ep.96
魔法院を出ると、外にはすでに真っ黒の帳が下りていて、私はほんのりと疲労を訴えてくる目元をぎゅっと抓んでから、帰路についた。
季節柄日が暮れるのが早いというのも勿論あるが、フェリアの一級試験を見学したり、その内容に抗議して別の試験を用意したり、ギフテッド復活祭について承諾の旨を報告したり、せめてもの慈悲として名前の変更をしたりと、とにかく予定が長引きに長引いてしまった結果、夜道を歩くことになってしまった。私自身、自衛ができることもあって夜に一人で出歩くこと自体それほど抵抗はないのだが、ガブエラさんの耳に入るとしばらくはコンコンと説教されてしまうのでできるだけ控えるようにしていた。今はラズさんもいるわけだし、もしかしたらラズさんにも心配をかけてしまうかもしれない。私が自衛できることはそこらの人よりよっぽどあの二人が良く知っていると思うのだが、その二人に限って過剰なほど心配してくるのだから、なんというか少し不思議だ。
「...え.........」
魔法院から出て少し歩くと、未だ人通りの多い喧噪の中から聞き覚えのある音が聞こえた。恐らくは咳払いなんだろうが、私の知る限りの予定と本人の性格から鑑みると恐らくはこの場にはいないはずで、そんな事滅多に起きないと分かってはいるのだが、一瞬聞き間違いを疑った。
念の為、声のした方に歩いていき、不審に思われない程度に辺りを探り見てみると、やはりというべきか意外にもというべきか、そこには家で暇をつぶしているはずのラズさんの姿があった。
「し、師匠?」
まぁまず絶対に、何が起ころうと間違えるわけがないのだが、状況が状況なだけにちょっぴり不安になりながら呼びかけると、ラズさんはぱっと振り返って私を見たかと思えば、その次にはへなっと笑った。
「おぉ、居た...」
「どうしたんですか、こんなとこまで...なにか用事ですか?」
ラズさんの表情に心臓を思い切り鷲掴みされているような感覚を覚えながらも、表面上は取り繕ってそう聞くと、ラズさんは今度は少し困ったように眉を下げながら首をふるりと振った。
「いや、帰ってこないから心配になっちまって」
「あ...す、すみません...ちょっと予定が長引いちゃって」
「んーん。なんでもないならいいんだよ。...まぁ、良かったわ。ホント」
そう言って、少し照れたように視線を外すラズさんをよく見てみれば、こんな寒い中だというのに手袋もマフラーもせずにコートの一枚だけ羽織って出てきたようで、手指も顔も真っ赤になってしまっている。
ぱっと手を取り、ラズさんの手を魔法で温め始める私を見て、ラズさんはくすぐったそうに笑って、「冷えるな、今日は」なんて当たり前の事を言った。
「最近はずっとですよ。師匠も、こんな格好で外でたら風邪ひいちゃいます。...手先ぐらいは自分で温めれるんじゃ?」
「いや怖いだろ。出力ミスったら弾け飛びそう」
「師匠がそのあたりしくじってるところ見たことないんですが」
「万が一ってやつだよ。それに、体の一部弾け飛ぶのってめっちゃ痛いんだからな。リスクとリターンが見合ってない」
「...なんでそんな言葉に重みあるんですか...」
「え、聞きたい?」
「勘弁してください」
ぺらぺらと喋っている内に、ラズさんの手も人肌くらいには温まってきた。
そのまま「さんきゅ」といいながら手を引いていくラズさんが、あまりにも自然で、恩に着せるような素振りが微塵もなくて、なんならほんのりとご機嫌に見えて。
外だからと抑えていたのも一瞬で吹き飛んで、私はラズさんに思い切り抱き着いた。
「なっ...!」
ラズさんもさすがに外で懐に飛び込まれるとは思っていなかったらしく、懐かしさすら感じてしまうほどに体を固くした。
私は、そんなものお構いなしに力いっぱい抱きしめて、体中を駆け回るむず痒さが収まってようやく、体を離した。恐らくはこれが私の衝動を最小限に収める方法だったとはいえ、公衆の面前で抱擁してしまったことに今更ながらに恥ずかしさを憶えて、私はばっと顔を俯け、後ろ手を組んだ。
「師匠」
「......おう」
「私、あんまり我慢強くないのかもしれません」
本当はラズさんが迎えに来てくれて、心の底から嬉しかった。迷惑を掛けたなんていうのは建前で、その実、声が聞こえたときから跳ねていた心臓の音は歓喜の色に満ち満ちていた。でも、外だからと、そう思って抑えていた。昔の様に、私が感情のままに動いても”微笑ましい”と許されるような年齢ではなくなったのだから。ちょっとつっけんどんな態度を取ってみたりして、自分を誤魔化したのに、この人ときたらどうだろうか。
もう..................もう......!
別の意味もほんのりと載せて呟くと、ラズさんは「あー」と気まずそうに目を逸らした。
「...その、俺も俺で考えてることがあるからさ.........もうちょっとの辛抱だと思ってくれ」
「保証はできません」
「なんとか頼むよ。...情けない奴になっちまう」
「......分かりました。...師匠を情けない奴にしたくないので頑張ります」
昔から、ラズさんは察しが良かった。だからこそ、私ともよくよく気が合ったのだろうし、私たちの間に作られる不文律は、私とラズさんの察する力あってのコミュニケーションだ。
ラズさんは今回もその力をいかんなく発揮してくれたようで、私が真に聞きたかった事を当然の様に掬い取って答えてくれた。そして、その内容が私にとっては最善の一つ手前と言っていいほどだったので、私の現状をみるに些か無茶と言わざるを得ない要求も飲むことにした。
まぁ、男女の関係において、そういった風潮があるのはさすがの私でも知っているし、考えてみれば今まではずっと私が押せ押せだったので最後の最後くらいは大人しく待っていたっていいのかもしれない。
(だいじょぶかなぁ...)
私は後ろに組んでいた手をはなして、代わりにひったくる様にしてラズさんの手をとった。
「私も冷えちゃったので温めてください」
「お前......ふふっ」
「...なんですか」
「いーや?」
マフラーから唯一出している目でじろっと睨みながら訊くと、ラズさんは大きな口でへらりと笑って言った。
「我慢できなくなられても困るから言わね」
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