洗脳をして駒にするつもりがあったかもしれないな」
そう言いながら時雨が立ち上がり私の頭に優しく触れた。触れられた瞬間に頭の中の霧にかかった感じがスッと取り除かれていくのを感じた。
「…楽になりました」
「これが俺の能力、向けられている敵意の無効化だ。今君の体の中に溜まったサイコキネシスを無効化にさせてもらった」
見上げると赤く発光している瞳がいつもの深いグレーの瞳に戻っていった。
「まあ、こんな感じで結衣、君はかなり我々にとっても日本政府にとっても【爆弾】だ。このまま艦内で暮らしてもらうにも危険が生じる。しばらくはその能力をコントロールできるようにアキラの病院に通ってもらうことになる。コントロールができるようになってから今後を考えよう。…カズハ」
「はい」
「結衣をひとまず客人用の部屋に案内しておいてくれ。新しく部屋を用意させているんだが今晩寝るまでには間に合わないそうだ」
「わかりました」
「すまないけど、これから俺もやらないといけない事があって。またわからない事が出てきたらアキラを通して連絡をくれると嬉しい。今日はゆっくり休め」
そう言い残すと操舵を担当している職員の方へ行ってしまった。
「行きましょう、少しでも早く体を休めないと」
カズハに促されて操舵室を後にした。
ー面会後から数時間経過ー
甲板に出てきた時雨はポケットからタバコを取り出し火をつけた。
深く吸い込み満点の星々に向かって煙をゆっくり吐き出す。
「あ、禁煙したっていってたのに」
声の主はアキラだった。車椅子を滑らせ時雨の近くに停車させる。
「…今日だけだ」
そういって再度吸い込む。そんな時雨をアキラは泣き出しそうな顔で見つめる。
「結衣、覚えてなかったね」
その言葉にタバコを持つ手が止まる。煙ともにため息がでた。
「仕方がないさ。あの時は結衣自身大変な時期だった。覚えてない方が良かったのかもしれない。これから再構築していけばいいんだよ」
アキラに向かって寂しげな笑みを浮かべる。
「失恋の酒だったらいくらでも付き合うよ、もちろん時雨の奢りで」
「それは、お前が奢るところじゃねーのかよ」
男二人の馬鹿馬鹿しい話を夜の深い海が飲み込んでいった。
時雨と会った翌日からアキラ監督の元、結衣は精神的な部分の治療と能力のコントロールを学んでいる。
病に関してはおそらくこの環境が結衣にはあっているのだろう。
本土にいるときよりも息がしやすくて薬が必要なのかと感じてしまうほどだった。
多分、アキラの診察内容も結衣にあっているのだろう。さすが読心を能力に持つ医師だ。
アキラは不知火全体の医療を管轄しているので四六時中、結衣にかまっているわけにはいかない。
往診などで離席しないといけない時は同じ医療チームの医師である水根先生が立ち会ってくれていた。
一週間経過した頃、念力が勝手に発動しないようにコントロールする事ができるようになった。
担当してくれる水根先生もやはり本土から追われてきたらしく、この艦内での生活に慣れるのが大変だったとか、たわいもない話をしながら面倒を見てくれる。
「だいぶコントロール出来る様になってきたので、これからの生活のためにも外部交流にも参してみても良いんじゃないですか?」
「外部交流…?」
「不知火は月に何回か外部と取引に応じるんですよ。ちょうど明日が交流の日です。見学だけでもしておくのもアリではないですか?アキラ先生には私から話を通しておきますよ。」
「本当ですか!じゃあ、是非お願いします」
「かしこまりました。では明日…楽しみですね」
この戦闘艦に乗り込んでから自分の部屋とリハビリルームの往復で少し息が詰まっていたところだ。
久しぶりに外の空気を吸えることがとても楽しみだった。
その日の夜は遠足が楽しみな子供のようになかなか寝付ける事ができなかった。
気がついたら外の景色が明るくなっていた。
このまま寝てしまうと約束の時間に間に合わなくなってしまう。
ベットから出て着替えをし、早めにリハビリ室の本棚の本でも読みながら時間を潰そう。
部屋の外に出てリハビリルームへの方向を向いた時、時雨が歩いてくるのを見た。
前回会った時は軍服に身を包んでいたが、白いシャツの襟元を崩し軍服の制服を羽織っている。
「おはよう。やけに早いな…まだ五時だぞ」
「何だか目が冴えてしまって…リハビリ室で本でも読んで時間潰そうかと」
「…じゃあ、良かったら朝の散歩に行かないか」
