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王子様になりたい私、勇者候補になりました!?  作者: ユメミ


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10.幸福の家 4.白い紳士

 この施設《幸福の家》の立派な門がガタガタ揺れていた。

高い塀に囲まれた敷地内と外の世界を唯一つ繋ぐその門。

鉄で出来ているであろう頑強さを誇る門を取り付けた本人が揺すっている。


「遅いぞ!!」


「「申し訳ありません。施設長」」


料理長、事務長がこちらを一瞥している。

言外に到着の遅れを責めていたように見えた。

シスターまりなが事務長の隣に並ぶと彼は舌打ちをする。


ーーー私達の棟が1番遠いのに。理不尽。


内心毒づきながらもヘラリと笑う。

頭をペコペコ下げながら合流した。


シスターまりなも居住まいを正して彼等の横に整列する。

そこにりんも倣った。

料理長などワイシャツの襟からパジャマが飛び出ている。

事務長も瞼が閉じそうである。


総勢。職員の三人。

………数にもはいらない、おまけの、りん。


広大な敷地に見合わない人数だ。


「恥をかかされたぞ!!」


「「それは大変失礼しました。施設長」」


「まったくッ………。電子キーが作動しなかったんだぞ?」


「「さようでございますか。施設長」」


「まったく………。日頃から点検しとけよ」


シスターまりなを施設長は睨みつける。


ーーー電子キー(・・・・)は、

シスターの管轄ではなくないですか?


またまた理不尽!と叫びたくなる。


事務長が手動で敷地内から解除する。

その不慣れな動作音と、耳障りな金属音が響いた。


「帰ったぞ」


「「ーーお帰りなさいませ。施設長」」


 暴君の帰還である。


ーーー「Mens sana in corpore sano」


メンス・サーナ・イン・コルポーレ・サーノ。


 古代ローマの詩人の言葉がりんの頭をよぎる。


ーーー健全な精神は健全な身体に宿る。


施設長を見ると皮肉めいてこの文言が思い出されるのだ。


 りんは決して外見至上主義でも、形骸信仰を持っているわけではない。

皆見目には個性があり、本人が欠点と思うことは他人からすると魅力的だったりすることを知っている。


それでも。


ーー人間は卑しい考えを持っていると見た目を性悪にするんだな。


そう思ってしまう人だった。


 たぶん日本人の平均以下の身長をより小さく見せている猫背。

不摂生がたたった結果の腹にズボンのベルトがギチギチ悲鳴を上げている。


脂汗に赤ら顔。

飲酒のせいにしても気崩れたスーツはみっともなくだらしない。


一番彼の性根が現れているのは目つきだ。

いつも落ち着きがなくキョロキョロしている。

自分に甘いのに人に厳しい典型的な小心者だ。


そしてなにより。


ーーードブの臭いとアルコールの匂いが混ざって気持ち悪い。


 思わず顔を顰めたくなる激臭を口から吐き散らしながら施設長は凱旋した。


 周りの大人の無表情がピクリとも動かないことにりんはいつも尊敬している。

特に事務長は笑みを貼り付け、揉み手をしながら施設長に近づいているのだから。

猛者中の猛者。

キングオブ・腰巾着である。


とてもじゃないけどりんは真似できなかった。


「ほらほら!遠慮なさらず!」


施設長が門の向こうの暗がりに声を投げた。


木立のざわめきが強まった気がした。

門の外側には都心部から離れた郊外らしく、街灯はない。

月明かりもない夜だったから視界は悪い。

りんは頑張って目を凝らす。



 そこから現れたのは巨体の紳士だった。


施設長と比較してしまうからか彼の頭はずば抜けて上に位置していた。

その彼が門の境界を跨ぐ瞬間にギョッとした。

施設の門は施設長肝いりの高さを誇っている。

五メートルはあるのだ。

彼の背はその半分はありそうだった。


それなのに。

彼に凶暴さは微塵も感じなかった。

一目見て育ちの良さを感じた。

歩き方からして品があるのだ。


彼は被っていたハットを外し丁寧にお辞儀しながら門をくぐる。

胸に当てたハットの形状にりんははっとした。

それを現実に見るのは初めてだったから。


ーーー鹿撃ち帽!


シスターまりなの背後に控えていたりんが思わず首を伸ばした。

普段は絶対しない。

お坊ちゃんの岸に睨まれそうな、客人への無作法はしないようにはしている。


ーーーしてないよね?


誰も今のりんを否定も肯定もしてくれない状況だったけど。

周りの大人達の反応を見ると致し方ないと思えた。


事務長などぽかんと口を開けているし、料理長はさっきより背筋が延びた。

シスターまりなの表情もさっきより強張っている。


珍しい種類の客人なのは確かだ。


 彼の帽子はこんな郊外の田舎こそ似合う洒落たものだった。


イギリスを舞台にした推理小説に出てくる帽子。

有名なのは、前後につばがあり耳当て(イヤーフラップ)が付いたディアストーカーハット(Deerstalker Hat)。


別名「シャーロックハット」。


今では探偵を表す道具として有名なものだけど。

本来は英国紳士が鹿狩りの時に被る帽子だ。

背中に猟銃を背負っていたら物語の登場人物として完璧だった。

でも。


ーーー狩り………をするには無理だね。


紳士の出で立ちはいようなまでに真っ白だったから。

帽子、高級そうなコート、革靴。

頭から、つま先まで。


髪までお洒落な銀髪だったから。


「夜分遅くにすみません」


大きな身体を屈めるように彼は近づいてきた。


「お招き遅くなり申し訳ないですな!」


施設長は赤ら顔を更に紅くして捲し立てる。

場末のスナックで安酒を飲まされたなら酔いが早いだろう。



「招いていただかないとこんな立派な所には訪問できませんよ」


「いやいや。これからはいつでもいらしてください」


施設長の機嫌の良さにりん以外の大人も察したみたいだ。

事務長は秘蔵ワインが眠る蔵の鍵を懐から探しだしたし、料理長は顔色を変えて走り出した。


ーーー今夜はそういう夜だ。


りんは踵を返す。

大人の時間に子供は不要だ。

すると施設長がこちらを一瞥してニヤリと笑った。



「りん。お前は残りなさい」


「え?」


シスターまりなの顔色が青くなる。


「施設長?りんは明日も学校がありますわ。

ご用はわたくしに」


「まりな。これは商談だ」


シスターまりなはそれ以上何も言えなかった。

不安げにりんの手を握りしめた。



白い紳士は腰を屈めるようにりんの前に来た。

翡翠色の瞳のまんまるの目がりんを覗き込んだ。

その瞳にはりんを値踏みするような観察するようなそれだった。


「この子が?」


紳士の問いに施設長が胸を張る。



「あぁ!!

我が家の秘蔵っ子ですよ!」


「確かに………。規格外だ」


白い紳士の丸い瞳が細まった。

微笑んでいるのかわからない。

口元もまた白いマスクに覆われているから。


ーーー無駄になると思うな………。


りんは愛想笑いする頬が痙攣した。

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