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婚約破棄で戦力外通告された私は、王国唯一の"救済案件"になりました

作者:
掲載日:2025/11/11

「君はもう王家の役に立たない」

 王太子レオン・アルセイユの冷たい声が、謁見の間に響き渡った。

 その言葉を聞いた瞬間、私――セレナ・グランディールは、ああ、やはりそうなのだと静かに納得した。

 紅の絨毯が敷き詰められた広間には、貴族たちが居並んでいる。 誰もが息を呑み、私の反応を窺っていた。 哀れみの視線。 嘲笑の気配。 そして、安堵の吐息。

「婚約を破棄する。 グランディール家は王国の政治改革において、もはや必要ない。 君の家は旧弊の象徴だ」

 レオンは玉座の階段に立ち、金髪を揺らして私を見下ろしていた。 かつて私に微笑みかけてくれた青年は、もうそこにはいない。

 ――ならば、私は。

 私はゆっくりと顔を上げ、彼を見据えた。

「ならば、私は――あなたたちが救えなかった王国を、救います」

 静かに、しかし明瞭に告げる。

 謁見の間がざわめいた。 レオンの眉がわずかに動く。

「……何を言っている」

「いずれ分かります」

 私は背を向けた。 誰も引き留めない。 誰も声をかけない。

 ただ一人、遠くで護衛騎士カインが、苦い表情で私を見送っていた。

 その日、侯爵令嬢セレナ・グランディールは王宮を去り――そして、王国を救う唯一の存在となる運命を歩み始めた。

第一章 追放と孤独

 婚約破棄から三日後。

 私は旧グランディール邸の書斎で、一人静かに紅茶を飲んでいた。

 この屋敷はもう、私たち一族のものではない。 父は病で倒れ、弟は遠方の修道院へ送られた。 使用人たちも散り散りになり、今この広大な館に残っているのは、老執事のセバスチャンと侍女のリズだけだ。

「お嬢様……」

 リズが心配そうに声をかけてくる。 彼女の目は赤く腫れていた。

「大丈夫よ、リズ。 明日には荷物をまとめて、あなたも実家に帰りなさい」

「でも……!」

「いいの」

 私は微笑んだ。 彼女を安心させるための、精一杯の笑顔。

 リズは涙を拭い、部屋を出て行った。

 ――一人になると、途端に静寂が押し寄せる。

 窓の外には、王都の街並みが広がっている。 灰色の石造りの建物が連なり、遠くには王宮の尖塔が見えた。

 あそこで、私は婚約者を失った。

 いや、正確には――私は、政治改革の犠牲になったのだ。

 レオンは理想主義者だった。 古い貴族制度を打破し、平民にも機会を与え、王国を近代化しようとしている。 その理念は正しい。 誰も否定できない。

 だが、彼は焦りすぎた。

 改革を急ぐあまり、旧来の貴族を次々と切り捨て、急進派の新興貴族ばかりを重用した。 その結果、王国の財政は混乱し、軍備は弱体化し、隣国との関係は悪化の一途を辿っている。