時雨は結衣の先を歩き始める。廊下の先にある階段を登った先は甲板だった。
冷たい風が頬を撫でる。
「気持ちがいい…なんか外の空気吸うの久しぶりです」
「なんだアキラは気分転換もしてやってないのか」
「あ、いや。アキラ先生は言ってくださるんですが…」
結衣自身に悩みがあり、訓練を優先にしてもらっていたからだ。
そんな気持ちが通じたのか、時雨は小さくため息をつき
「あまり根を詰めるな」
「はい。わかっています。でも今日水根先生と一緒に外部交流の見学に行くんです。コントロールがうまく出来るようになってきたから、人が多い場所に行っても少しくらいなら大丈夫だろうって」
結衣の言葉に時雨がまた止まった。
「外部交流に?アキラの許可は取ったのか?」
「はい、水根先生がアキラ先生に取ってくださってます」
「…そうか。あまり長時間はいないようにしろよ。用事を思い出した、先に持ち場に戻るな」
そう言って私の頭を少し撫でて、時雨は艦内に戻っていった。
撫でられた頭を触って、遠い記憶を思い出す。
『そういえば、昔誰かにこうやって頭を撫でてもらった事がある。誰なのか思い出せないけど』
上空を飛んでいるかもめを見つめながら、しばらく海風と戯れながら時間を潰すことにした。
外部交流の見学時間になり、地下近くのデッキに降り立った。
大きな運搬機が停留して、その周りを大勢の人たちがやり取りをしている。
「こうやって生活運営を行なっているんですね。この外から来る方々っていうのは…?」
結衣の疑問に水根先生は手元の資料を確認しながら
「リーダーが独自に取引するために契約している団体だそうです。海外の企業なども含まれているそうですよ。…まあこのような組織と取引してくれるってことはマトモではないと思いますが」
「あ、あはは…そうですよね」
「もう少し近くまで行ってみますか?」
そう促されて、取引をしている現場近くまで降りていった
「あ、そうそう言い忘れていました。知ってますか結衣さん」
「何がでしょう?」
「…人質を運搬することもありまして、その際は逃亡できないようにするんですよ。こんな感じで」
水根先生の声と同時に、結衣の足に何やら熱い感覚が走る。
足に力が入らなくなってその場で倒れ込んだ。
『何か起こったの?』
そう思いながら水根先生の方を見ると手には小型拳銃が握られている。
その顔は今まで見たことない笑みを浮かべていた。
「おい、早くこいつを積み込め。すぐに出るぞ」
叫び声をあげようとしたが、腹部を思いっきり蹴り上げられそのまま意識を失ってしまった。
ー同時刻・操舵室ー
出入り口のドアを激しく叩く音がして、中にいる人間の許可を取らないまま扉が開いた。
「時雨!結衣さんがいなくなった!」
アキラが操舵室に飛び込んできた。その言葉に操舵室にいたほとんどの人間がざわついている。
その中で一人時雨だけが落ち着いて、操舵室の窓の向こうを見ていた。
「おい!時雨!聞いているのか!」
「聞いているし、いなくなったことも知っているしどこに行ったかもわかっている」
「ああ、そうなんだ…ってええ!?どういうこと?」
「お前のところにいた水根っていう医者が連れ去っている。今は俺たちが本土へ行くときに使っている島に停留している」
そう言いながら時雨はアタッシュケースを取り出しホルスターを着用しハンドガンを納めていく。同じケースの中に入っているシースも取り出し装着していく。
その動作が静かで帰って不気味さを感じるくらいだ。
最後にコートを着用し直し、全艦放送を時雨自ら発信する。
「第1種戦闘配置。非戦闘員は避難シェルターへ移動。戦闘員は直ちにデッキへ集合するように」
ここまで一回も時雨はアキラの方を向いていない。アキラは自分の監督不行届に関して時雨が怒りを露わにしていると感じていた。
「し、時雨。本当にごめん。僕のー」
アキラの言葉を静止するように時雨はアキラの肩に手を置いた。
「大丈夫だ。お前のせいじゃない」
その言葉にサングラスの奥の瞳から涙が溢れた。
「でも、僕が気をつけていればこんな事にはならなかった」
時雨はアキラの目線を合わせるように腰を落とした。
そんな時雨の顔を見つめると、時雨の能力が発現していることがわかった。
グレーの瞳が赤い色に変化している。
