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ep.99

「ん?雪?」

「うわ傘もってきてないや」


俺を突然に招集した二人が、パブを出たところで何やらワイワイと騒ぎ始めた。前日の夜に文を寄越してくるなんざ余程舐め腐っていないとできない芸当だが、一番下に綴られた『ガブエラ・エルメルニア』という文字と、文中の『セシリアも来るよ』という文言であいつらならばと納得してしまった。

簡潔に集合場所と時刻だけ書かれていたので、面子も相まってやや深刻な内容かと思ったりもしたが、であればその内容を詳らかに書くのがガブのやり方なので、いよいよ内容も分からず場所に行ったらコレである。


「じゃ、俺は帰るから」

「え!二件目行かないの?」

「そーだよ。まだ飲み足りないし言い足りないんだけど?」


若干足元がおぼ付いていないセシリアと、それ見てケラケラ笑っている笑い上戸のガブを横目に俺はでかでかとため息をついた。


「今日はなるべく早く帰ってやりたいんだわ。悪いけどここで」

「なんだ~?お弟子ちゃん体調でも悪いの?私治しちゃおっか?」

「いや、そういうんじゃなくて。傷心中っぽい」

「あちゃー、そりゃ専門外」


基本セシリアは酔うとダル絡みしてくるのだが、こういった本当に突っ込んで欲しくない部分は見極めているので、むしろこっちが申し訳なくなる。

今回の招集も、俺が治ってからまだちゃんと話せていなかったから、という名目だったらしいし、この二人の多忙の穴を縫って時間を作ってくれた分、二軒目ぐらい付き合ってやってもいいかという感情が湧いてきた。


「あー...でも申し訳ねぇなぁ...」

「なーに言ってんの、ダメだよラズ」


俺が少し考える素振りを見せると、セシリアはふわふわとした顔のまま、声だけでぴしゃりと諌めた。


「女の子はそーいう時のことずっと覚えてるからね?十年後に寝首かかれたくなかったら早く帰った方がいいよ」

「......ウス」

「ははっ、言いくるめられてるじゃん」


おそらく弟子はその辺かなり寛容だし、なんなら早く帰らせてしまったと罪悪感を覚えるタイプだとは思うのだが、ここはありがたく助言を頂戴して引き下がると、傍で見ていたガブがゲラゲラ笑い出した。


「おい、うるせぇぞ...お前らこの後も飲むんだろ?程々にしとけよ?どうせ明日も忙しいんだから」

「私は次の日に持ち越さないタイプだから大丈夫ー」

「僕は明日もお休みだから大丈夫ー」

「は!?明日休みってお前...それ、シワ寄せやばいだろ」

「うん。だから来週はほぼ寝れないかな。たはは!」

「...目が笑ってねぇよ」


(マジでコイツの多忙は何とかしてやろう)


決意を新たにしながら酔っ払いたちと別れ、俺はやけに明るい大通りを通って家を目指した。

降りしきる雪はもちろん風魔法で弾いていたのだが、それだと周りに飛び散ってしまって少し迷惑だ。

少し考えてから、物は試しと言わんばかりに魔法を起動してみる。今まで張っていた風の膜にうっすらと炎を混ぜて温風にするイメージだ。


「お...?」


風魔法と炎魔法の同時併用なので少し難しいと身構えたのだが、案外するりと求めていた形になってくれた。とはいってもほんのりと意識を集中させ続けていなければどちらかに傾いてしまいそうな微妙な塩梅である。まぁ弟子と...一部の魔導士なんかは使えるかもしれない。

地味に保温機能も付いているようで、俺は大して冷えることもなく大通りを歩いた。

家が近づくにつれて、段々と弟子の事が心配になってきて些か速足になっていたが、目の端にとらえた懐かしい看板がやけに目を引いて、俺は足を止めた。


「...買ってくか」


『オズ』と書かれた木製の看板は、今はもうこの世を去っている店主の嫁さんが作ったものらしく、しばらく前に改修させてくれと頼んだ時には、この看板だけは触らないでくれと何度も言われたものだ。それだけ思い入れがあったのだろうし、日に日に目減りしていく大切な人との思い出を一つでも失いたくなかったのだろう。

