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王子様になりたい私、勇者候補になりました!?  作者: ユメミ


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11幸福の家 5.適性問答

 「勇者に興味あるかな?」


「勇者………ですか?」


ーーーあれ?これ養子縁組の適正問答だよね?


ご機嫌な施設長と事務長、シスターまりなの表情は特には変わらない。

シスターまりなだけは少しりんに気遣わしげな視線を送っている。


「興味……?はありませんね?」


その瞬間に、彼の手元が高速で動く。

時折一巡させるように止まって、また動く。

その動きは速筆とはこのことかと思えるくらい速い。

音からはペンが紙をこすれていることしかわからない。



「え………?まさに君にピッタリなのに?!」


被せるように言われてギョッとする。


「ぴ………?ピッタリです………?」 


一瞬場が静まった。


「うん。高評価」



ーーーまだ大して話、してもいないのに?


「里親さんが、勇者様信仰をお持ちとか………?」


「ん?これは僕の個人的な問答だよ」


「なるほど………?」


ーーー養子縁組の問答に個人的な話?




今度は彼の手元の動きに迷いはない。

御嶽からはりんの困惑の瞳の揺れは見えているはずだ。


りんは彼の望み通りの返事はするつもりはなかった。

それは成功しているはず。

はずなのだけど。



ーーー興味なし。謙虚。気配り力あり。状況察知能力高め。適性あり。


彼の手元からメモがずれ落ちた。

思わず掴んで手渡す。


「ありがとう」


一瞬垣間見たメモには追記がどんどん記されていた。


ーーー洞察力あり。反射神経あり。行動評価、優。いい子である。


「ははは!

御嶽(みたけ)さんはユーモアに溢れてらっしゃる!!」


「いやあ………。

私は真面目なだけの仕事人間ですよ」


ーーーなんだろ。この時間は。


御嶽 慎一郎(みたけ しんいちろう)と名乗った白い紳士はやはり養子縁組を斡旋する方だった。

 

自慢することではないのはわかっているけど。

りんは幾度と彼らのような人種と話したことがある。

りんを値踏みし、評価する。

過大評価気味のりんの書類との答え合わせの問答。



施設長からの「気に入られる問答をしろよ」といった視線の圧を感じながら自分をプレゼンする話の場だ。


私達子供達は「接待」と呼ぶし、


施設長はそれを「商談」と呼んでいた。


報われなくて苦痛の時間だ。


「あの………」


シスターまりながおずおずと声を上げた。


「夜も更けてまいりました。

「相性測定」などの面談でしたらまた後日にーーー」


「相性?」


「今までの会話は、彼女との相性を測る問答でしたよね?」


「僕との相性は「適性判断外」だから心配無用ですよ?」


ーーーこの方。遠まわしの嫌みが通じない方だな。


首をひねりまん丸な瞳をシスターまりなに向ける御嶽は、不思議そうだ。

シスターまりなはこう言っているのだ。


ーーー無駄話する時間は後で取るから、今日は帰れと。


施設長が酔いどれて連れてきた客人だ。


ーーー信用ならないよね。


施設長には気取られないレベルだけど、シスターまりなの顔が強張っていた。

夜分の不躾な客人からシスターまりなはいつも子供達を守ってくれていた。


「何分急な事でしたから彼女の素行や学業成績の書類に不備がありましてーーー」

「あぁ!」


そこで御嶽は手をポンと叩き、懐から資料を引っ張り出した。

それは、無理に押し込まれていたとは思えないほど、つやつやとした白い封筒だった。


「彼女の学業評価。来歴。病歴。素行調査は済ませていますのでご安心下さい」


「病………」


「歴………」


施設長と事務長の顔色が変わった。


「でしたら」


りんはにっこりと笑った。


「養子縁組の話はお断りいたします。

無理です」


重い沈黙が続いた。

聞こえるのはまた始まった御嶽の筆の音。


「ちがうんですよ!御嶽さん!

