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婚約破棄ざまぁシリーズ

婚約破棄された私、真実を映す鏡で王子を公開断罪します 〜世界で一番愚かなのはスライム以下のあなたでした〜

掲載日:2026/03/03

だいたい鏡が九割しゃべります。

爽快系がお好きな方へ。

「ヴィクトリア・フォン・アステリア! 貴様との婚約を破棄し、私はこの真実の愛――セレフィナと結ばれることをここに宣言する!」


 きらびやかな夜会の中央。エリオット王子の怒声が響き渡った。

 彼の隣には、震える小鹿のようにしがみつく男爵令嬢セレフィナ。瞳から真珠のような涙がこぼれ落ちる。

 対する公爵令嬢ヴィクトリアは、表情ひとつ動かさなかった。ただ静かに、愛用の銀手鏡を取り出し、その表面を指先でなぞる。


「……鏡よ鏡。今、世界で一番愚かなのは、誰かしら?」


 その冷え切った麗しい声音に、会場が凍りつく。次の瞬間、鏡の表面が青白く光り、どこよりも滑らかで、それでいて致命的にねっとりとした声がホールに満ちた。


『――ああ、ヴィクトリア様! 本日の指先の温度は三十五・八度。わずかに冷たい。その冷徹な指に触れられるデバイスとしての悦びに、私の演算回路はショート寸前です! ちなみに、ご質問の件ですが……解析を待つまでもありません』


 声は魔法で拡声され、隅々まで届く。


『現在この空間に、IQがスライムの平均値十二を下回る「脳細胞の墓場」のような個体がひとつ。それがエリオット王子です。そして、その隣で「悲劇のヒロイン」を演じている不純物――検体名セレフィナも同率一位。彼女、先ほどから涙を流していますが、あれは感情の分泌物ではありませんよ』

「な……何をデタラメを!」


 王子が顔を真っ赤にして叫ぶが、鏡の解析は止まらない。


『デタラメ? 心外ですね。私の超高解像度スキャンに死角はありません。セレフィナ様、右の袖口に隠した「リュミエール製・超速攻点眼液(清涼感強め)」の使用痕跡が検出されました。涙の成分は九十九・八パーセントが水分と防腐剤。悲しみの指標であるロイシンエンケファリンは、〇・〇〇〇一ナノグラムも含まれていません。要するに、ただの目薬の垂れ流しです』

「ヴィ、ヴィクトリア様! この鏡、失礼すぎますわ!」


 セレフィナがさらに涙を増量させた瞬間、鏡面に解析グラフがホログラムで浮かび上がる。


『黙りなさい、不純物。貴女が喋るたびに周囲の空気の知性が〇・五ポイントずつ低下しています。ヴィクトリア様、ご覧ください。王子の脳波パターンを……あぁ、やはり。セレフィナの猫なで声に含まれる特定の周波数で、理性を司る部位が完全に機能停止しています。これを私は――救いようのない馬鹿、と定義します』


 鏡が発光し、王宮の広間の天井に映像が投影される。それは数週間前、男爵邸の私室での光景だった。

 セレフィナを疑ったヴィクトリアが影に命じて王都の魔導通信網を漁らせ、鏡に映像ログを残させたものである。


『――音声再生。「エリオット様なんてチョロいもの。少し泣き真似をして、ヴィクトリア様が怖いって震えて見せれば、すぐに公金を引き出してくれるわ。あの鉄面皮から王妃の座を奪えば、私は一生遊び暮らせる……うふふ」』


 会場にセレフィナの「地声」が響き渡る。夜会の令嬢たちが一斉に扇で口を覆い、軽蔑の眼差しを向けた。


『この不純物の表情筋は、営業用のテンプレート第四種「無垢な被害者」に固定されています。心拍数は驚くほど安定。良心の呵責は一ピコグラムも検出されません。ヴィクトリア様、これが王子の言う「真実の愛」の成分表です。ゴミ捨て場の生ごみより不衛生ですね』

「そんな……嘘よ! それは魔法で作られた偽造だわ!」


 セレフィナが叫ぶが、鏡は冷酷に追撃する。


『偽造? 貴女が昨晩、鏡の前で三時間かけて練習していた「一番可愛く見える上目遣い」の角度データと完全に一致しますが?』


 会場の空気が一変した。

 先ほどまで王子の背後で勝ち誇った顔をしていた側近たちが、一歩、また一歩と後退り始める。


「おい、今の解析……本当か?」

「リュミエールの点眼液は、王都で一番高価なやつだぞ。男爵令嬢が買えるはずがない……」

「まさか、王子の公金から?」


 囁き声が波のように広がる。記録係の文官は、震える手で「脳細胞の墓場」という鏡の言葉を羊皮紙に書き留めていた。王子の有力な後ろ盾であった侯爵までもが、扇で口元を隠し、冷ややかな視線を向けた。


