表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様になりたい私、勇者候補になりました!?  作者: ユメミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/21

6.学園の王子様はもういない

 女の子達は、署名活動に明け暮れた。

放課後も、休日も、校門の前で頭を下げ続けた。


警察にも掛け合った。

証言も集めた。目撃者は皮肉にもたくさんいた。

「守ろうとしただけだ」と、

「彼女だって襲われた被害者だ」と。

何度も説明した。


彼女は学園では優等生だった。

この私立の学園の特待生として、品行方正に過ごしてきた実績があった。

制服も教材費も免除の特待生は学園で一握りもいない。


課外活動や部活活動は忙しさを理由に免除されていた。

それは孤児院の生活を省みてのことで彼女の我儘では決してない。


生徒会から勧誘がくるくらいの優秀さと人柄だった。


処分は重すぎる。と、議題に乗せてくれた教諭もいた。

りんの日頃の行いを見てくれていた大人は確かにいた。



 それでも。


彼女が「犯罪者」にならなかっただけ、まだ良かったのだと

大人たちは口を揃えた。

被害者と呼ぶには嫌悪感すら感じる男性生徒達は文字通り半殺し状態だった。

多勢に無勢。

両手はいかずとも片手では足りない数の年上男性を一人の女の子がのしたのだ。

武器も使わず。


正当防衛と認められなかった場合、結果はもっと酷いものになっていた可能性もある。


だからこそ、誰もそれ以上強く言えなかった。


意外にも学園は、署名をすんなり受け取った。


在籍生徒の過半数を超える名前が、確かにそこにあった。


でも受け取っただけだった。


理事会は開かれ、

形式的な検討がなされ、

結果は変わらなかった。


規律と規則。

前例を作らないこと。

一度出した判断を覆さないこと。


それが、日本の学校教育が選び続けてきたスタンスだった。


誰もが守ろうとして、

誰もが線を越えなかった。


その結果、

一人だけが、学園から消えた。






 岸は一人、裏庭にいた。

そこへ、一人の女生徒が歩いてくる。

静かな裏庭は広く、タイルを踏みしめる彼女の靴音が鮮明に響く。反響してるのではと思うくらいには。


かつてその場所は姦しく、賑やかで、眩しいほどに輝いていた。


今は違う。


皆が思い出すことすら辛いのか、誰もが目を逸らす。


裏庭はただ、彼女が転校してくる前の閑散とした場所へ戻っただけだった。


いちご柄のランチボックスを抱えた女生徒は、岸の隣に腰を下ろした。


かつて彼女がいつも座っていた側ではない。


そこには未だ、

菓子パンや手作りクッキーの山が残っている。

まるで供物のようだ。


「あいつ、死んだみたいに祀りやがって」


岸は誰に向けるでもなく、吐き捨てた。


沈黙を破ったのは、女生徒だった。


「岸くんは、なんでまだこの学園にいるの?」


岸の項垂れた肩が、びくりと震えた。

隣から突き刺さる、氷のように鋭い視線。


それでも、女生徒は動じない。


「飼い主に置き去りにされた犬みたいな顔してますよ」


嫌味を言うには女子生徒の口元は嘲りに歪まない。

その瞳があまりにまっすぐだったから。


岸は突発的な怒りが、ふっと醒める。

代わりに湧いたのは、戸惑いだった。


――あんなにオドオドしてた子と、本当に同じ女か?