こいつの病気は些細なものでーーーー」


「解離性分離障害。この人格は凶暴です」


ひゅっと事務長の喉が鳴った


「傷害事件九回。いえ。先日十回目になりました」


事件(・・)にはなっとらん!!立件されーー」


「同じことですよ!」


施設長の顔がどんどんドス黒くなる。

事務長などおろおろしだした。


それでも御嶽は穏やかな視線をりんに向けた。

カリカリとペンが擦れる音は続く。

シスターまりながそっとりんの肩を擦った。


「退学は五度目になりました」

「学業は得意ですが、課外活動実績はありません」

「食い意地が悪く、食費がかかります」


一瞬メモする音が止まった。


「寝相も悪いです!」


りんは畳み掛けるように叫んだ。


「このッ………。もうこれ以上話すな!」

「施設長………」


施設長が手を振り上げ声を荒げる。

それを事務長が宥めている。


御嶽は首を傾げた。

少し面食らっている顔だ。


シスターまりなは何か言いかけやめる。

肩をぽんぽんと優しく叩き出した。


「私は王子様になりたいんです」


りんは震えそうな手を握りしめた。


「弱い立場の子供達や女の子達を助ける人になりたいんです」


「シスターまりなみたいな」


それは恥ずかしいから彼女にしか聞こえないようにひっそり言った。

目があったシスターまりなが赤くなった。


「だから」

 

「この施設を離れる気はありません。

子供達と離れたくないんです」


御嶽はりんの話を遮ることなく黙っていた。

ペンが走る音は相変わらず速いが、視線はいつまでも穏やかだった。


「それに。 

うちの施設には優秀な子供達がたくさんいるんです!

見目も人柄も愛嬌も幼さもある」


りんは一瞬背後を見た。

扉の向こうで小さな気配がするのだ。それも複数。



「うん。やっぱりいい子だった」


うっすらと御嶽は笑った。


「ちなみに、勇者なんかは?憧れないかな?」


「もっと無理ですね!?」


りんは夢見る純粋な子供を演じる気はさらさらなかった。

なんならこれから御嶽が言う言葉を全て否定するくらいの覚悟をもった。


彼よりも小さな体を奮い立たせて胸を張った。


「うん。君の一番は理解した」


御嶽はここでやっと施設長を思い出したように振り返った。


「子供達丸ごと援助しましょう」


「な?!」

 

施設長と事務長の顔色が戻る。

さっきとは違う興奮で赤らんだ。


「子供には学業も環境も大切です。

そのための援助は惜しみませんよ」


彼は視線をやっとりんから外す。

ぐるりと見渡した応接室は無駄に華美な調度品に溢れていた。

御嶽はそれらを一巡して微笑んだ。


「こんなに立派な施設です。

だからこそ子供達は健やかなのでしょうね?」


施設長の笑い声は大きくなる。

りんは羞恥に震えた。


彼の翡翠色の瞳が施設の虚像の華美さを見抜いていると語っていたから。


「彼女や子供達の身分証を提示してください。

補助金申請のノウハウがありましてね。

税の扱いも心得ていますよ。アドバイスできます」


りんもシスターまりなも唖然としてお互いを見合わせた。

あまりに話がトントン拍子に進んでいる。

しかも条件も破格だ。


さぞ施設長はご満悦だろうと盗み見る。

だけど。

彼の顔色は蒼白だ。


「私は政府にも伝があります。

マイナンバーカードがありましたら、すぐにでも手続きしますよ」


「身分証?」


施設長の肩がワナワナと震えだした。

彼が立ち上がったのは突然だった。

さっきまで甲高かった声が低くなった。


「お帰りいただけ」


「「「え?」」」


「お客様はお帰りだ!」


施設長と事務長が血相をかかえて退室する。

廊下から子供達の悲鳴が四方八方に散った。


「また来ますね」


そんな喧騒などなかったかのように御嶽は立ち去った。


シスターまりなとりんは訳がわからないまま彼を見送る。

さっきまで二人で彼を追い返そうとしていたのにだ。

突然の話し合い中断と、無礼を詫びた。

ガタガタと夜風が窓を叩く。


「ほんと。いい子だ」


彼が呟いた声は夜風に拐われて消えた。


その夜。

りんは眠っていて何も知らない。

事情聴取もあった。

ただあまりに不可解なことが多いのと目撃者がいたからだろう。

りんは疑われることはなかった。


養護施設《幸福の家》。全焼。

奇跡的に子供達は無事。怪我一つなかった。


施設長含め、職員四名。生死不明。

死体が残らないほどの高温に晒されたか。

逃げたのか。


わかるのは。

子供達が皆戸籍がなかったということだけだった。


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