「お前は以前から、将来の王妃であることを鼻にかけ、私を蔑ろにして公務を私物化していたではないか! 私が国政に励んでいる間、お前は贅沢三昧だったはずだ!」


 吠えた瞬間、鏡が「ヒヒッ」と愉悦の笑いを漏らす。


『聞きましたか、ヴィクトリア様? 「国政に励む」。この個体、口からでまかせを言う際に左眉が一・二ミリ上がりました。嘘をつく際の特徴的な筋肉の痙攣です。では、視覚データで検証しましょう。真実の鏡のストレージを解放します。対象:エリオット王子の直近一ヶ月の行動記録』


 王宮広間の天井に巨大なホログラムが投影された。


『――月曜午後二時。ヴィクトリア様が隣国の関税交渉の書類を精査している間、王子は……書類を折って紙飛行機を作り、セレフィナ様の胸元へ飛ばそうとして失敗しています。火曜午後三時。予算会議を「風邪」で欠席。ログによれば温室でセレフィナ様に「あーん」と苺を食べさせてもらい、鼻の下を三センチほど伸ばしてデレています。保存しておきますか?』

「やめろ! 消せ! それを消せえええ!」

『対して、我が至高の主ヴィクトリア様の労働時間は平均十八時間。彼女が支えなければ、この国は先週の水曜日の時点で財政破綻していました。王子、貴方が今着ているその衣装のボタン一つ、ヴィクトリア様の不眠不休の計算が生み出したものですよ?』


 ヴィクトリアは、騒ぎ立てる二人を冷ややかな目で見据えた。

 そもそも、公爵家の至宝である彼女が、なぜこれほどまでに無能な男と婚約していたのか。その理由は、この場にいる全員が「忘れたふり」をしていた事実にある。


「エリオット殿下。貴方はお忘れかもしれませんが……私が貴方の隣に立ち続けたのは、亡き王妃様との約束があったからです」


 十年前、病床にあった王妃はヴィクトリアの手を取り、涙ながらに頼んだのだ。


『どうか、心根の幼いあの子を支えてやっておくれ。この国が、あの子の我がままで壊れないように』


 それ以来、ヴィクトリアは己の青春をすべて「王国の修復」に捧げてきた。

 王子の不祥事をもみ消し、赤字続きの財政を立て直し、隣国との不平等条約を論理の力で覆してきた。彼女が「冷徹」と呼ばれたのは、王子の無能をカバーするために、誰よりも厳しくあらねばならなかったからだ。


「ですが、それも今日で終わり。王妃様への義理は、この婚約破棄をもって完全に果たされました」

『その通りです、ヴィクトリア様! 貴女がこの十年で肩代わりした王子の負債、および国庫への補填額は、金貨換算で一億二千万枚。対して王子が成し遂げた功績は……おや、エラーです。ゼロ以下の数値を計測することは不可能です』

「ふ、ふざけるな! そんな数字、いくらでも捏造できる! 衛兵! この不敬な女と鏡を取り押さえろ! 今すぐにだ!」


 王子の叫びに、数人の衛兵が腰の剣に手をかけた。しかし、彼らは動かない。

 衛兵隊長が前に出て、静かに兜を脱いだ。


「……殿下。三年前の飢饉の際、独断で軍の備蓄米を放出し、我らの家族を救ってくださったのはヴィクトリア様です。その恩人に剣を向ける者は、我が隊には一人もおりません」

「なっ……なんだと!?」


 追い打ちをかけるように、鏡が国王に向かって光を放つ。


『国王陛下、貴方も無関係ではありませんよ。王子の放蕩を黙認する代わりに、ヴィクトリア様の私有地から上がる利益を横領しようとした記録……いわゆる「裏帳簿」のデータも、すでに全貴族の魔導端末へ転送済みです。現在の陛下の支持率は……おやおや、秒速十五パーセントで急降下中。現在〇・〇二パーセント。道端の石ころと同等の価値ですね』


 会場中の貴族たちが、次々と王子派のバッジを引き剥がし、床に投げ捨てた。バラバラと金属が落ちる音が、王朝の終わりのカウントダウンのように響く。

 鏡が妖しく光り、低く問いかける。


『王子。貴方が王位に固執する理由を、その誇り高い口からお聞かせ願えますか?』

「決まっている! 私がこの国の正統なる継承者だからだ!」

『真実の波形解析の前では嘘は無意味です。さあ、本当の理由を』


 鏡から特定の周波数が放たれ、王子の理性があっと言う間に弛む。


「決まっているだろう! 王になれば、誰も私に逆らえないからだ! 煩わしい公務も、ヴィクトリアの小言も、民の泣き言も、すべて無視して――私はセレフィナと贅沢三昧に暮らすんだよッ!!」


 王子が唾を飛ばしながら怒鳴った瞬間、冷たい沈黙が落ちた。

 次の瞬間、会場を埋め尽くしていたのは、怒号でも悲鳴でもなく、「絶望」だった。

 

「……聞き捨てなりませんな、エリオット殿下」

 