「どうしても回避できない未来だったからすぐに動けるようにしていたんだ。すまない、俺もアキラに伝えておくべきだった。おそらく結衣は足を負傷しているはず。連れて帰ってきたら治療を頼む。銃創で貫通しているから血液が必要になる。あらかじめ用意しておいてくれ」
時雨とアキラが話している背後にカズハが帯刀して操舵室に飛び込んできた。
「カズハ。用意できたか、いけるな」
「はい。お任せください」
カズハもアキラが戸惑い動揺しているのを感じ取って腰を落とした。
「アキラさん、行ってきます。無事に帰ってきますので安心してください」
カズハの言葉にアキラの頬に涙が伝っていく。
「…わかった、信じて待ってる。気を付けて行ってきてくれ」
アキラはカズハの後頭部に手を伸ばしカズハを引き寄せ、そのまま口付けをした。
カズハは顔を赤く染め「ちょっと場所を考えてください」と言い残し時雨ともに
デッキへと走っていった。
アキラは深く息を吸って、両頬を自分で平手打ちすると、自分の持ち場・医務室へと戻った。
デッキには非常召集に応えた特殊部隊が並んでいる。
時雨はその列の前に立ち
「これから保護対象の救出任務に入る。目標地点は物資運搬で常に使用している孤島
【クオランティーン】だ。敵に関しては数十人の素人だ。ただし生かしておく必要はない。
敵を殲滅、保護対象を回収するのが今回の任務だ」
そういった後に時雨は頭を下げた。特殊部隊の面々がどよめく。
「今回は司令官である俺の落ち度が招いた結果だ。申し訳ないが俺の我儘に付き合ってくれ」
カズハが咳払いをしばがら
「そうですね。この作戦が終わったら皆で楽しい酒でも飲みたいですね。もちろん司令の奢りで。…でもそれは任務を完璧に終えてからです」
「そうだな」
時雨は深く息を吸い自分の心を落ち着かせる。
「今回の任務は俺が隊長を務める。A班をカズハに、B班をショウマに頼みたい」
特殊部隊の後ろの方に並んでいた褐色の肌をもつ青年が前に出てくる。
「では、作戦開始!」
泣き声が聞こえる。
ああ、またあの夢を見ているんだ。
いつもはよく見えないのに。今日ははっきりしてる。
幼い時の結衣がしゃがみ込んで泣いてる。
真っ黒いワンピースに身を包んで、大人の中で泣いてる。
そうだ、あれは両親が死んでしまった時のことだ。
親戚に両親の思い出が詰まったアルバムも何もかも焼かれてしまった
やめてと言ってもやめてくれなくて、その場で泣いてたんだ。
それでも周りの大人たちはやめなかった。
金目のものだけ持っていったんだろうな。
泣きじゃくる結衣の傍に銀髪の少年が近寄ってきて
隣に座ってずっと慰めてくれている。
「しー兄」
わんわんと泣いている結衣を抱きしめ
頭を撫でて泣き止むのを待ってくれている。
「大丈夫だよ。絶対俺がお前を助けるから」
顔に当たる雫で結衣は意識を取り戻した。
周りを確認しると薄暗い部屋。床が少し濡れている。
服がそのせいで濡れてしまっているからか、なんだか寒い。
ても後ろ手になってしまっていて身動きが取れない。
楽な方へ体勢を整えようとすると、足から激痛が走る。
激痛を感じた方へ視線を向ける。左足から出血して血溜まりができている。
『寒いのはもしかしたら出血もしているからかもしれない』
見た感じだと足を何かが貫通したような傷。
『このままだと私今度こそ死んでしまうのかもしれないな、私の人生こんなもんだったのか』
情けなくて笑ってしまう。死が目の前にあって捕縛されているのに笑っている、恐ろしいほどに冷静な自分に驚いた。あの時死んでも今死んでも何も変わらない。
功績も記録も何も残すことができないのだから。
どこからか足音が聞こえる。扉が開き誰かが近づいてくる。
気配からして助けではない事はわかっていた。
「あー、そうそうこんな感じの娘だったわ」
聞いたことがある声。首を声の方へ向けるとそこに立っていたのは
両親の葬式の後、笑いながらアルバムや思い出の品を炎の中に投げ込んでいた大人の一人。
「よお。叔父さんに久しぶりに会ったっていうのに挨拶も何もなしか」
巨漢で白髪混じりの中年がカッコつけてモデル立ちしている。しばらく顔を眺めていると
薄れていた記憶の蓋が開いてきた。そうだ、この男は父の弟だ。
「久しぶりだな。10年くらいか?一族の恥でお荷物なお前がとんでもない金額に化けるなんて
俺はとことんツイてるよな。ありがとよ」
どういう事だろう?と眉をひそめると
「お前、なんか人外の能力ってやつ持ってるんだろ?お前を政府直轄組織に連れていけば