と顔にはありありと現れていた。


「調べますよ」


女生徒は、淡々と続ける。


「好きな人たちのことですもん」


岸の膝の上に、滑り込むように茶色の大きめな封筒が置かれた。


その表面の印字を見た瞬間、岸は目を見開く。


薄いが、確かに刻まれた文字。

有名法律事務所の名。


「岸財閥の三男坊の我儘をもってしても」


女生徒は、微笑みもせずに言った。


「さすがに

『五回』自主退学勧告を受けた女は、無理ですか?」


「ッ………………お前ッ……」


岸の右手が、反射的に伸びる。

女の首元に届きかけて、止まった。


「お前は……あいつを侮辱したいのか!?」


「侮辱……?」


女生徒は、静かに首を傾げる。

心底わからないといった顔で。


「そう思う貴方が、

一番りん様を侮辱してませんか?」


岸の喉が鳴る。


「惚れた女に、

初めて拒否られたからって」


「負け犬みたいに尻尾丸めて、

逃避ですか?」


「お前に……ッ何が――」


「わかりますよ!!」


言葉を叩き切るように、声が重なる。


「私が、貴方を好きになった理由」


「そして、諦められた理由」


女生徒の声が、どんどん震える。

その瞳はうっすら膜をはる。

その変貌に岸は動けなかった。


「――あんなに素敵な人を、

本気で好きだった貴方」


「あの人に、見返りなんて一切求めず」


「隣に立って、

幸せ噛み締めるみたいに眉を下げる貴方が……」


言葉が、詰まり嗚咽になる。


「……私……私……」


一瞬の沈黙。


そして。


「忠犬なら」


女生徒は、涙を溜めたまま、

歯を剥くように笑った。


「噛りついてでも、

逃げたご主人、追いかけなさいよ!」



岸は女子生徒が黙ってお弁当を食べ出してもしばらく動かなかった。

その間5分もなかっただろう。

女子生徒がランチボックスをしまい出した音を皮切りにやっと動き出した。

空を見上げ、唸り、また項垂れた。

ピンク髪をくしゃりとかき混ぜた後また項垂れた。

耳は真っ赤だ。


「女ってこえ………」


「男が軟弱なだけですよ」


「ちげぇねぇ………」


二人は顔を見合わすと吹き出すように笑った。

しばらく二人で笑ったあと岸の顔はスッキリしていた。



「岸くんの今までの格好、威圧?擬態?」


 またもや項垂れた岸はピンク髪の派手さは変わらない。

それでも出で立ちが様変わりしていた。

ピアス穴がない耳。

整髪料のついてないバサバサなピンク髪。

制服の詰め襟は閉じられ几帳面なほど正しい着こなし。


ピンク髪がなければ岸と一見わからないほどの風貌だ


「あ?あぁ………。見た目の印象操作は重要だからな」


「毎回転校先までストーキングを?」


「ぐッ………今までは………喜ん………でた………よな?」


さわりと木々がざわめいた。

彼女がいた時にこんなに音がしただろうか。


風の音一つとってもあまりに変わりすぎていた。


岸の持つ茶色の封筒がグニャリと歪んだ。



「あいつをさ。見たろ?

あんたも現場にいたなら」


女子生徒は頷いた。


「りん様なのに。

確かにりん様でした。でも。あれはまるで………」


「病気って言っちまえば楽なんだけどな………」


「治療法………は………?」


「ないな」


女子生徒は調査報告書の内容を頭のなかで反芻する。

それは暗記するほど読み込んだ。


ーーーーーー


― 佐藤 りん ―


あまりりす孤児院出身。

十四歳。女。


小学生時代の記録は存在しない。


在学中、暴力事件を複数回起こし、

停学・自主退学を繰り返す問題児。

確認されている回数、五。


解離性分離障害と診断されるが治療歴なし。


素行不良。

攻撃性が高く、衝動的。

犯罪者予備軍。


少年院送致を、辛うじて回避。


日常生活においては比較的温厚であり、

品行方正に見えるが、

暴力行為に及ぶ際、性格が豹変する。


なお、すべての暴力事件において

「正当防衛」が主張され、認められている。


(※岸財閥の影響が多大である可能性が高い)


また、暴力事件の現場には常に

岸財閥御曹司・岸 護(三男)が居合わせており、

共犯、もしくは示談材料として処理された記録が多い。


ーーーーーー

今回はイレギュラーだったのだ。

岸がいなかったことが。

岸が共犯になれなかったことが。



岸は、見慣れたであろう事実の羅列を目で追って途中で目を逸らした。


「……便利な言葉だな」


ぽつりと、こぼす。


「犯罪者予備軍、か」


女子生徒は何も言わない。

ただ、報告書を受け取った。


「でも」


静かに言う。


「その“予備軍”は、

いつも誰かの前に立ってます。かばうために」


「逃げたこと………ないでしょうね。彼女なら」


岸は、笑ったような、歯噛みしたような顔をした。


「逃げたら……守れない。あいつは弱いやつを見捨てらんない。人が傷つくならあいつは、自分が壊れる方を選ぶ」


女子生徒は、ランチボックスをぎゅっと抱きしめる。


「……それ、勇気って言うんですよ。

大人が、法律が。あの人を悪と判断しても。


あの人の価値は下がらない」


岸は、少しだけ目を見開いた。


「馬鹿な選択だ」


「ええ」


即答だった。


「でも、

馬鹿な選択で救われた人は確かにいたんです」


長い沈黙だった。


風が、裏庭を抜ける。


供物のように積まれた菓子パンの袋が、かさりと音を立てた。


岸は、気怠げに動き出す。


制服の詰め襟を、ぎこちなく緩める。

ポケットからワックスを取り出し慣れた手つきで髪を整える。

音もなく嵌められる耳の装飾品から女子生徒は目が離せない。

イヤーカフスだった。

そういえば岸の耳は綺麗だ。形はもちろんだがシミも穴もない。


女子生徒の目線に気付いたらしい。岸は目線を泳がせた。


「穴、すぐ塞がる体質なんだ」


「秘密にしろよダサいから」


と岸は頬をかく。


またしばらく二人は無言になった。

ただ。

この無音が女子生徒は苦痛ではなかった。

言いたいことも聞きたいことも吐き出したからだろう。


「……行くか」


伸びをしながら岸は立ち上がった。

ベンチの供物を袋につめこむ。

淀みないのに優しい手つき。


「どこに?」


「決まってるだろ」


岸は振り返らない。

その背中はさっきよりも大きく見えた。

首を何回か左右にふって、唸った。


「忠犬だって言われたんだ」


首だけ振り向いて少しだけ、笑った。

それはいつも鋭い氷のように張り詰めていた岸の年相応の屈託ない笑顔だった。



「噛みつかねぇと、失礼だろ。な?」


「花京院」


さっきまで

ただのモブでしかなかった女子生徒花京院萌香(かきょういんもえか)。14歳。


不覚にも2度目の恋をする。

もしかしたら二度と会えないかもしれない人にだ。


2度目の恋も失恋濃厚な香りに萌香もまた笑った。


それでもこの気持ちに後悔はなかった。


価値は彼女が教えてくれたのだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