 そして――私も、その犠牲の一つだ。

 グランディール家は古い名家だった。 王家とも深いつながりがある。 だからこそ、レオンにとっては「旧弊の象徴」として切り捨てやすかった。

 改革の象徴として、婚約破棄。

 民衆には拍手喝采だろう。 だが、王国の内情を知る者なら分かる。

 ――この国は、もう崩壊寸前なのだ。

 私は立ち上がり、書斎の奥へと歩いた。

 この部屋には、父が生前集めた古文書が山のように積まれている。 王国の歴史書、財政記録、軍事報告書、外交文書――。

 父は学者肌の人だった。 政治には疎かったが、歴史と記録を愛していた。

「……父上、私は何をすればいいのでしょう」

 誰もいない部屋で、私は呟いた。

 そして、ふと目に留まったのは、書棚の最奥に押し込まれた一冊の古びた台帳だった。

第二章 発見

 その台帳は、見るからに古いものだった。

 表紙は黒ずみ、金の装飾は剥げかけている。 タイトルは消えかけて読めない。

 私は慎重にページを開いた。

 ――瞬間、息を呑んだ。

 そこには、暗号めいた文字が羅列されていた。 だが、私には分かる。 これは父が使っていた記録方式だ。

 数字と記号の羅列。 それは――財政記録。

 しかも、王国の正式な記録ではない。 裏帳簿だ。

「これは……」

 私は震える手で、ページを繰った。

 そこに記されていたのは、驚愕の事実だった。

 王国の軍需物資が、不正に流用されている。

 武器、食糧、魔石――すべてが、正式な記録よりも遥かに少ない量しか現場に届いていない。

 差額は、どこへ消えたのか。

 台帳の最後のページに、小さな文字でこう記されていた。

『北辺公爵ヴァレンス。 レオン殿下側近。 軍需流用疑惑。 調査継続中――』

 ――父は、知っていたのだ。

 王国の腐敗を。 レオンの側近が裏で不正を働いていることを。

 そして、それを調べていた。

 だが、父は病に倒れた。 いや、もしかしたら――。

 私の背筋に、冷たいものが走った。

「お嬢様」

 突然、背後から声がした。

 私は振り返る。

 そこには、見覚えのある男が立っていた。

 カイン・ロウエル。 かつてグランディール家に仕えていた護衛騎士だ。

「カイン……! なぜここに?」

「お嬢様をお守りするために」

 彼は低い声で答えた。 銀色の髪と鋭い灰色の瞳。 無骨な顔立ちだが、どこか憂いを帯びている。

「でも、あなたは王宮に残ったはずでは……」

「表向きは、そうです」

 カインは一歩近づいた。

「実は、私は密偵なのです。 王国騎士団直属の。 グランディール家に潜入していたのも、任務の一環でした」

「……!」

 私は息を呑んだ。

「ですが、今はもう任務ではありません」

 カインは真剣な目で私を見た。

「お嬢様の父君が調べていたこと――それは真実です。 そして、あなたがその記録を見つけたのなら、もう時間がありません」

「どういうこと?」

「北辺公爵ヴァレンスは、隣国との密約を結んでいます。 王国を売り渡そうとしているのです」

 私は目を見開いた。

「売り渡す……?」

「ええ。 レオン殿下の改革は、ヴァレンスにとって好都合でした。 古い貴族を排除し、自分の派閥を強化できる。 そして、王国が混乱している隙に、隣国エルドランと手を組んで王権を奪う――それが彼の計画です」