俺はこの先遊んで暮らせるほどの金をもらえるっていうじゃねーか。良かったなぁ、役に立てる事があって」
幼い時に忘れた記憶。この男は笑いながら思い出を燃やして「金目の物は全部もらっていこうぜ」と高笑いしていた。
反論はしない。体力が無駄になる。
ただ、目線だけは蔑んでいた様で それを快く思わなかったのだろう。結衣の傷を力一杯踏みつけた。激痛が走る。私は声にならない悲鳴をあげた。
「相変わらず、可愛くねーなぁ。無能のくせに要領は誰よりもズバ抜けていて昔から俺はお前もアニキもに気に食わなかったんだよ…‼︎」
不敵な笑みを浮かべ何度も結衣の足を踏みつける。その度に体には激痛が走る。気を失いそうだった。必死に唇を噛み意識を飛ばさない様にした
「いーねぇ、その顔。そそるねぇ」
「…すが」
「あ?なんだ?」
「下衆が、汚い手で触らないでくれる?政府に売られる前に腐っちゃうでしょ」
精一杯の嫌味を吐いた。だが、安い挑発にも乗ってくるのがこの男。結衣の腹に何発も蹴りを入れたところで側にいた水根が止めに入った。
「ダメですよ。死んでしまったら意味がなくなる。」
息を荒く、 次は殺してやる!と部屋を出て行った。
口に血がたまって気持ちが悪い。咳込み血を吐き出した。
息がしにくい。鼻から息を吸い込み口で深く吐いて何とか息を整える。
ああ、目が回る。意識が遠くなってくのがわかる。
『大丈夫だ。絶対に俺が助けてやるから』
あの少年がまた言ってくる。そうね、嘘でもいいから助けて。
そう願いながら、また意識を手放した。
不知火を出た時雨たちは水陸両用車にて目的の孤島へ向かっていた。
時雨は砲手席で目的地の孤島を睨んでいる。
島の港付近がはっきり見えるようになった同タイミングで
港にいた見張りが水陸両用車に気がついた。
「流石に遮るものがないので、こちらの動きが丸見えですね…攻撃きます!」
車長がインカムで注意を促してくる。
「ならば、その攻撃が来る前に撃退すればいいことだろ」
「…は?」
時雨はライフルを構え港の見張りに向かって打つ。
その銃弾は全て命中し、港の見張りは倒れた。
「港までまだかなりの距離がありましたけど…当たるものなんですか」
「この距離なら楽勝だな」
おそらく時雨と初めて組む人間は驚いて何も言えない。それもそうだ。
時雨は白兵戦において組織の右に出る物はいない。
この組織をリーダーとして、そして不知火の艦長として引っ張っているのは、この誰にも負けない技術や戦法が頭の中にあるからだ。
接岸すると、すぐに時雨は上陸して先頭を走っていく。
他の場所に隠れていた見張りが時雨たちに気が付く刹那、時雨がすぐさま制圧。
流石に音で気が付かれ普段、取引で使っている倉庫から何人も戦闘員が出てきてしまった。
「ちょっと派手にやりすぎたか。まぁ、いいか!」
ポケットから手榴弾を相手に投げつけ殲滅してしまう。
しかしその奥から、音を合図に戦闘員が湧いて出てきた。
「ここからカズハ班、ショウマ班と別れて行動する!怪我だけはするなよ!」
時雨は高所から行くルートを選択。身軽さを活かしてパルクール技術を使って登っていく。
「そして島にいる奴ら全員が俺たちに喧嘩を売った事を後悔するように殺せ」
そのまま倉庫の屋根を使って消えていく姿を見送る隊員たち。
「めっちゃキレとるやん…」
若干呆れ気味にショウマが呟く。
「まあ、あれは自分に怒っているのでしょう。さ、仕事しましょう」
「寄せ集めの兵にしては統率が取れている気がしますね…もしかして政府が絡んでます?」
「可能性はないとは言い切れないわね」
時雨と別れてすぐカズハ・ショウマは別の戦闘部隊と鉢合わせになった。
「おい!侵入者は弱っちそうな奴らだ、捕まえて商品にしちまおうぜ!」
その言葉にカズハは「ここは、私が。ショウマは時雨の行動補佐をお願い」
「進撃!」
乾いた銃声が一斉に響き渡った。正面、左右、そして背後にも数人。
逃げ道を塞ぐように銃口から次々と銃弾が吐き出された。
「今のうちに!行って!」
ショウマはカズハ班の隊員も連れ、その場を離脱。
カズハは体を深く沈めて、地面を蹴り右に一歩。
次の瞬間には左へと飛ぶ。弾丸が肩のすぐ脇を掠めていく。
掠めはするが、戦闘員の銃弾はカズハを捉える事ができない。
「なんだよ、この女!ちょこまかと動きやがって!」
銃撃の感覚、敵の構え、銃口の向き。
