ep.97
...妙だ。
今日も今日とてせっせと朝食を作り、ラズさんが起きてくるのを待っているのだが、やけにラズさんが起きてこない。
やたらとぐうたらしがちなラズさんではあるが、何故か生活リズムを崩すことはほとんどなく、平時であれば私が朝食を作り終えたくらいには起きてくる。昨日夜更かしした訳でもないので、いよいよもって変だ。
私はそわそわとあっちこっちに視線を投げたり手慰みをしているのに気づいて、遠慮することもないだろうとラズさんの部屋に向かった。
「師匠ー?朝ですよ?起きてますか?」
二回ノックし、入るつもりはなかったので返事を待たずに呼びかけたが、中からの返事はなかった。しかし拍動は聞こえるし、念の為魔力検知で確認してもやはり結論は同じで、ラズさんはベッドで寝ているらしい。ラズさんは私と違って睡眠が深すぎるというわけではないので、大抵、このように呼びかけると起きてくるのだが今回は違うようだ。
いよいよ不吉な予感がして、私は「開けますよ?」と断り、十秒返事がないのを確認してからドアを開けた。
「師匠?」
久しぶりに入ったラズさんの部屋は、記憶とほぼ大差なく、自然と目を移した先に横たわるラズさんが居た。呼びかけると、ラズさんは声は出さないもののもぞりと布団の中で身じろぎした。
駆け寄って覗き込むと、真っ赤に火照ったラズさんの苦しそうな顔が見える。
「あ」
思い当たりしかない私が呆けたように声を漏らすと、ラズさんが布団から手だけを出してちょいちょいと手招きをした。多分そのままでも聞こえるが、ラズさんの心理的には近くなった方がいい可能性があるので、私はぐっと屈みこんで、ラズさんに耳を寄せた。
ラズさんは笑ってしまうほどガスガスな声で言う。
「風邪、ひいたっぽい」
「ですよね」
...ちょっとハスキーでかっこいいだなんて、そんな悠長な事は考えてない。
考えてないよ?
「炎症を抑える薬と解熱剤、それから咳止めですね。全部で純銀貨二枚になります」
「はい」
「丁度お預かりします。お大事になさってください」
「どうもー」
喋った途端に咳までしはじめたラズさんにマスクと水だけを渡して、私はガブエラさんの病院に薬を貰いに来ていた。
ガブエラさんに言えばタダでもらえるのだろうが、この三年間で関わるうちに、彼の多忙は割と冗談ではないことを身に染みて実感したので、今回は一般客として薬を買った。
病院を後にして、やや小走りになりながら帰宅すると、まだ玄関だというのにゴホゴホと苦しそうな咳の音が聞こえてくるものだから焦るったらない。ばたばたと家中を駆け回り、冷えた水とタオル、弱火で煮込んでおいたリゾットを持ってラズさんの部屋に向かった。
「大丈夫ですか?薬持ってきましたよ」
中に入り、薬と水の準備をしながら呼びかけると、ラズさんはぎぎっと錆びついたように体を起こした。
「あぁ...無理しなくてもいいのに」
「...これじゃ、薬、飲めないだろ」
「まぁそうなんですけど...はい、あー」
「んあ」
かぱっと開かれた口に、粉状になっている薬を纏めて入れて、口いっぱいにならない程度に水も注ぐ。一通り飲み込んだ後のラズさんの顔がどうみても不快そうだったので、ちゃぽと水の入ったコップを揺らして首を傾げると、ラズさんはもう一度口を開けた。
もう少しまともな時であれば、水くらい自分で飲みそうなものだが、頭が全く回っていないのか、先ほどからされるがままといった様子だ。その癖、私が抱きかかえて起こすのは負担になる、というのは把握して自分で起き上がる辺り、一体どこまで大切にされてるんだろうかと少し気恥ずかしくなる。
「食べやすいかなと思ってリゾット作りましたけど、食べられますか?」
「ん。食う」
ぼけっと布団の真ん中あたりを眺めながら舟を漕ぐようにかくんと頷いたラズさんに、なんとなくスプーンは渡せないような気がして、私は小さめな鍋からリゾットを一口分よそって息を吹きかけ冷ました後、伺うようにラズさんの口元に持って行った。流石に恥ずかしがるかなぁなんて思っていたのだが、どうやらかなりの重症らしく、ラズさんは目の前にスプーンが来るなり、何の抵抗もなく口に含んでもごもごと咀嚼し始めてしまった。
こうなってくるといよいよラズさんがかなり幼く見えてしまって、気分はさながら小さな男の子に餌付けしているかのようだ。
その後は静かな時間が続いた。ラズさんが飲み込んだのを確認し、私が一口掬って食べさせる、というのを何度か繰り返している内に、私もだんだんと楽しくなってきてしまって、スプーンが鍋の底をカツンと叩いた音でようやく我に返った。
「熱ありますよね?咳と熱と...ほかに症状ありますか?」
「ん...うまかった」
風邪をひいてようがしっかりと食欲はあるんだなと思いつつそう聞くと、またかくんと頷きながらうわごとの様にそう呟いた。
こんな時にまで美味しいとしっかり伝えてくれるのは嬉しいが、如何せん話がすっ飛んでしまっているので手放しに喜べない。
「あ、はい、良かったです。...それで、体調はどうですか?」
「多分、寝たら治る。薬も、飯もあるし、お前もいるし、明日には」
「そうですか...じゃあ、何かあったらすぐ呼んでくださいね。すぐ来ますから」
「わかった」
ラズさんは話が終わったとみるやそさくさと布団をかぶって丸くなってしまったので、やはり体を起こしているだけでも苦しかったのだろう。ラズさんにはああ言ったものの、私とて看病そっちのけで自分を優先するほど恩知らずではないし、今日はこれといった予定もないので、できる限り傍にいるつもりだ。暇をつぶすものでも持ってこようと、席を立つと、ラズさんがかすれた声で「でし」と呼んだ気がした。
「はいはい。弟子ですよ」
「ありがとう」
「...早く、良くなってくださいね」
言わずもがな胸いっぱいになってしまったのだが、ここでわいわいと騒いでもいられないのでぐびりと心の内に飲み込んで、恐らくは不気味になってしまった口角を引っ張ったりこねくり回したりして元に戻してからラズさんの部屋を後にした。
作ってしまった朝食をできる限り食べた後、自室からいくつか本を持ちだしてラズさんの部屋に戻ると、ごろごろという不吉な音は聞こえるものの、幾分か安らかな寝息が聞こえてきて、私はほっと一息つく。
最近読んだ本といえばもっぱら魔法関係や医学関係の学術書がばかりだったので、今日は買ったものの腰が重くて読んでいなかった小説を引っ張り出してきた。
一冊目の導入部分を呼んでいると、ほんのわずかな違和感に駆られて、私は一度本から目を離す。
「あーあー...」
部屋のドアは閉めてあるはずなのに、音の反響がやけに少ないと思ったら、案の定、窓がほんの僅かに空いていた。昨日は真っ赤になるまで外にいたわけだし、それに加えて一晩中夜風にさらされていたのだから風邪をひくのにも頷ける。
全くもって小説に集中できていない証拠なのがすこし歯切れ悪いが、このまま放っておいたら確実に悪化していただろうし、なかなかのファインプレーだろう。
私は、ばたんと窓を閉めて椅子に戻り、よし、と気分を切り替えて、いよいよ本格的に小説を読み始めた。
(...)
(あー...)
(今度セシリアさんに治癒魔法教えてもらおうかなぁ...)
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