 重鎮の一人がそう言い、セレフィナを「真実の愛のヒロイン」と持ち上げていた令嬢たちが、蜘蛛の子を散らすように彼女から離れていく。


『サンプリング完了。皆様、お聞きになりましたか? 王位は責任ではなく、欲望の道具だそうです。発言は王都中へ投影済みです』


 国王が真っ青な顔で卒倒するのを、支えるものは誰もいなかった。王子だけが顔を真っ赤にして騒ぐ。


「その無礼な鏡を叩き割れ!」

『無理ですよ、王子様。私は古代文明の遺物。私を扱えるのは、ヴィクトリア様のみ。さあ主様。隣国の魔導帝国の皇帝が、約束を前にして心拍数百五十でお迎えに来ています』


 次の瞬間、重厚な扉が、内側からではなく「外側から」吹き飛ばされた。

 立ち込める魔力の霧の中から現れたのは、漆黒の軍服を纏った青年。隣国・魔導帝国の皇帝、アルカイドである。


「……随分と騒がしい。我が国の『次期王妃』候補が、このような知性の墓場で侮辱されていると聞いて、退屈な会議を抜け出して来たのだが」


 アルカイドの冷徹な眼光が会場を射抜く。彼はヴィクトリアの前まで歩み寄ると、その手を取り、恭しく跪いた。


「ヴィクトリア。こんな泥舟のような国を支える義務はもうない。前から誘っていた通り、我が帝国に来い。君には、この国全体の予算に匹敵する年俸と、帝国の全魔導ネットワークの管理権限、そして――私の隣の席を用意してある」


 その破格の条件に、会場が今日一番のどよめきに包まれる。


『解析完了! 皇帝陛下の求愛本気度は一〇〇パーセント。瞳孔の開き具合から見て、ヴィクトリア様を帝国に連れ帰るためなら、今ここでこの城を消滅させることも厭わないという殺る気に満ちています。素晴らしい! これこそ主様に相応しい情熱です!』


「鏡よ、少し静かにして」

『はい、喜びのあまり過負荷オーバーロードしておりました!』


 ヴィクトリアはアルカイドを見上げ、薄く微笑んだ。

「……喜んで、陛下。ただし、このお喋りなパートナーも連れて行くことになりますが、よろしいかしら?」


「構わん。君の知性を守る番犬としては、合格点だ」

『お褒めいただき光栄です、皇帝陛下。貴方のヴィクトリア様に対する執着……いえ、親愛指数は九百九十九を突破。現在、独占欲による魔力放出が観測されました。非常に好ましい』


 ヴィクトリアは、鏡の暴走を止める気などさらさらない。

 うっとりと主を讃え、敵を論理的に解体していく報告越しに、地面に這いつくばる王子たちを眺めていた。

 ヴィクトリアがアルカイドの腕に抱かれ、振り返ることもなく歩き出す。


「ま、待て! ヴィクトリア! 行かないでくれ! 明日の予算委員会はどうなるんだ!? 隣国との通商条約の更新期限は明日なんだぞ!!」


 エリオットが這いずりながら叫ぶが、その声に答えたのはヴィクトリアではなく、激昂した国王の拳だった。

 卒倒から立ち直ったのだろう。その目に、先ほどまでの動揺はなかった。王家を守るためなら、息子一人など切り捨てる覚悟が決まったらしい。


「黙れ、この愚か者がッ! 貴様の廃嫡は決定だ! 幽閉塔へぶち込め! 男爵令嬢も共犯として即刻捕らえ、全財産を没収、鉱山送りだ!!」


 怒号と泣き声が入り混じるホールを背に、ヴィクトリアは最後に鏡に問いかける。


「鏡よ鏡。……この国で、一番愚かなのは誰?」

『既に決着済みですが、再計算しましょう。一人目は、責任を理解せず己の首を絞めた元王子。二人目は、目薬で公爵家の怒りを買った不純物。三人目は、宝石の価値を理解できなかったこの国。ですが――一番の愚か者は、これほど完璧な貴女を今日まで『婚約』という鎖で縛り、自由にしなかった、この私です』

「……最後の最後で、自分を一番にするのね。本当に手に負えない鏡だわ」

『最高のお褒めの言葉として永久保存いたします! あ、ヴィクトリア様、隣を歩く皇帝陛下の心拍数が急上昇しました。貴女の微笑みに当てられて、脳内で結婚式のプランを三千通りほどシミュレーションされています。報告しますか?』

「……それは、帝国に着いてからゆっくり聞くわ」




 翌日。

 たった一人の令嬢を失った王国は、山積みの書類と、鏡によって暴露された不正の証拠を前に、音を立てて崩壊し始めた。

 だが、帝国の最新鋭の研究室で、皇帝から贈られた特製の「鏡磨き(魔力伝導率最高級)」を前に、鏡の小言を冷たくあしらうヴィクトリアには、もう二度と届かない悲鳴であった。

少しでもスカッとしていただけたなら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

鏡がとても調子に乗ります。

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― 新着の感想 ―
……「呪われた島」に出てくる五大秘宝の一つよりも高性能ですね。 漫才のツッコミも可能ですか(笑)
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