それを瞬時に見極めながら、射線と射線の僅かな隙間を縫うように走っていく。
「おい!いい加減に仕留めろよ!」
「わかってる!これでおしまいだ!」
数人が同時に照準を修正した。
それを見切ったカズハは地面を蹴った。体が大きく横へ移動する。
連続した銃弾が、一秒前にカズハがいた場所に着弾する。
「な、なに!?」
カズハはそのまま最前列の戦闘員へ接近して、刀の柄に手を添えた。
戦闘員の怯んだ瞬間を見抜いて
ーー抜刀。
最前列の戦闘員の機関銃が弾き飛ばされ血吹雪が舞う。
それを見た他の戦闘員は何も動くことができなくなっていた。
一歩一歩と後ろに下がっていく。
「…あれ?終わりですか?退屈させませんよ、私」
そう微笑むと、再度踏み込んでいった。
倉庫の搬入口から侵入していくショウマ達。
隊員の一人が「カズハさん一人で大丈夫なんですか?」
と聞いてくる。
「一緒にいたら巻き添えを喰らうぞ。時雨さんと同じくらいの白兵戦の達人だ、あれくらい数十分とかからず殲滅できる」
「マジすか」
搬入口付近の部屋から何か聞こえる。ショウマは立ち止まって耳を澄ます。
「…何か言ったか?」
「いえ?」
もう一度耳を澄ます「た、助けてくれ…」と今度はハッキリ聞こえた。
「ショウマさん、ここの控え室から聞こえます」
扉を蹴破る。埃が一気に舞い上がって視界が悪くなる。
中に転がっていたのは、アキラのところで働いている
「確か、この人水根先生ですよ」
隊員の一人が転がっていた人物の名を言い当てる。
「じゃあ、こいつが結衣さんを攫った人物!」
隊員は一気に殺気立つ。その中でショウマは冷静に転がっている男、水根の様子を観察した。
結衣さんが攫われたのはほんの数時間前。朝の時点でデッキにいた。
身だしなみはキチンとしていたと聞いている。
ところがどうだろう。ここにいる男は無精髭をはやし、服も若干汚れている。
しかも、衰弱している。
ショウマは隊員に武器をおろすように指示を出す。
「…お前、いつからここにいる?」
「前回の外部交流の時に攫われてしまったようで…気がついたらここにいました」
「前回のってことは、一週間前」
「結衣さんが運ばれてきて間も無くですね」
隊員達がざわめく。ショウマは舌打ちをしてインカムのスイッチを入れた
「ブリッジ、聞こえるか。確定事項ではないが急ぎ確認した方がいいことが出てきた」
時雨は単独で倉庫を抜け、放置されている雑居ビル内部へと歩を進める。
何回か戦闘はあったが調子抜けするほど統率の取れていない兵が多かった。
寄せ集めの兵で、おそらくこの場所はさして重要な場所ではない。
クオランティーン呼んでいる島は、港近くの倉庫ぐらいしか使っていないため
奥はただ廃墟が立っているのみで誰も足を踏み入れることがない。
港に降り立った時点で倉庫に結衣も今回の首謀者もいないことは分かっていた。
そんなところにいたら「はい、ここにいます。捕まえてください」と言っているものだ。
時雨は足元を観察しながら進んでいく。誰も通っていないからこそ、痕跡は残りやすい。
『こっちだな』
時雨が選ぶ経路は埃は溜まっている、しかし苔が一部剥がれていたり、細かなチリが舞っている
つまり、何かが通った後ということ。
有象無象の役立たずな兵を配置していたのは、侵入者の体力を削るだけもの。
そうして進んでいった先にかつて、学校として使われていただろう建物が現れた
一歩進もうとすると殺気が飛んでくる。
先ほどとは打って変わって統率の取れている兵隊の気配と
人数は少なくとも数名ではないのはわかる。
時雨はホルスターから銃を抜き一気に建物へ距離をつめる。
時雨の動きに気がついた戦闘員が機関銃を向けてきた。
「敵襲!撃て!」
相手の司令官が号令を出すと同時に激しい銃声が響き渡る。
横移動をし体制を斜めに変えひとまず盾になりそうな物陰へ滑り込む。
銃声が止むのを待ち、止まった瞬間にもう一挺の銃を抜き、戦闘員の頭を撃ち抜く。
戦闘員達は時雨に照準を合わせる。その場からすぐさま移動し別の物陰へ
滑り込むと同時に正確に戦闘員を撃ち抜き戦闘不能にしていく。
「たった一人だろう!何やってる!」
司令官が唾を飛ばしながら戦闘員を怒鳴り飛ばす。
何人かが時雨の方へ近づき銃口を向ける。前後左右で完全に射線が重なる。
「もらったああ!」と一人の戦闘員が言い放つが、その言葉を聞いた時雨は
ニヤリと笑いながら、一気にその戦闘員へと距離をつめる。