気持ちは不思議と分かってあげられるような気がした。この頃、ふとした時に考えていることがあるからだ。

弟子の身に起こったこと。それがどれほどの苦痛を伴ったか。

もし俺が弟子を失ったら、だなんて甘えたことは考えなかった。あの弟子が、俺を失ったのだ。こんなことは思いたくないが、前者と後者では恐らく比較にならない。そうして過ぎ去った時に思いを馳せる度、何より強い決意が湧いて出てくるのだ。少し前の俺ならば『もう起きてしまったことなのだから、挽回の余地なんてない』と、下手に達観していたかもしれないが、弟子を思えばそんな思考も瞬く間に吹き飛んでしまった。

今日の様に酷く悲しんでしまったのなら、どうにかしてそれを払ってやりたいというものだ。ただ、一つ難しいのが、弟子はあまり自分を最優先にされすぎるとかえって逆効果になって落ち込む、という点だ。誇張でもなんでもなく弟子がうちに来てからというもの、あいつを負担に感じたことなんて一度もないのだが、何故か弟子はそのあたりかなり臆病で、まるで『捨てないで』と言わんばかりの慎ましさには、俺も長年困惑している。大抵、この手の話には幼少期の経験や家庭環境が絡むものだが、ちらっと見た印象としてはそのあたりもかなり穏やかに過ごしていそうで、ますます訳がわからない。


(...まぁ、聞けばいいか)


もしかすると関係が担保され切っていないからこその不安なのかもしれないのでもう少しすれば解決できるかもしれないが、それでも不安そうに振まうようならちゃんと話し合ってみる必要があるだろう。どっちにしても、こうしてぼけっと店の前で立っていても埒が明かないわけだし、さっさと買って、さっさと帰って、弟子に寄り添ってやろう。


「いらっしゃい」


ギィと扉を開けると、少し皺の増えた気がするジジィがよたよたと出迎えてきた。


「おっす」

「おぉ!ラズじゃないか。大丈夫だったのかい?いろいろと」

「まぁなんとか」

「そうかいそうかい......。今日は...待ち合わせだったのかい?...あれ、でも確か嬢ちゃんは最初......」


軽く手を挙げて挨拶すると、人好きな顔で笑ったかと思えば、途端に怪訝そうに首を傾げた。それと同時に、俺もジジィの言動に首を傾げる。

この爺さんが嬢ちゃんと呼ぶ人間は、少なくとも俺の前では『呼ばれ慣れないんですよね。嬢ちゃんどころか以南地域出身ですし...小娘とかのほうがしっくりきます』だなんて言っていた少女一人だ。