 私の頭が真っ白になった。

 つまり、レオンは利用されていたのだ。

 改革という美名の下に、国を売る裏切り者に。

「レオン殿下は、気づいていないのですか?」

「気づいていても、認めたくないのでしょう」

 カインは苦い表情を浮かべた。

「殿下は理想主義者です。 自分が信じた者を、簡単には疑わない。 だが、それが王国を滅ぼす」

 私は台帳を握りしめた。

「……ならば、私が止めます」

「お嬢様?」

「私は、見捨てられたからこそ見えたのです。 誰も救わない王の愚かさが」

 私は顔を上げ、カインを見つめた。

「助けてください、カイン。 王国を救うために」

 カインは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに膝をついた。

「お嬢様の剣となります」

 その夜、私たちは密かに動き始めた。

第三章 暴露への道

 それから一週間、私たちは証拠を集め続けた。

 カインの情報網を使い、ヴァレンスの密約の証拠を探す。 父の台帳を元に、軍需物資の流用ルートを追跡する。

 私たちは城下の古い書庫に潜り込み、過去の貿易記録を調べた。 そこには、エルドランとの不審な取引記録が残されていた。

「これです」

 カインが一枚の羊皮紙を取り出した。

「ヴァレンスの署名入りの契約書。 王国の北部領土を、エルドランに譲渡する密約です」

「……信じられない」

 私は震える手でそれを受け取った。

 これが公になれば、ヴァレンスは確実に処刑される。 そして、レオンの政治改革も失敗に終わる。

「お嬢様、これを公表すれば、レオン殿下も傷つきます」

「分かっています」

 私は目を閉じた。

 レオンを守りたい――そんな気持ちは、もう残っていない。

 だが、彼が愚かだったとしても、王国そのものは守りたい。

 民衆は何も知らない。 ただ、改革の風に希望を抱いているだけだ。

 その希望を、裏切り者の手から守らなければ。

「カイン、王立議会の公開討論会は、いつですか?」

「三日後です」

「そこで、すべてを暴露します」

 私は台帳と契約書を抱きしめた。

「準備を整えてください」

「了解しました」

 カインは頷き、部屋を出て行った。

 私は一人、窓辺に立った。

 王都の夜景が、静かに広がっている。

 ――私は、もう引き返せない。

 だが、それでいい。

 私は、誰かに認められるために生きるのではない。

 私は、私が信じる正義のために生きる。

 そして、この王国を救う。

第四章 議会の決戦

 三日後。

 王立議会ホールには、王国中の貴族と高官が集まっていた。

 巨大な円形のホール。 天井には色とりどりのステンドグラスが輝き、壇上には王太子レオンと側近たちが座っている。

 その中に、北辺公爵ヴァレンスの姿もあった。

 彼は堂々とした態度で、改革案について演説していた。

「我が王国は、今こそ変革の時! 旧弊を打破し、新たな未来を切り開くのです!」

 拍手が湧き起こる。

 だが、その時――。

「異議あり」

 静かな、しかし明瞭な声が響いた。

 全員が振り返る。

 そこには、黒いドレスを纏った一人の女性が立っていた。

 セレナ・グランディール。

 婚約を破棄された、元侯爵令嬢。

「何のつもりだ、セレナ」

 レオンが立ち上がった。

「君にはもう、ここに来る権利はない」

「私は、王国民として発言します」

 私は壇上へと歩み寄った。

 護衛たちが剣を抜こうとしたが、カインが素早く制止する。

「お嬢様の話を聞いてください」

 カインは騎士団の紋章を見せた。

「彼女は、王国を救うために来たのです」

 ざわめきが広がる。

 私は壇上に立ち、全員を見渡した。

「皆様、私はここに、王国の真実を告発します」

 私は台帳を掲げた。

「これは、グランディール家に残されていた裏帳簿です。 王国の軍需物資が、組織的に流用されていた証拠です」

「何を言っている!」

 ヴァレンスが立ち上がった。

「そんなものは捏造だ!」

「ならば、この契約書も捏造ですか?」

 私は羊皮紙を掲げた。

「あなたがエルドランと結んだ、王国の領土を売り渡す密約です」

 議会が騒然とした。

 レオンの顔が青ざめる。

「ヴァレンス……まさか」

「殿下、信じないでください! これは罠です!」

 ヴァレンスは必死に弁明する。

 だが、私は冷静に続けた。

「この契約書には、あなたの署名があります。 そして、エルドランの王族の印章も。 鑑定すれば、すぐに真贋が分かるでしょう」

「……くっ」

 ヴァレンスの顔が歪んだ。

「さらに、軍需物資の流用先も判明しています」

 私は台帳のページを開いた。

「武器は密かにエルドランへ売却され、その利益はヴァレンス公爵の個人資産に。 魔石は闇市場へ流され、食糧は――」

「黙れ!!」

 ヴァレンスが叫んだ。

「貴様ごときに何が分かる! 私は王国のために動いていたのだ! レオンの愚かな改革では、国は滅びる! だから、私が新たな秩序を築こうとしたのだ!」

 彼は剣を抜いた。

「お前を殺せば、すべて闇に葬れる!」

 だが、その瞬間――。

 カインが飛び出し、ヴァレンスの剣を弾いた。

「動くな、ヴァレンス。 お前は王国への反逆罪で逮捕する」

 騎士団が一斉に動き、ヴァレンスを取り囲んだ。

 彼は抵抗したが、すぐに制圧された。

 議会は静まり返った。

 そして、レオンがゆっくりと立ち上がった。

「……セレナ」

 彼は私を見た。

 その目には、後悔と驚愕が混じっていた。

「君は、本当に王国を救ったのか」

「ええ」

 私は静かに答えた。

「あなたが見捨てた私が、あなたが救えなかった王国を救いました」

 レオンは何も言えなかった。

 議会全体が、私を見ていた。

 そして――拍手が起きた。

 最初は小さな拍手。 だが、それはすぐに議会全体へと広がった。

 私は、ただ静かにその場に立っていた。

終章 新たな道へ

 議会の翌日。

 私は再び、旧グランディール邸の書斎にいた。

 荷物はすべてまとめられ、明日には王都を去る予定だ。

「お嬢様」

 カインが部屋に入ってきた。

「王宮から使者が来ました。 レオン殿下が、あなたに謁見を求めています」

「お断りします」

 私は即座に答えた。

「彼と話すことは、もう何もありません」

「……分かりました」

 カインは頷いた。

「では、私も同行させていただきます」

「え?」

「お嬢様は、王国を救いました。 ですが、政治の世界は容赦ありません。 あなたを狙う者も出てくるでしょう」

 彼は膝をついた。

「私を、あなたの護衛としてください」

 私は微笑んだ。

「……ありがとう、カイン」

 その夜、王都全体が騒然としていた。

 ヴァレンスの反逆が公表され、レオンは政治的に大きく失脚した。 改革派の多くが彼から離れ、議会は混乱状態に陥っている。

 だが、その混乱の中で、一つだけ変わらないものがあった。

 それは、民衆の声だった。

「セレナ・グランディール様が、王国を救った」

「婚約を破棄されたのに、それでも国を守った」

「彼女こそ、真の英雄だ」

 街角で、そんな声が聞こえる。

 私は窓辺に立ち、その声を聞いていた。

「お嬢様、出発の準備が整いました」

 リズが声をかけてくる。

「ありがとう、リズ」

 私は振り返った。

「さあ、行きましょう」

 旧グランディール邸を出る時、門の前にはたくさんの人々が集まっていた。

 彼らは、私に花束を差し出した。

「ありがとうございます、セレナ様!」

「あなたが、私たちを救ってくれた!」

 私は花束を受け取り、深く頭を下げた。

「私は、ただ当然のことをしただけです」

 そして、馬車に乗り込んだ。

 カインが御者台に座り、馬車はゆっくりと動き出す。

 王都の街並みが、遠ざかっていく。

 私は窓の外を見ながら、静かに呟いた。

「私は、誰かのために生き直す」

 そう、もう誰かに認められるために生きるのではない。

 私は、私自身の意志で、誰かを救うために生きる。

 馬車は王都を出て、緑の平原へと向かっていく。

 その先に何が待っているのか、私にはまだ分からない。

 だが、それでいい。

 私には、新たな道がある。

 そして、その道を照らすのは――私自身の光だ。


――終――

読んでいただきありがとうございました!

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