「何ーーーー!」
機関銃の銃身を左手拳銃のグリップで押し退ける。戦闘員の銃口が逸れたその隙に
時雨はそのまま身体を回転させ回し蹴りを頭に入れ戦闘員を吹っ飛ばした。
そのまま体制を戻しつつ冷静に他の戦闘員を撃ち抜く。
倒れつつ戦闘員を盾にしながら射線を防いでフレンドリーファイアを誘発
「やめろ!味方に当たる!」
時雨は戦闘員の動揺を見逃さなかった。
一人。また一人と身体を反転させながら撃ち抜く。
別方向から射線が交わる。すぐさま地面を蹴り射線を避ける。
銃弾がコートの裾を掠める。着地し射撃体制に入ったが乾いた金属音。
「ちっ弾切れか」
一瞬の隙に手首の弾倉をとり交換装填。
近づいている戦闘員を倒し、再度物陰へ。
「面倒くさくなってきたな」
銃は離さず手榴弾を取り出し戦闘員の方へ投げる。
爆発、轟音と共に土煙が舞い上がる。
「どこだ!見えない!」
煙の中一気に駆け抜け、銃声が何発も上がる。
土煙が引いていくと同時に最後の戦闘員が倒れた。
コートの裾が遅れて静かに落ちる。
時雨は手にしていた二挺の拳銃を回し、左右のホルスターへ戻しため息をついた。
そして何事もなかったように倒れた死体の間を進んでいった。
学校の昇降口を開くと長い廊下が続いていた。
ゆっくりと歩を進めながら、弾倉を再度交換。
突き当たりの扉をノックした。
中から「おう、もう迎えがきたのか」という男の声が聞こえる。
「じゃあ、あの女を死んでしまう前に引き渡せそうですね」と浮かれている男の声も聞こえる。
時雨はゆっくりと扉を開け「随分と楽しそうだな」と二人に声をかけた。
中にいた中年の男と水根は驚いた表情で時雨を見る。
「な、なんでお前がここにいる!?」
水根の問いに首を傾げながら時雨は答える。
「そりゃあ、お前達に攫われてった仲間がいれば助けにくるだろ」
水根が時雨の姿を見て顔を顰める。
「結衣を返してもらいにきた。素直に引き渡してくれれば命までは取らない」
「攫われたなんて誤解ですよぉ。彼女は我々国民管理委員会が保護しようとしているだけです。彼女の能力はこれからの日本にとって必要不可欠なんです…わかっていただけますね?」
「わからないな。ただサイコキネシスが日本にとって必要なはずがない」
時雨の返答に水根はますます顔を歪ませる。
「【ただの】ではないですよ。万物の力です。我々は神を手に入れるのですよ。じゃあ、こうしましょう!あなたも我々の仲間にしてあげます!そうして新世界をー」
そこまで話したところで乾いた銃声が響く。水根の額に銃弾が当たりそのまま後ろに倒れた。
「もういい、聞くだけ時間の無駄だ」
隣で倒れた水根を見て腰をぬかす中年男。
中年男は水根が持っていたであろう拳銃を横向きに構える。
「慣れないものを使うのはやめろ。怪我の元だ」
「うううううるさい!俺はあの女でこれから遊んで暮らすんだよ!」
その言葉に時雨の声がワントーン下がる。
「結衣が受け取るはずだった遺産で散々遊んできたくせに何言ってるんだ」
「…?なんでお前がそれを知ってー」
銃声が響く。中年男もその場で崩れ落ちた。
時雨はホルスターに銃を戻し誰も聞くことのない返事を返した。
「さあ?なんでだろうな?…って言っても無駄か」
二人の死体を足蹴にしながら、奥にある長い木箱を開ける。
その中には息が弱い結衣が横たわっていた。足からは出血の跡。シーツにまで血が染み込んでいる。それで衰弱しているのだろう顔色が白い。
すぐさま箱から結衣を抱き上げ楽な姿勢に横たわらせる。
時雨は手袋を外しコートを結衣に羽織らせると、すぐネクタイをとり足の止血をした。
「結衣、聞こえるか。結衣」
そう言いながら結衣の肩を叩く。身体に受ける刺激で結衣がゆっくり目を開ける。
聞いたことのある低い声。目を開けると心配そうな表情をした時雨が見えた。
あれ、なんだろう、この感じ。前にもあったような…。
「気がついたか、もう大丈夫だからな」
心配そうな表情が安堵へと変わる。
結衣はぼんやりと時雨の顔を見る。
その顔を見た瞬間、幼い時の記憶が蘇る。
近所の幼馴染で五つ年上のお兄さん。
いつも結衣や他のこの面倒を見たり、一緒に遊んでくれた。
確か両親が死んでしまった時泣いていた結衣を慰めてくれたのも…
「…しーにい…?」
その言葉に時雨が少し驚く。
すぐに笑顔になって結衣の頬を撫でてくれた。
「…そうだ、よく頑張ったな」
