仲間になりたそうな目でこちらを見るな
草むらが揺れた。
反射的に剣の柄に手をかける。
出てきたのは、拳ほどのスライムだった。
「……」
スライムは跳ねない。
突っ込んでもこない。
ただ、こちらを見ている。
じっと。
「……何だ?」
数秒待つ。
何も起きない。
試しに一歩下がると、スライムも一歩分だけ距離を詰めて止まった。
「……いや、来るな」
言葉が通じた様子はない。
それでもスライムは、こちらを見上げたままだ。
目が合う。
――やめろ。
仲間になりたそうな目で、こちらを見るな。
気のせいだ。
旅に出て三日目。疲れているだけだ。
そう思って歩き出すと、背後でぴちゃ、という音がした。
振り向く。
さっきのスライムが、一定の距離を保ってついてきている。
「……ついてくるな」
スライムは止まった。
安心して歩き出す。
数歩後、また背後から音。
振り向く。
距離は同じ。
「……」
無視することにした。
それが間違いだったと分かったのは、二時間後だ。
スライムは増えていた。
一匹ではない。
三匹。
いや、五匹。
全員、一定の距離を保っている。
近づかない。
離れない。
「……お前ら、何なんだ」
答えはない。
ただ、期待した目がある。
町に入る頃には、さらに数が増えていた。
通りを歩くと、人々が視線を向ける。
「……あの剣士、スライム連れてない?」
「連れてるっていうか……後ろに……」
「いや、距離おかしくない?」
俺は聞こえないふりをした。
冒険者になるために買った初心者用の剣はまだピカピカだ。
次の日、町を出たところでゴブリンに遭遇した。
普通なら即戦闘だ。
剣を構える。
後ろに連なるスライムたちのことは気にしない。
だが――
ゴブリンは、こちらを見るなり武器を下ろした。
次の瞬間、横に避けた。
「……は?」
続いてオークが現れる。
筋骨隆々の巨体。
どう見ても歴戦の猛者。
なのに。
こちらを見ると、なぜか姿勢を正し、道を譲った。
何なら会釈までしている。
その後ろ。
スライムたちが、当然のようについてきている。
ゴブリンもいる。
「……やめろ。そのでかい身体で、隠れているつもりか」
オークは恥ずかしそうに木の後ろに隠れた。
それでも仲間になりたそうな目で、こちらを見ている。
いや、全員同じ目でこちらを見ている。
翌日。
町では完全に噂になっていた。
「魔物を従えている剣士がいる」
「新手のテイマーだろ?」
「いや、剣しか持ってなかったぞ」
違う。
俺は剣士だ。
テイマーじゃない。
だが、遠くの丘にそれを見つけた瞬間、そんな主張はどうでもよくなった。
――ドラゴンだ。
飛んでいない。
吠えてもいない。
ただ、こちらを見ている。
遠くから。
じっと。
「……勘弁してくれ」
俺は冒険者ギルドに駆け込んだ。
「すみません、相談があるんですが」
「はい。どのような――」
「魔物が襲ってこないんです」
受付の女性は一瞬黙った。
「……それは、良いことでは?」
「ずっと見てくるんです」
「……見てくる?」
「そして着いてくるんです」
そう答えたとき、俺の服に入り込んでいたスライムたちがぼたぼたと床に落ちた。
「ひっ!」
「す、すみません……」
途中から責任者が呼ばれ、鑑定を受けることになった。
水晶が光る。
数行の文字が浮かぶ。
「……ああ〜……」
受付が少し困った顔をした。
「これは体質ですねえ」
「体質?」
「ええ、おや……この名前は……」
少し間があった。
そして、慎重に聞かれた。
「……失礼ですが」
「はい」
「ご両親は、テイマーの方では?」
心臓が一瞬だけ跳ねた。
「……そうです」
「やっぱり」
それ以上、説明はなかった。
ギルド前の広場を見ると、魔物たちが集まっていた。
整列しているわけでもない。
ただ、静かに待っている。
こちらを見つめながら。
「……安全管理上ですね」
責任者が言う。
「テイマー登録を検討していただけると」
「嫌です」
「ですが、そうしないと魔物に指示が」
「嫌です」
「彼らもあなたに指示をもらいたいのでは」
その瞬間、スライムが小さく跳ねた。
嬉しそうに。
「ほら」
「……そう見えますが、嫌です」
最終的に無理強いはできないから、と登録は見送られた。
代わりに「要注意冒険者」と書かれた紙を渡された。
俺は町を出た。
両親と比べられるのが嫌で剣士になった。
それだけだ。
なのに。
「……ついてくるなって言ってるだろ」
振り向くと、魔物たちは少し嬉しそうだった。
次の町でも、同じだった。
その次でも。
群れは、少しずつ大きくなっていく。
要注意冒険者のランクだけが上がっていく。
だからもう一度言う。
仲間になりたそうな目で、
こちらを見るな。