「ん?嬢ちゃん?弟子か?」

「そうそう。ほら...」


ジジィが振り返って一つの席を手で指し示した。


「え、マジじゃん」

「そうそう。半刻前くらいかな。ふらっと来て、ずーっとぼうっとしてるからちょっと心配だったんだよ」

「あー...わり、ちょっと今繊細な時期なんだよ」

「あらら...じゃあ一緒にいてあげたら?席も二人席だからさ」

「そうするわ...あ、ケーキ持ち帰りで一つ貰っていいか?帰りに欲しいんだけど」

「何にするのさ」

「あー...お。ブッシュドノエルあんじゃん」

「へぇ...そりゃ、ラズの好みかい?」

「いや?多分弟子の好み」

「ふぅん?」


途端ににやにやと腹立つ顔を作るジジィから目を逸らし、「じゃ、それ頼むわ」と俺はその場を去って、未だこちらを呆気にとられたように見つめる弟子の元まで歩いた。


「よ」

「ど、どうして...っていうかなんで...、いやどうやって...?」

「ははっ、まぁ落ち着けよ」


恐らくは数々の疑問で埋め尽くされてしまっている弟子の頭にぽふりと手を置いてから、俺は弟子の正面に座った。

少しすると驚きも収まってきたのか、ほんのり訝しんでいるような視線まで向けてくるので、俺はへらりと笑って流しながら言う。


「変なこと疑うなよ。マジでたまたまだからな」

「...まぁ、そうなんでしょうけど......。びっくりしました」

「んな」


困ったように眉を下げて、へにゃりと笑う弟子にやや呼吸を浅くしつつ、うわべでは平静を保って返すと、ジジィが来て弟子の注文の品を持ってきた。


「お待たせしました。こちらショコラショーね。あと、ラズはこれでいいだろう?」

「お、流石」

「伊達に何年も相手してないからね」


軽口と供に出てきたのは少し甘すぎるくらいのカフェラテで、俺が毎度頼むものだ。

いつも通りに気の利くジジィに軽く礼を言うと、弟子の前だからかいつものにやにやとした詮索の視線は向けずにさっさと去っていった。

弟子の方に視線を移すと、今度はほんのり気まずそうに目を逸らしながら、ずずずとココアを啜っていた。恐らくはまた変なところを気にしているんだろう。なんとも弟子らしいというか、何というか。


「考えたんだけどさ」

「はい?」

「俺、あの時ごたついてたのもあって結局親御さんとまともに話せてないんだよな」

「そ、そうですね...?」


急な話題に疑問符を目いっぱい浮かべる弟子からなんとなく目を逸らして、俺は窓に流れる雪を眺めながら言う。


「もう一回、向こうに行こうか。今度はもっとゆっくり」

「ゆっくり?」

「そ。旅行みたいなもんだと思ってさ」

「りょ、りょこう......」

「その道中でなんか買って帰ろう。実のところ、マグじゃなくても、思い出になるものならいいんだろ?」


多分、というか確実に、弟子はマグカップそのものを惜しんでいる訳じゃない。ならば、それを埋めるのも同じような物ではなく、あの割れてしまったマグカップが背負っていた、思い出が適切なはずだ。


「...そうですね。楽しみにしておきます」

「おう。なんだかんだいって、俺らこうでもしないと外出たがらないしな」

「む...外に出ないのは師匠です」

「あー?知ってんだからな、お前がすっかり出不精になってることくらい」

「冬は師匠が外に出したがらないんでしょうに」

「...そういやそうか」

「そうですよ」


瞬く間に言い負かされてしまったが、視界の端に映る弟子の顔はとろけたみたいに緩んでいて、俺の提案が悪くはなかったのだと間接的に伝えていた。


「いつ行きますか?」

「いつでもいいぞ。明後日でもその次でも」

「ふふっ、明後日って...まぁ、予定もないですしいいかもしれませんね?」

「まぁ俺は準備もなにもないからいいんだけど、お前が大丈夫そうならもうさっさと行きたいんだよな」

「そんなにです?楽しみなんですか?」

「いや、それもあるけど......うーん...まぁ、こっちもいろいろとね、心苦しいというか」

「こころぐるしい?」

「まぁまぁ、とにかく早いに越したことはないと思うぞ、お前も」

「...そうなんですね?」


わざわざ遠い遠い以南地域まで行くのは、弟子の親御さんに『最近は寒くなりましたねぇ』だなんて世間話をするためでは決してない。これまで通せずにいた筋を通しに、あるいはこれから通すべき筋を通しに行くのだ。

弟子に目が釘付けになっているクソガキに一睨みきかせてからカフェオレを啜ると、隣で喋っているおば様の話声をすり抜けてなにやら耳なじみの良いリズムが聞こえてくる。

ちらりと前を見ると、ケーキをやや大きめの一口大に切り分けながらすっかり上機嫌に鼻歌を口ずさむ弟子が居た。

俺は叫びそうになるのを何とか堪えて、香り高いコーヒーを慎重に嚥下した。


(甘......)

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