ああ、そうだ。なんで忘れていたんだろう。
いつも虐められてたところを助けてくれて、気持ちが落ち着くまで
頭を撫でたりして慰めてくれた人。
『大丈夫だ。絶対俺が助けてやるからな』って言ってくれた人。
目に涙が溜まって時雨の姿が見えなくなっていく。
「結衣…?」
時雨が結衣の頬を撫でる。その感触に結衣の目から涙が一筋溢れる。
時雨は今まで我慢していた感情が込み上げてきて結衣を抱きしめる。
震えている。不知火にいるときは周りに指揮して誰からも頼られる強者である
時雨の腕が体が震えている。でも気持ちがいい。
暖かい体温に安心して体を任せた。
「助けてくれて…ありがと…」
結衣はその抱擁に安心したのかそのまま気を失ってしまった。
次に目を覚ましたとき、最初の病室だった。
見たことがある天井にホッとした。
ベットのそばで座っていたカズハが結衣の様子に気がつき声をかける
「目が覚めましたか?もう大丈夫です、不知火の診療室ですよ」
その言葉に頷く。花が一気に開くような笑みを浮かべて
「アキラを呼んできます。待ってくださいね」
そう言ってベットのそばを離れる。
深く息を吸うが腹部に痛みを感じ小さくしか吐き出せない。
少し小さくため息をつき再度周りを確認した。
間違いない、不知火の病室だ。
「私、帰って来れたんだ…」
涙が浮かんでくるのを感じて、すぐに目を閉じた。
腕を動かして自分の状況を確認する。あちこち包帯が巻かれている。
顔もガーゼがついていて、多分頭も包帯が巻かれているようだ。
包帯が巻かれた手を眺める。
思い出したのは助けに来てくれた時雨の顔。
助け出された時の状況を思い出して顔が一気に熱くなる。
電装車椅子の動作音が聞こえ、ハッとする。
アキラがベット脇に来てくれた。
「目が覚めたんだね。もう大丈夫だよ…なんか顔赤いけど熱でもあるかな、ちょっと診察しようか。カズハ手伝ってくれる?」
「あ、い、いやコレは…なんでもないです」
結衣の言葉にアキラとカズハはお互いの顔を見合わせる
「でも、何かあってからじゃ遅くなってしまうから」
基本的な診察を済ませ、カルテに記載をしていく。
「うん、大丈夫。足の怪我がかなり酷いからしばらくは入院かな」
「はい、わかりました」
私の返事後アキラはサングラスを外し、真剣な表情になり結衣に頭を下げた。
「今回のことは僕の監督不行き届きだった、申し訳ございません」
そばに立っているカズハも一緒に頭を下げる。
いきなりの展開に慌てる。
「そ、そんな頭をあげてください。私の警戒心のなさが一番悪いです。アキラ先生やカズハさんの所為ではありません」
アキラは申し訳なさそうに頭を上げる。
「今回は時雨隊長がすぐさま気がついて救出に向けて行動ができたからこの程度で済んでいましたが一歩遅かったら危なかったんですからね。アキラは十分反省してください」
「あ、ハイ…」
アキラとカズハから今回の顛末を聞いた。
なんでも結衣が接していた水根先生は偽物だったらしく、外部からの侵入者だったという事だった
おそらく能力を持っている人間で調べたところ【複製】の職員が居なくなっていた。
おそらくはその人物が侵入者だったのだろうと。
本物の水根先生は一週間くらい前に、孤島での外部交流があったときに何者かに襲われ放置されていたそうだ。不知火での生活は難しいということで連携している企業に引き取ってもらったという。そして偽物は伯父と結託し政府の国民管理委員会に結衣の身柄を売ろうとしていたらしい。
「まあ、時雨がみんな始末しちゃったから本人たちには聞けないから本当かは確認できないんだけど。ひとまずの脅威は去ったと思っていいよ」
「あの」
「ん?どうしたの?」
「私が狙われた理由ってなんだったんですか」
その言葉に二人の顔がこわばる。
「教えてください」
小さくため息をついてアキラは話し始めた
「結衣さんの持つ能力・サイコキネシスってね【万物の力】との言われているんだ。神に等しく森羅万象全てに干渉することができる。使い方を覚えれば敵対している国の代表を屠ることだって容易い。今、国民管理委員会は政府よりも力を持ってはいるが決定権があるわけではない。それを打破するために結衣さんを暗躍者にしているんじゃないかなって。憶測だけどね」
「誰もが持っている能力ではない唯一の存在だからこそ手中に収めたかったんでしょうね」
『では、私もここにいたらみんなが危険に晒されるということ?
私はいずれここを出ていかないといけないのかも知れない。』
アキラたちの言葉に俯きしばし考える。
多分結衣が考えていることは【読心】のアキラにはわかっているだろう。
「今は傷を治すことが先決だ。コレからのことは治ってから考えればいい。何があっても僕たちがまも…僕は何もできないからカズハ達が守ってくれるから」
うんうんと頷くカズハ。
「そこは頼ってください。こう見えても私も強いので頼りになりますよ」
言葉だけではないのが何故かわかる。絶対に信頼できるという空気が二人を包んでいる。
「はい。頼りにしています」
笑顔を向けると、二人も笑顔で返してくれた。
「あ、そうだ。時雨にも目を覚ましたこと伝えておくね。結衣さんを助け出したのは時雨で不知火に着くまでずっと結衣さんのこと離さなかったから今も仕事そっちのけじゃないかな」
「離さなかった…」
「そうなんですよ。ベットに寝かしたほうが結衣さんも楽だと思いますって言っているのに、ずっと結衣さん抱きしめて離さなかったんですよ」
あの時の抱擁。そのときに感じた時雨の香りを思い出して一気に顔が熱くなる。
その様子をアキラは読み取ったのだろう、くしゃくしゃな笑顔を見せながら「またくるね」とカズハを連れ部屋を後にした。
完全に思い出してしまった。
幼いときに淡い恋心を抱いた幼馴染の【しーにい】
何かと守ってくれた背中。その姿と時雨が重なる。
最後に会ったのは結衣が十歳。【しーにい】が15歳の頃。
その後政府の国民選別審査が始まって、今まで会えていた人とも会えなくなった。
多分、【しーにい】は選別に落ちてしまい本土を離れたのかも知れない。
別人かも知れない、でも。
幼いときに手放した恋が唐突に舞い戻ってきて動揺をしている。
それと同時に『もう離れたくない』という欲が出てきてしまった。
不知火に入ればみんなを危険に晒すことになる。
じゃあ、そのために私がすることは最適解はなんだろう。
そう思いながら少し眠りに落ちた。
すっかり暗くなった頃、波の音で目を覚ました。
誰かがベットの脇にいる。
頭を動かして確認すると、椅子に座って本を読んでいる時雨がいた。
薄暗い中でもわずかな光を捕え、光る銀色の髪。
整った端正な顔立ち。おそらく30歳は超えているだろうが若々しい。
しばらくその姿に見惚れていると視線に気がついた時雨が本から目を離す。
「気がついたか。ごめん、起こしちゃったな」
本を閉じ、消灯台におく。手袋を外し結衣の頭を撫でた。
「何か辛いことはないか?」
壊われそうなものを触るかのように優しく撫でてくれる。
何やら顔がまた熱くなってくる。布団で顔を少し隠しながら
「大丈夫。もうどこも痛くないよ」
と答えると柔らかく微笑みを返してくれた。
ちょっと正直心臓に悪い…!と思いながら顔の温度が下がるまで
顔を布団に隠した。
「今回、怖い思いさせちゃったな。申し訳ない」
時雨が椅子に座ったまま頭を下げる。
「違うよ。しーにいのせいじゃない」
その言葉に時雨は驚きの表情を見せる。結衣はそのまま続ける。
「間違っていたらごめんなさい。しーにいだよね」
驚きの表情はすぐに微笑みに変わる。
「やっと思い出したか、この薄情もの」
結衣の額を指でこずく。
「ご、ごめんなさい」
「いいよ、あの頃は結衣も大変だったし思い出したくないことも多かっただろう。無事で生きていてくれたんだったら俺は何も言わないよ」
ー沈黙ー
「あ、あのさ?しーにい、私ここにいてもいいかな」
「どうした急に」
結衣は自分は持っている能力についてアキラから聞いたこと、それを聞いて自分が思っていることを話した。
「みんなを危険な思いさせるってわかってる。でも、私はここにいたい」
時雨がいるこの場所に残りたい。
「なら、ここにいろよ。何があっても俺が守ってやるし絶対に俺が助けてやる」
幼い時から言われたセリフ。何故だろう、時雨がいうと安心感が違う
「わかった。頼りにしてる…あのさ、お願いがあるんだけど…」
それから数ヶ月が経過
「結衣さまもやっぱりお似合いになりますぅ!私作らせていただいて感激です!」
衣服担当のエマが叫ぶ。
「えへへ。なんか照れちゃうな、ありがとう」
時雨やカズハと同じ色合いの制服に身を包み、鏡の前で回ってみせる。
結衣が時雨に出したお願い。それは『守られるだけでなく守るための力が欲しい』ということ。
最初は猛反対していた時雨だが、何回もしつこく言って最終的に時雨が折れた。
「着替え終わった?」
アキラとカズハが廊下から声をかける。
「はいいいい!それはもう完璧に!女神降臨ですよぉ!」
エマの興奮ぶりに引きつつ部屋に入ってくる。
「わ、似合うね」「ほんと、なんか可愛らしいです」
二人も絶賛してくるのでますます顔が赤くなってくる。
廊下から革靴の足音がこちらへ向かってくる。
扉を三回ノックからの「入るぞ」
時雨が部屋に入ってきて結衣の姿を見る。
その姿に満面の笑顔を向けてくる。
「よく似合ってる。可愛いな」
他の人たちに言われたときはただ顔が赤くなるだけなのに
時雨に言われると同時に胸が苦しくなる。
顔を赤くしながら「あ、ありがとう」と返すのが精一杯。
アキラは多分結衣の胸の内を読んでいるんだろう。満面の笑顔で結衣たちを見ている。
そんな雰囲気も束の間。
時雨は仕事モードへと切り替えた。
「では、結衣。君を後方支援部隊への配属を命ずる。心してかかるように」
「はい。お任せください」
世間から弾かれ生きる場所を失った人を運ぶ不知火
これからも自分達の権利を取り戻すため、正常な世界を手に入れるために
未来へと向かって進んでいく。
第一幕 完




